ティアの回復
ティアさん! もう、動けるの?」
一真の声は驚きと安堵が混じり合い、微かにに震えていた。
瀕死の重症だったのは、間違いない。
一真が最後にティアを見た時には、意識は戻っておらずホワイト•ティアラ隊の隊員が回復魔法をかけていた。
その時は、まだ生きるか死ぬかの瀬戸際だった筈だ。
一真は、思わずティアの腹部と顔を交互に見つめた。
傷ついて倒れていたあの瞬間には、気づかなかった……茶色の長い髪が風に揺れ、薄い褐色の綺麗な肌が朝陽に透ける。
その姿は、息を呑むほど美しい。
アジア系の繊細な顔立ちに宿る静かな気品が、一真の胸をざわつかせた。
ティアは一真の視線を真正面から受け止め、その瞳に深い感謝を湛える。
「一真さん……ですね? 私を救う為に、全力で治療をしてくれたって……最後まで諦めずに、自身が傷つく事も厭わなかったとネイアさんから聞きました。本当に、ありがとうございます」
その言葉は柔らかく、しかしどこか切実で、一真の心に染み入った。
一真は照れを隠すように頭をポリポリと掻き、目を逸らす。
「ふむふむ、カズちゃんの好みのタイプかぁ~顔がぁ……赤いぞ~」
絵美が無邪気な笑顔でからかうと、一真の頬がさらに熱を帯びた。
絵美の好奇心に満ちて輝く瞳を無視して、一真はティアの腹部に視線を戻す。
その視線に気付いたティアは、傷があった腹部が一真に見える様に服を少したくし上げる。
驚く事にそこにあったはずの傷は消え、ただ滑らかな肌が広がっているだけだった。
「もう……大丈夫そうだね。傷口も残ってない……すごい回復力だ! 安心したよ」
一真の声には、感嘆と安堵が滲んでいる。
「ネイアさんやエリサさん……それにホワイト・ティアラ隊の皆さんが、一晩中交代で回復魔法をかけてくれたんです。皆さんの優しさに、感謝してもしきれません」
ティアはそう言うと、深々と頭を下げた。
その一礼には、言葉にできないほどの重みが込められている。
一同が、息を呑むほどに。
「ところで……ティアさんを襲った男のこと、何か知ってる? 知り合いだったり、顔見知りだったり……」
航太が沈黙を破り、唐突に口を開いた。
その無遠慮な声に、場の空気が一瞬張り詰める。
「いえ……知りません。知らない……人でした……」
ティアの答えは短く、声はかすかに震えていた。
首を振るティアの瞳に、暗い影がよぎる。
思い出したくない記憶が、ティアの心を締め付けるのが見て取れた。
「ごめんね……思い出したくないよね! この馬鹿の言うことは、無視していいから!」
智美が航太を鋭く睨みつけ、ティアに優しく寄り添う。
智美の声には航太に対する怒りと、ティアを守ろうとする強い意志が感じられる。
「ホントだよ……ガイエンに斬られたのって、ティアさんの旦那さんだったんでしょ! それに……赤ちゃんだって、助けられなかったんだから! 航ちゃんって、知ってはいたけど無神経すぎだよ!」
絵美が声を張り上げ、目を潤ませながら訴えた。
「無神経でしゅ~。航太は無神経でパープリンだから、レデーの気持ちなんて分からないんでしゅよ~。うぷぷぅ~」
ガーゴの甲高い声が続き、絵美と2人で航太を畳み掛ける。
航太は反論しようとした唇を噛み、右手をぎゅっと握り潰すように拳を作った。
(無神経は、お前らだろーが! 旦那が斬られたとか、赤ちゃんを助けられなかったとか、そんな話を本人を目の前にして軽々しく話ちゃ絶対にダメだろ! てか、アヒルのヌイグルミなんざ持ち込むんじゃねぇ!)
