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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
二人のフィアナ騎士
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運命の交響曲2

 ベルヘイムに帰還したゼークはフィアナ騎士団の輝きに魅入られたかのように、その歴史を貪るように調べ始めた。


 古い書物が積み重なる王宮の図書室で、ゼークは埃っぽいページをめくる。

 難しい文章が並ぶ歴史書を、夜を徹して読み耽った。


 蝋燭の炎が揺らめく中、ゼークの瞳は興奮で輝き頰は熱を帯びる。


 フィアナ騎士団の物語は、ゼークの心を強く捉えていたのだ。


 アルスター王国は、コナハト、ムスペルヘイム、ベルヘイムの3国と国境を接する。

 昔から、戦乱の渦巻く要衝だった。


 北からはヨトゥン軍の猛攻が絶え間なく続き、血と炎が大地を染めていた。    


 コナハトとムスペルヘイムは既にヨトゥンに蹂躙され、荒廃した土地が広がっている。

 焼け焦げた村々から立ち上る煙は、空を覆い尽くすほどだった。


 アルスター王国が戦乱の嵐を耐え凌いでいるのは、ひとえにフィアナ騎士団の不屈の剣があったからに他ならない。

 フィアナ騎士達は国境の砦に立ち、ヨトゥン兵の波を何度も押し返している。

 民衆の間で語り継がれる彼らの勇姿は、希望の灯火そのものであった。


 フィアナ騎士団は、伝説の7国騎士に次ぐ名誉を誇っている。

 民衆の心の星として、燦然と輝いていた。


 フィアナ騎士達の鎧は戦場で太陽のように眩しく輝き、剣は正義の光を放つと歌われている。

 騎士たちは厳しい訓練を積み、互いの絆を鉄より固く結んでいた。


 若くしてフィアナ騎士団の上位10人に入っていたフェルグス・マクロイヒは、気品と剣技において比類なき存在である。


 フェルグスはアルスターの王子として高貴な血を引いており、その微笑みは戦場の闇を優しく払う。


 そしてフェルグスが握る神剣カラドボルグは、ヨトゥンを打ち砕く希望の刃として知られていた。


 金色の髪が風に揺れるフェルグスの姿は、まるで天界から遣わされた英雄のよう。


 ゼークはフィアナ騎士団の過去の物語を読みながら、出会った日の記憶を呼び起こす。


 あの時、フェルグスはゼークに騎士の礼を尽くし優しく声をかけてくれた。

 温かな眼差しと、穏やかな声。


 それはゼークの心に小さな炎を灯し、いつしか淡い恋心へと育っていった。


 ゼークは胸を押さえ、ため息をつく。

 あの瞬間から、すべてが変わったのだ。


 それ以来……父ファルミアがアルスター国を訪れるたびに、ゼークは目を輝かせて同行を乞うようになる。


 馬車の中でゼークは窓から見える風景を眺めながら、フェルグスとの再会に心を躍らせていた。


 アルスターの王宮に着くとゼークは直ぐにフェルグスを探し、剣の稽古を請う。


 その時間は、ゼークにとってかけがえのない瞬間であった。


 フェルグスの剣技は流れる水のように優雅で、教えは星の光のように心を照らす。


 フェルグスがゼークの構えを直す手つきは、優しくも厳しかった。


「もっと肩の力を抜いて、心で剣を導け」


 ゼークの心には、常にフェルグスの声が響いている。


 アルスター王国への旅は、ゼークにとっては夢の舞台への巡礼となっていた。


 緑豊かな丘陵を越え王宮の塔が見えてくると、ゼークの心は高鳴っていく。


 それと同時にゼークの心を強く揺さぶったのは、フェルグスとアルパスターの絆だった。

 実戦形式の訓練を終えるたび、2人は神器を合わせ互いに誓いを交す。


「何があっても、俺たちは戦場で敵として神器を交えない。お互いを縛る鎖があるならば、それを断ち斬る刃を振おう。世界の全てが敵になっても、互いの信じる信念の為に戦おう……」


 その言葉には戦火の中で育まれた揺るぎない信頼と、互いを命より大切に思う覚悟が込められていた。

 ゼークはそれを間近で見るたび、胸が熱くなる。

 2人の視線が交わる瞬間、そこには言葉を超えた絆が輝いていた。


 ゼークは、その絆に深い羨望を抱く。

 私も、心から尊敬し合える友が欲しい。

 いづれ、そんな仲間や友に出会えるのかな?


