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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
二人のフィアナ騎士
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ゼークの覚悟1

「うぉりゃあああぁぁ!」


 航太の叫びが、凍てつく空気を鋭く裂いた。


 全身全霊を込めた、一撃……神剣を握る両手が震えるほどの力を込め、剣閃が白い軌跡を残しながらゼークへと襲いかかる。


 だがゼークの動きは、まるで風そのものだった。


 ゼークは最小限の動作で体を捻り、航太の剣を紙一重で受け流す。

 刃は虚しく空を切り、勢い余った航太の体が前につんのめる。

 足元が、ぐらつく……乾いた土が舞い上がり、汗が頬を伝って地面に落ちた。


 たった一瞬だけの攻防。

 それだけで航太の息は荒く、肩が激しく上下していた。


 航太たちがベルヘイム軍に加わる決断を下してから、過酷な一週間が過ぎている。


 行軍の合間に設けられた模擬訓練は、まるで終わりなき試練のようだった。

 昼間はゼークの直属隊で、基礎体力の限界を試すような苛烈な訓練に身を投じる。


 剣術、足捌き、連携……

 そして、魔法などを使った特殊能力を想定した戦闘訓練……

 どれを取っても、容赦ない。


 ゼークは常に先頭に立ち、隊員一人ひとりの動きを鋭い目で見極め、的確に指摘する。


「航太! 剣を振る時に、肩に力が入りすぎ! もっと、肘を柔らかく!」


「智美! 重心が、後ろに残ってるわ! 踏み込みと同時に、思い切り体重を乗せて!」


「絵美! 攻撃範囲の把握は素晴らしいけど、隙が大きい! 長い獲物を使う時は、攻撃した後の動きも考えなさい!」


 ゼークの声は凛と響き、疲れを知らない。


 訓練は朝の薄明かりから始まり、日没近くまで続く。

 短い休憩を挟みながら、武器と武器をぶつけ合う。

 汗と土埃にまみれ、筋肉が悲鳴を上げるまで繰り返される。


 夜になると、今度はアルパスターとの実戦形式の特訓が待っていた。

 神剣の力を引き出すための、苛烈極まりない鍛錬。


 アルパスターは容赦なく3人を追い詰め、神剣の特性を叩き込む。


 航太の風の力、智美と絵美の水の力……それぞれを、限界まで引き出させる。


 身体は、これまでに経験したことのない疲労で満ちていた。

 毎夜8時間以上の眠りを貪っても、朝起きると筋肉は硬直し全身が重く鉛のように感じられる。


 それでも、航太たちは必死に耐えていた。


 普段ならとうに折れていたはずの心を支えていたのは、オゼス村で見た地獄のような惨劇……

 焼け落ちた家屋、泣き叫ぶ人々、そして無残に散った命……


 その光景が、3人の胸に消えない炎を灯していた。


 そして、ガイエンとの戦闘で感じた圧倒的な力の差……

 そのガイエンの凶刃にかかり、大切な2人の人を失ったティアの底知れぬ苦悩……


 様々な思いが、3人を掻き立てていた。


「よーし! 一旦、休憩にしよっか!」


 ゼークの声が響き渡り、隊員たちの動きが止まる。


「ふぅ、死ぬほど……疲れた!」


 絵美が震える手でハンドタオルを握り、額に滴る汗を拭う。


 タオルはすぐにビショ濡れになり、絵美の吐息が白く揺れた。


 冷たい風が訓練場を吹き抜ける中、頬はまだ紅潮し髪は汗で額に張り付いている。


「たった一週間で……みんな、信じられないくらい強くなったね! 本当は基礎から訓練した方がいいんだけど、時間が無いから実戦形式で叩き込んでいくしかないの。それでも、皆んな理解が早くて助かるわ!」


 ゼークは、眩しい笑顔で3人を見つめた。

 その美しい顔には、汗の一滴すら浮かんでいない。


 自分たちよりも激しく動き回っていたはずのゼークの涼しい表情に、3人は愕然とした。


「まぢかよ……ゼークの身体、どうなってんだ? MythKnightの方が格上とか何とか言ってたが、神剣を持ってる奴より能力者だろ! 剣の動きなんて見えねぇし、風の力を使った攻撃すら当たらねぇし……」


 航太が、息を切らしながら呟く。


「ホント……それに、私達の相手しながら他の人の訓練も見てたでしょ? 若いのに、人望もあるし……ゼークって、私達より若いよね?」


 智美が、感嘆の声を漏らす。


「高校生くらいに見えるよねぇ……外人さんって老けて見える人もいるのに、ゼークは普通に女子高生って言われても違和感ないよ! Myth Knightじゃなくても、めちゃくちゃ強いし!」


 絵美が目を輝かせ、純粋な憧れを込めてゼークを見つめた。


「ちょっと……女子高生、って何? 悪口じゃ、ないでしょうね? って言うかね……智美と絵美の肌は、綺麗すぎるのよ! 貴女たちの国の美容技術って、どうなってるの? まったく……同じ様なお手入れができれば、私だって!」