心の中で叫びながらも、航太は必死に言葉を飲み込む。
ティアはそのやり取りを眺め、気を遣って僅かに唇を緩めたが……直ぐに、その微笑みが消えていく。
「私、主人も子供も失って……これから何をすればいいのか……」
ティアの声は小さく、まるで独り言のように儚かった。
ティアがうつむくと長い髪が顔を隠し、その下で涙がこぼれ落ちたかもしれない。
一同の胸が締め付けられる……そんな沈黙が広がった。
「落ち着くまで休んで、それから考えればいいんじゃないかな? 1人になりたい時間もあるとは思うけど、それでも大勢でいたほうが……こういう時は、心が少しでも軽くなると思う。人といると、色々と考えなくて済む時もあるし」
一真の声は優しく、どこか切なげである。
一真はアルパスターに視線を送り、その視線で静かに訴えた。
「うむ……体と心の傷が癒えたら、ホワイト・ティアラ隊で働いてもらってもいいだろう。身体を動かしていた方が、気が紛れる事もあるだろうしな。ネイアはティアさんが無理しないように、しっかり見守ってくれ」
アルパスターの低い声には、確かな温かさが宿っている。
「それがいいですよ! 私たちも、このままティアさんと別れるなんて寂しいです。それに一緒に行けば、ガイエンに恨みの一撃を入れられるかもしれないし! ね、航太さん!」
エリサが、珍しく声を荒げた。
その瞳には、ティアへの深い同情と怒りが燃えている。
夫と子を同時に奪われたティアの痛みが、エリサの心を強く揺さぶっていたのだ。
「ね……じゃ、ないっスよ。でも、人を簡単に殺していくガイエンは許せねぇ! 過去に悲しい出来事があったとしても、やっちゃいけねぇ事はある! 強くなってやるさ……ガイエンを止めれる程度にはな!」
航太は、力強い視線をエリサに向ける。
「航太の覚悟は立派だが……だが、そうだな。今は、ガイエンを見るのも戦場を見るのも辛いだろう。だが、ホワイト・ティアラ隊は皆を助ける部隊だ。その部隊は、我々が全力で守る。これ以上の心の傷を増やさないことを、私は約束しよう」
アルパスターの言葉は力強く、ティアの心に希望の光を灯すようだった。
「将軍は大抵の約束を守ってくれるから、安心して! そして、私たちも全力で守るわ! ね、航太さん!」
ゼークが明るく付け加えたが、その瞳には真剣な光が宿っている。
ティアは心に寄り添ってくれようとする2人を見つめ、静かに頷いた。
感謝の涙が、ティアの頬を伝っていく。
「じゃあ……早速だが、オレたちは剣の特訓に行くか! ティアさんを守る為にも、ガイエンを止める為にも、強くなんなきゃならねぇ! ゼークさん、特訓に付き合ってくれんだろ! 会話の流れからしたら、断れないよな!」
航太が立ち上がり、声を張った。
無神経な発言を償うように、航太の言葉には熱が篭っている。
「航太クン、必死でしゅね~。でも、失った信頼は、簡単には戻らないんでしゅよ~……って、航太しゃん止めるでしゅ〜。尻尾……尻尾が、切れる〜。でしゅ~!」
ガーゴは尻尾を掴まれ、航太にグルグル回されながら叫ぶ。
航太は無言でその仕返しを楽しんでいたが、その表情にはどこか悔しさが滲んでいた。
「はいはい、おふざけはここまで! 私は、厳しいわよ~。みんな、覚悟しなさいよ! あと、私の事は呼び捨てで良いわ。部隊の長と言っても、格としてはMythKnightの方が上……でも部隊の先輩として、私も皆んなの事を呼び捨てにするから!」
ゼークが笑いながらも、最後の言葉を真剣に告げる。
4人を見渡すゼークの視線には、これから仲間として戦う信頼と期待が込められていた。
「了解! 直ぐに、戦力になってやるわ! ゼークちゃん、私に続けーってね!」
絵美がゼークに向けて明るく応じ、その声は場を温かく包む。
会食の後……航太たちはゼークと共に訓練へ向かい、一真はホワイト・ティアラ隊に合流した。
一方その頃ベルヘイム東の国境で戦っていた蒼穹の遊撃部隊を指揮するアデリア・ホーネは、ロキ軍の先鋒隊に敗走を余儀なくされていた。
ロキ軍の先鋒隊を指揮するのは、フェルグス・マクロイヒ……神剣カラドボルグを操る歴戦の勇者。
その名は、戦場に響き渡る恐怖と絶望の象徴だった……