 ゼークの小さな胸に、その願いは心の中で星のように輝き始めた。


 夜空を見上げながら、ゼークは静かに祈る。


 そんなゼークの憧れの人が居るアルスター王国の輝きは、内部からゆっくりと崩れ始めていた。


 国王コンフォバル・マクロイヒは贅沢と享楽に溺れ、王宮を快楽の巣窟としている。

 絢爛たる宴が、毎夜のように続く。

 金銀の装飾品が山のように積まれ、音楽と笑い声が絶えない。

 美しい舞姫たちが優雅に舞い、ワインが滝のように注がれる。

 国王の目は欲に濁り、民の苦しみなど眼中にない。


 一方でフィアナ騎士団の剣が国境を守る最前線では、血塗られた戦いが続く。

 フィアナ騎士たちは疲弊しながらも、最前線で踏み止まっている。


 それでも国境近くの民衆はヨトゥン軍の襲撃で家を焼き払われ、畑を荒らされた。


 たとえ生活が苦しくなろうとも、金品や食料は国に搾取される。

 飢えと寒さに耐え、フィアナ騎士団を支えるための金を絞り出す日々。

 フィアナ騎士団が前線を下げれば、自分達はヨトゥンに身を売るしかない。

 人として、生きれなくなる……


 そんな思いで、必死に重い税を払うアルスターの国民たち。

 しかし金品は王の遊興に消え、国民の声は王宮の厚い壁に阻まれる。


 ベルヘイム王は何度も自らアルスターを訪れ、国王コンフォバルに民の窮状を訴えた。


 馬車から降り立つベルヘイム王の姿は、厳しくも誠実に見える。


「国王よ、民の苦しみを顧みよ。国境の民は、限界だ。王族こそが戦う姿を見せなければ、民は離れていくぞ。民あっての国だ。平和な時とは違うのだ……このままでは、アルスター王国は滅んでしまうぞ」


 ベルヘイム王は、静かな声で諫言を続ける。

 しかし言葉はコンフォバルの耳に届かず、虚しく風に散っていく。


 コンフォバルは笑いながら、酒杯を傾けるだけ。


「我々王族が、騎士団を編成して民を守ってやっているのだ。その見返りの金だぞ? どう使おうと、勝手であろう? ベルヘイム王、我々とて慈善事業をやっている訳ではない。民の命を救ってやった対価の金だ。酒を飲んで、何が悪い?」


 コンフォバルの圧政は、止まらない。


 国境の民の不満は抑えきれぬ炎となって燃え上がり、王都へと迫っていた。

 村の酒場で、農民たちはひそかに囁き合う。    

 疲れた顔に、怒りの影が差す。


 この時ムスペルヘイム側からアルスター王国を攻めていたのは、ヨトゥン軍の将ロキであった。


 ロキは冷酷なクロウ・クルワッハとは違い、占領した土地の民を手厚く保護している。

 荒れた畑を耕し、井戸を掘り、食料も配給してくれていると噂が流れた。


 ロキの統治下では飢えがなくなり、生活が安定して笑顔が戻っていると……


 耳当たりの良い噂は、風のように広がるものである。

 アルスター国境の民の間では、ひそかな囁きが広がり始めていた。


「ロキに投降すれば、我々は救われるのではないか? 無能な王の元で、その王のために死んでいくのは耐えられない……」


 そんな国民の声は、やがてフィアナ騎士であり王子であるフェルグスへと向けられていく。


 運命の日……防衛のために駐屯していたフィアナ騎士の屯所に、民衆は怒濤のように押しかけてきた。

 松明を掲げ、土埃を巻き上げて……国境の町の民衆は、フェルグスを取り囲む。

 悲痛な叫び声が、夜空に響く。


「フェルグス様! このままでは、我々は滅びを待つだけだ! 家は焼かれ、畑は荒らされ……それでも騎士団を支えるために、金品や食料を必死に納めてきた。戦争だから……我々を守ってくれている騎士の為だからと我慢してきたが、その金が王の遊興に消えているんだ!」