 それまで凛とした指揮官の態度を崩さなかったゼークが、突然不満そうに頬を膨らませる。


 その意外な表情に、智美と絵美が思わず吹き出した。


「ちょっと、笑わせないでよ! やっぱりスキンケアは、女性の永遠の課題だわ……女子高生ってのは、若い女性の学生の事よ。どっちかって言うと、褒め言葉かな? この世界だと、私たちは子供に見られそうね……」


 女子たちがキャッキャと盛り上がる横で、航太は遠くの雄大な自然に視線を移す。


 アルパスターが軍全体に3人を紹介した日から、すべてが変わった。

 MythKnight……神剣に選ばれた者たちとして、航太たちは一夜にして英雄と崇められる事になる。

 だが……その名は希望であると同時に、重い鎖でもあった。

 神剣を手に戦うことは、この世界の人々の未来を背負うこと。

 航太は、その重圧を骨の髄まで感じていた。


 それでも、心のどこかで優越感が疼く。

 ただの大学生だった自分が、今や運命に選ばれた存在。

 航太は無意識に拳を握り、力こぶを膨らませた。


「俺が神剣を使いこなして、悲しみを背負う全ての人々を……この手で、救ってみせる!」


 熱い決意が、声となって迸る。


「きゃっ! ちょっと、航ちゃん! 急に大声出さないでくれる?」


「1人で黄昏れてると思ったら、急に大声出すんだもん……何を考えてるのかと思えば、気合い入れすぎだよ!」


 智美が航太の肩を軽く叩き、軽い表情で笑う。


「戦うのは、私達だけじゃない。ゼークも、ゼーク隊の兵隊さん達も戦ってくれる。私達より強い人達が、周りを固めてくれている。出来る事を、頑張っていこ!」


「そうだな……ゼークの家系は、代々ベルヘイムの近衛って話だったよな? 剣術ってヤツが、血に刻まれてるんだ。エリートとか、サラブレッドって事だよな?」


 航太はわざと棘を込めて言ったが、その言葉の裏には隠しきれない敬意があった。

 ゼークの若さで、この強さ……それは並外れた努力の結晶だと、誰よりも航太が理解している。


「そうね……私は、強くなきゃいけないんだ。神剣が私を認めてくれなくても、それでも強く……」


 ゼークは誰にも聞こえない声で、本当に小さい声で呟いた。


 ゼークの剣術は、ベルヘイム王国近衛騎士に代々伝わる秘伝の流派……通称「風読みのウィンドリーディング・ソード」を基盤としていた。

 この剣術の最大の特徴は、文字通り「風を読む」ことにある。


 風の流れ、気圧の微細な変化、空気の揺らぎ、そして相手の動きによって生まれる空気の乱れ……

 それらを皮膚と聴覚、そして鋭敏な感覚で瞬時に読み取り、それをもとに最適な動きを導き出す。


 戦場では、常に微風が吹いている。

 人の動きは必ず空気を乱し、その乱れは風となって周囲に広がっていく。

 ゼークはその「風の囁き」を聞き分け、相手の次の動作を先読みする事ができる。


 この剣術を体得する為に、ゼークは限界を超えて努力してきた。

 幼少期より剣を握り、若くして命のやり取りを繰り返した。

 それで得られた、僅かな風を読む力……


 それを数日前に神剣に認められた者が、より強大な風の力で軽々と追い抜いていく。


 悔しかった……それでも、今は共に戦う仲間だ。


「ちょっと、アホ航太! 性格の悪さが出まくってるよ! サイテー!」


 絵美の声が、ゼークの耳に響いた。


「サイテーのゴミ野郎でしゅ~。ゴミ箱に投げ入れて、焼却しちまいましゅよ~。ファイア! デシュファイア!」


 ゼークの思いを遮る様に絵美は力を込めて航太の肩を叩き、ガーゴはデシュファイア……と叫びながら、航太の顔を羽でペチペチしている。


 疲労感の充満していた訓練場の空気が、一瞬で和らいだ。


 ゼークは、軽く笑い……そして、ゆっくりと立ち上がる。


 風がゼークの綺麗な銀色の髪を優しく揺らし、鋭い瞳が遠くの地平線を貫く。


「私には、7国の騎士シクステン・ゼークの血が流れている。強くなきゃいけない。神剣が無くたって、この旅で死ぬ運命だとしたって……」


 その呟きは風に溶け、誰の耳にも届かない。

 だがその声には、深い覚悟と孤独が滲んでいる。


「伝令! 伝令です!」


 突然、土煙を巻き上げて1人の兵士が駆け込んできた。

 息を切らし、膝に手をつきながら叫ぶ。


「ロキ軍の先鋒隊が進路を変更、我が軍に向かって迫っています! さらに後方から、ガイエン軍が急接近中です!」


 その言葉に、訓練場が一瞬で凍りついた。

 ゼークの顔に、暗い影が差す。


「フェルグスの部隊、だよね……」


 ゼークの声は低く、抑えきれぬ感情が微かに震えていた。

 剣術を学んでいた、辛い時期が頭の中を駆け巡る。


「私が、戦う……」


 複雑な思いを宿した瞳が、遠くの地平線を見つめた。

 剣の柄を握りしめた小さな手が、小刻みに震える。


 震えを周りに気取られないよう、ゼークは無意識に手を離す。


 絶望を呼ぶ戦いが、暗い影と共に歩み寄って来ていた……

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