幕舎にて…
そんな話をしているとテントの入り口がパサリと開き、ゼークがひょっこりと顔を覗かせる。
ゼークの長い髪が風に揺れ、陽気な笑顔がテント内に飛び込んできた。
その笑顔に航太の心は一瞬で明るくなり、羞恥と罪悪感の重荷が少しだけ軽くなる。
「4人とも、楽しそうでいいなぁ~! 今度は、私も混ぜてね! そうそう……食事の準備ができたから、支度が出来たら付いて来て。色々と、説明しなきゃいけない事もあるしね!」
(戦ってる時は凛とした騎士って感じなのに、普段は年頃の女の子だなぁ……人ってのは、本当に見かけによらないな……)
航太は内心で苦笑しながら、軽く寝癖のついた髪を指で梳いた。
ゼークの笑顔に引き寄せられるように仲間たちも立ち上がり、それぞれ身なりを整えてテントの外へ出る。
航太の胸には仲間との絆への感謝と、これからの期待が混じり合った複雑で温かな感情が渦巻いていた。
外に出た瞬間、すでに昇り始めた朝日が目に飛び込んでくる。
灼熱の陽射しが容赦なく降り注ぎ、肌がジリジリと焼けるような感覚が広がった。
空気は乾いて熱く、息を吸うたびに喉がカラカラになる。
心に、軽い焦燥感と疲労が蘇った。
遠くの地平線には熱波が揺らぎ、地面から立ち上る陽炎が視界を歪ませる。
普段との景色の違いに、不安と緊張が芽生えた。
「この陽射し、すごいなぁ~! 元の世界と全然違うね! 直ぐに日焼けしちゃいそう!」
絵美が首を振る仕草は、まるで子供が駄々をこねるようだった。
絵美は片手で目を覆い、もう片方の手でスカートの裾を軽く摘んで揺らす。
暑さを紛らわそうとする姿は、愛らしさがある。
その声の中にある少しの不満に、お肌への本気の不安が混じっていた。
(戦争の世界に来たのと、日焼けの心配が同列かよ……)
絵美の言葉は、航太の心に小さな笑みと温かさを誘う。
「にしても……この暑さの中で、よく寝れてたな。相当疲れてたんだな、オレら……」
航太は、腕の甲で額に浮かんだ汗を拭った。
汗が肌にべたつき、服が既にじっとりと湿っているのが分かる。
現実に戻された身体に、疲労感と頭重感がのしかかってきた。
目を細めて空を見上げると、雲一つない青空がどこまでも広がる。
その果てしない広がりに、不安と孤独を感じた。
「そこのテントに、食事を用意してあるよ! 行軍中だから、豪華な物は期待しないでね!」
ゼークが指差したのは、以前アルパスター将軍に会った時に緊張しながら入った覚えのある大きなテントである。
あの時は足が震え、心臓がバクバクしていた。
その時とは違い、今は不思議と落ち着いている。
慣れとは恐ろしいものだと航太は胸の内で苦笑しつつ、心に小さな自信が芽生えた。
「入りま~す! 皆さん、連れて来ましたよ!」
ゼークが軽快にテントに飛び込み、その後ろを4人も続いて中へ入った。
入り口の布をくぐると、どういう原理か外の熱気は遮断されている。
少し冷んやりした空気が肌を撫で、気持ちが少し軽くなった。
頭が少し冷静になり、周りを見渡す。
ある物の全てが異質に見え、異世界に来た事を実感する。
1人じゃなくて……孤独じゃなくて、本当に良かった。
幼馴染や義弟が一緒にいる安心感が、急に胸に温かく広がっていく。
テントの中には、大きな木製のテーブルが用意されている。
そのテーブルの周りに、アルパスター将軍にネイアにエリサなど見知った面子が既に椅子に座っていた。
テーブルには質素ながらも温かそうな料理が並び、焼けた肉の香ばしい匂いと炒めた野菜の甘い香りが漂ってくる。
壁には簡素な布が掛けられ、風に揺れるたびに爽やかな音を奏でている。
心に穏やかなリズムと、安らぎを刻んだ。
「今まで顔を合わせた面子で食事した方が、緊張しないかと思ってな。話もしやすいだろう?」
アルパスターが4人に向かって、穏やかに声をかけた。
その声は低く落ち着いており、自然と安心感を与える響きがある。
航太はその声に尊敬と信頼が胸に芽生え、心が温かくなった。
「早く座ってよ! お腹空いちゃったし、早く食べよ!」
ゼークが椅子に腰を下ろしながら、明るく促す。
ゼークの隣でネイアとエリサが静かに席を立ち、4人に座る場所を丁寧に指示してくれた。
ネイアの手つきは優雅で、エリサの動きには可愛さがある。
とても軍人とは思えないリズムであったが、人への思いやりを強く感じた。
人の命を救う部隊……ホワイト・ティアラ隊の隊員として、軍に所属はしているが染まらない様にしているのだろうか?
そんな2人に対しても、部隊の大切な仲間として扱っている。
そして素性の知れない自分達を、大切な客人として扱ってくれている。
部隊長であるアルパスターへの信頼と感謝が、航太の心に温かく広がった。
改めてテーブルを見ると、焼いた肉や炒めた野菜が並んでいる。
肉にはこんがりと焦げ目がつき、脂がジュワッと滲み出していた。
野菜は色鮮やかで、油と塩で軽く味付けされた香りが食欲をそそる。
特別なものではないが航太にはそれが妙に安心感を与え、空腹の心に優しく寄り添った。
空腹のあまり何の肉かも考えず、4人は無心で料理を皿に取り分ける。
フォークで肉と野菜を刺し、徐に口に運ぶ。
頬張るたびに旨味が舌に広がり、心に小さな幸福と満足が灯った。
「そろそろ、落ち着いたかな?」
4人の食べる勢いが少し落ちてきたのを見計らい、アルパスターが口を開く。
アルパスターの手には杯が握られ、静かに揺れる水面がテントの明かりを反射している。
その落ち着いた態度に、航太は無意識に自分の皿に視線を落とす。
最初は、遠慮して食べようと思っていた筈なのだが……香ばしい味に、手が止まらなくなったようだ。
無惨に荒らされた皿を見て、冷や汗が出る。
「あのー……もう、大丈夫です! すいませんでした、ガッついちゃって!」
智美が、慌てて口元を手で押さえながら答えた。
そんな智美の頬には肉汁が少しついており、慌てて袖で拭う姿がどこか愛らしい。
と言うか……自分は、大丈夫なのか?