「ヨトゥンの……ロキの占領した土地は、豊かで飢えも無いと聞きます! コンフォバル王の元で生きるより、ロキの元で生きた方がマシです! 私達にとっては生活さえ保証してくれるなら、支配者が人でもヨトゥンでも関係ありません! 子供が、お腹を空かせて泣いているんです……ヨトゥンになったって、子供に満足な食事をさせてあげたい!」


 フェルグスは民衆の絶望を聞き、胸を引き裂かれる思いだった。

 民の目には涙が浮かび、声は震えている。


 フェルグスはカラドボルグを握る手を強く締め、心の中で葛藤した。


 騎士は、国王の刃。

 国を守る為、国王を守る為に存在する。


 騎士として、民を守る事も使命だ。

 だが、優先順位が違う。


 それでも……守るべき王の愚行が、民衆の苦しみを生み出している。

 敵国に寝返っても、この現状から逃れたい……

 そこまで、追い詰められているのだ。


 フェルグスは直ぐに王都に戻り、父であるコンフォバルに直訴する事を決める。


 王宮の謁見の間は、金の装飾がまばゆい。

 分厚い絨毯が、足を沈める。


 フェルグスは父の前で膝をつき、声を張り上げた。


「民が離れれば、国は国にあらず! 父上、民衆の声を聞いてください! 我々が守らなければいけないアルスターの国民の心が、今にも崩壊しそうになっています!」


 必死に訴えるフェルグスに、コンフォバル王は玉座から冷たく言い放つ。

 ワインの杯を傾け、嘲るような笑みを浮かべて。


「騎士団が、命をかけて守ってやっているんだぞ? その恩も忘れて、逃げたいと言うなら行かせてやれば良い。ヨトゥン共に使役されて、その時に後悔すればいいのだ。無能な人間の相手をしている程、我々は暇ではない。お前も、いずれ上に立つ人間だ。腐ったモノを早々に切る覚悟を、今から身に付けておけ! 母の卑しい血が流れているのが気になるならば、それは気にしなくてよい。お前は聖杯の加護を受け、下賤の血は洗い流されている。下の者と、同じ目線に立つ必要はないぞ」


 無能な人間など、この世に存在しないとフェルグスは思う。

 一つの分野で劣っていても、他の分野では天才かもしれない。

 自分達の都合に合わせられない人間を無能だと切って、それで良いのか?


 そして、下の者のは何だ?


 王族なら、上か?

 神剣を使えれば、上か?

 騎士なら、上か?


 幼少期の自分を育ててくれた母の教えを、フェルグスは大切にしている。


「他人に優しく、自分に厳しく……でも、たまには自分にも甘く。自分の失敗を許せない人に、他人の失敗を笑って許してあげれる人は少ないわ。失敗したっていいの……みんなで助け合って、それで成功を掴めばいいのだから。苦手な事を補って、少しずつ前に進めばいい。皆んなと同じ目線で……ね」


 母を侮辱し続ける父……

 それだけでも、許せない。


 フェルグスの心は、強く揺れていく。


 父の言葉は、フェルグスの信念を鋭く刺した。


 騎士としての忠義と、民衆への愛。

 フィアナ騎士としての王への敬意と、国への責任。


 フェルグスは、フィアナ騎士として……人としての決断を、重く感じていた。


 夜の王宮でフェルグスは窓辺に立ち、星空を眺める。

 心の嵐が、静かに吹き荒れていた。


 フェルグスが決断できないまま、ついに民の不満は爆発する。

 アルスター王国の地に、革命の嵐が吹き荒れた。


 松明の列がフィアナ騎士団の屯所へ向かい、叫び声が大地を震わせる。


 ゼークが知らぬ間に、憧れの星たちは運命の岐路に立たされていた。

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