航太も慌てて、口元を拭いた。
「ごめんなさいね……もう少し、手の込んだお料理が作れれば良かったんだけど。昨日は頑張ってくれたんだし、しっかり食べてください。お行儀なんて気にしないで、お腹一杯食べてくださいね。体力や疲労を回復する為にも、食事は大切ですから」
ネイアは、優しく智美に微笑みかけた。
その瞳には労いの色が浮かび、声には温かさが滲んでいる。
「ありがとうございます! 緊張が緩んだら、お腹が凄く空いてきちゃって……恥ずかしい……」
智美は少し頬を赤て、小さくペコペコとお辞儀をし始めた。
その様子を見ていたアルパスターが、杯をテーブルに置き口を開く。
「まずは力を貸してくれる決心をしてくれて、ありがとう。神剣に認められし者が仲間になってくれるのは、素直に嬉しい」
アルパスターは軽く頭を下げ、4人はその仕草に少し驚いた。
将軍ともあろう人物が頭を下げる姿に、航太の胸に熱いものが込み上げる。
それと同時に、将軍という立場で簡単に頭を下げてもいいのかとも思う。
「将軍、オレ達如き……って言い方も変だけど、そんな簡単に頭下げちゃっていいんですか? 将軍達からしたら、素性も知らない訳の分からない人間な訳だし……」
「そんな事ないわ。皆さんはMyth Knight……神剣に選ばれし救世主。それが4人も部隊に加わってくれるのです。部隊長として、頭を下げるのは当たり前です」
ネイアの言葉に、頷くアルパスター。
この2人には、役職を超えた関係があるんだろうなと航太は感じた。
「航太と智美と絵美、3人はMyth Knightとしてゼークの部隊に所属してもらう。一真はネイアと共に、ホワイト・ティアラ隊の一員として頑張ってもらいたい。ネイアたっての希望だ……よろしく頼む」
まるで人事発表のようなアルパスターの言葉に航太は思わず笑いそうになったが、グッと堪える。
口元がピクッと動くのを隠すように肉をもう一口頬張り、新たな決意と誇りを胸に刻む。
「じゃあ改めて……私の部隊に、ようこそ! ビシビシ行くから、覚悟してよね! そうそう……それと神剣には、それぞれ特性があるのよ。その特性に基づいて、スキルが付与されている。航太は、もうだいぶ気づいてるんじゃない?」
ゼークの手には小さなパンがあり、話をしながらもちぎっては口に運んでいる。
その仕草や表情は年頃の女性らしく、航太の心は少し軽くなった。
「ああ……まだ、なんとなくだけどな。オレのエアの剣は、風を起こす事ができる。それを応用すれば、攻撃や防御に使えるみたいだ」
航太は、剣の感触を思い出しながら答えた。
軽やかな刃が空気を切り裂き、風を操る感覚がまだ手に残っている。
物語の主人公なんかは、この感覚に誇らしさと興奮が宿るんだろう。
そして熱い展開に発展して、胸踊るバトルを繰り広げたりするんだろうとも思う。
しかし、ガイエンの恐怖を操る力に怯えた。
そんな時、目の前の少女に助けられた。
そして、オゼス村の惨状を見た。
とても楽観的に、その力に自信を持つ事が出来なかった。
「私の矛からも、水の刃みたいなのが出てたなぁ……あれも、そうなんだね! 夢中で戦ってたから、深く考えてなかったゲド!」
絵美は、航太の話に頷きながら口を開く。
絵美はフォークで野菜を突き刺し、クルクルと回しながらその開いた口に運んでいく。
何も考えてなさそうな、絵美の軽い口調……航太は、考え過ぎな自分の思考を頭から吹き飛ばす。
考える事は大切だが、考え過ぎてパンクするのは良くない。
ただでさえ、ストレスがかかってるのだ……これ以上、負荷をかける必要はないだろう。
航太の表情から、緊張感が少し和らいだ。
「最初は、それぞれの武器の扱いを習得していく事が大切だ。だが、神剣の特性を把握する事は戦いに大きく役立つ。神剣を使い熟す事が、オゼス村の様な悲劇を減らす事にも繋がるんだ。期待しているぞ」
アルパスターの声は落ち着いているが、その言葉には重みがあった。
アルパスターの視線は、4人の顔を順に見つめる。
それぞれに、期待を込めているように見えた。
航太はその視線に背筋が伸び、心に責任感と使命感が深く刻まれていく。
「新しい環境だ……大変な事も多いだろうが、Myth Knightは人類の希望だ。頑張ってくれ」
その言葉に、航太の身が引き締まる。
喉に詰まった肉を飲み込み、更に背筋を伸ばした。
仲間たちの顔を見ると、彼らもまた真剣な表情で将軍の言葉を噛み締めているのが分かる。
航太達が決意を新たにしていると、テントの入り口が開いた。
女性が1人、静かに姿を現わす。
彼女の足音は軽く、布が擦れる音だけがテント内に響く。
新たな物語が、始まる予感がした……




