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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
紅の剣士と恐怖の剣
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悲しみの過去、復讐の刃1

 小さな集落の、ただ一軒の家。


 血の海が床を這い、赤黒く染まった壁が息を詰まらせる。

 その中心で、女性が赤子を抱きしめたまま倒れていた。


 守ろうとした……そして、守れなかった。

 この世で一番大切な命を、胸の上に抱きしめて。

 小さな鼓動が、ゆっくりと……確実に、途絶えていく。


 紅く染まっていく景色……

 絶望の景色……


「ティア、大丈夫か? くそったれ……オレ達が、何をしたっていうんだ! もう、許せん! 必ず、仇をとってくるからな!」


 男性の声が、耳を抜けて頭に響く。

 耳を抉り、頭蓋を震わせる。

 荒々しく怒りに灼けたその叫びが、女性の心をさらに引き裂いた。


「レイ……だめ……あなたも、殺されてしまう……」


 ティアと呼ばれた女性は、声にならない声をあげる。


 ティアの唇が、血の泡とともに震えた。

 声にならない懇願は、レイの耳には届かない。


 レイは、憎しみを胸に外へと飛び出していった。


 ティアは、ゆっくりと瞳を閉じる。

 意識が遠のく中、頭は容赦なく過去を掘り起こす。

 幼い日の記憶を……レイと出会った、あの瞬間を。


 …………



 ティアは、廃墟と化した村の中を歩いていた。

 あてもなく、ただ足が動くままに。

 ペンダントを握る手が震え、その冷たさが心に突き刺さった。


 お姉ちゃんの声が、頭の中で響き続ける。


「ティア……お願い……」


 何を? 

 私に、何ができるの?

 私には、何もできないよ……

 お姉ちゃんを救えなかった私に、何ができるっていうの?


「私……これから、どうすればいいの?」


 父の優しい声、姉の温かい手……すべてが炎に飲み込まれ、灰になった。

 ティアの小さな身体は、家族を失った虚無感に震える。


 私は、何のために生きてるんだろう?

 何で、生き残っているんだろう?

 お姉ちゃんが死んだのに、私が生きてる意味なんてあるの?


 そんな思いに沈みながら歩いていると……突然、頭に激しい痛みが走った。

 逃げ惑う村人の荷物が、ぶつかったのだろう。

 膝をつき、視界が暗転する中でティアは意識を失いかける。


 僅かに残る意識の中で、ティアは持っていたペンダントを咄嗟にポケットに放り込む。


 お姉ちゃん……助けて……


 そしてティアは、意識を失った。


 逃げ惑う村人たちは、倒れた少女に目を向ける余裕すらなかった。

 自分の命が危険に晒されている時に、他人の心配なんてできなかった。

 ティアは誰にも気付かれる事なく、ただ冷たい地面に倒れていた。


 どれぐらいの時間が経ったのだろう……


 再び目を開けた時、ティアの前には更に廃墟と化した村が広がっていた。

 焼け焦げた家々、散乱する瓦礫、そして静寂。

 家族の笑い声が響いていた場所は、もう何もなかった。


 ティアの心は灰と同じくらい冷たく、空っぽだった。


「私……ここで何してたんだっけ? 名前……私の名前……なんだっけ? 何も、思い出せない……」


 茫然と立ち尽くすティアの瞳から、涙がこぼれた。

 お姉ちゃんの顔も、お父さんの声も、頭から消えかかっていた。


 私は誰?

 ここはどこ?


 私の居場所は、もうどこにもない。

 どこに行っていいかも分からない。

 帰る場所も、分からない。


 悲しみが彼女を飲み込み、足が動かなくなった。


 その時、旅の一座の馬車が通り過ぎた。

 埃を巻き上げ、遠ざかる音が虚しく響く。


「ねえ……キミ、こんなところで何してるの?」


 馬車が止まり、1人の少年が顔を覗かせた。 

 その声は優しく、ティアの凍りついた心に微かな光を投げかけた。


 しかし、ティアにはそれが届かなかった。

 お姉ちゃんじゃない。

 お父さんじゃない。


「私……自分の名前も、分からなくて……」


 掠れた声でそう呟くと、ポケットに何か硬い感触があることに気づいた。

 震える手で取り出すと、固まった血にまみれたペンダントが現れた。

 その赤黒い汚れを見つめるうちに、エストの声が頭に響いた。


「ティア……」


 涙と後悔に濡れた、姉の声……ティアの心が震えた。


「私……名前……ティア?」


 その小さな呟きを聞いて、少年は目を輝かせる。


「ティアちゃんだね! 思い出せて良かった!」


 彼は屈託なく笑い、まるで太陽のような明るさで続けた。


「僕は、レイ・ノースラン! よろしくね! こんな場所に、1人でいちゃダメだよ。一緒に行こう! そのペンダント、洗って綺麗にしなきゃね!」


 ティアは、言葉なく頷いた。

 でも、心は動かなかった。


 少年の手が差し伸べられ、彼女はその温かさにすがるように馬車に乗り込んだ。

 ペンダントを握る手には、姉の血と涙が染みついたままだった。


 私は、お姉ちゃんじゃない。

 私には、生きてる意味がない。

 ティアの瞳から、涙が静かにこぼれ落ちた。


 …………


 時間をかけて思い出した、僅かな記憶。

 姉の顔も、家族の顔も思い出せない。

 でも過去に、同じような絶望があった事だけは分かる。


「レイ……あなただけは、私の側からいなくならないで……」


 一粒の涙が、赤黒く染まった床を濡らした。


 …………


「ティア、キミの天敵を……見つけた。今の俺には、君を救う力はない。それでも、アイツを殺すことはできる。今日で、この地獄を終わらせてやる。幼いキミを絶望に落とし、再び傷つけた男……絶対に許さない!」」


 木々の闇に身を沈め、音を立てまいと大剣を握り潰すほどに力を込めた。

 冷たい汗が背を伝い、心臓の鼓動が耳元でうるさく響く。


 レイ・ノースランの瞳は憎悪と決意に燃え、ただガイエンだけを捉えていた。


 レイの心の中でで渦巻くのは、ティアを守れなかった無力感……そして、ガイエンに対する怒りの嵐だ。


 幼い頃ガイエンに心を踏みにじられ、無垢だった笑顔を奪われたティア。

 そして今、ガイエンの手で身体まで傷つけられた。


 家の中で、血を流し倒れているティア……その光景が脳裏に繰り返し焼き付き、胸を締め付ける。

 オレが、もっと強ければ……もっと早く、気づいていれば……

 そんな後悔が苛むたびに、ガイエンへの憎しみがさらに膨らんだ。


 許す?

 そんな選択肢は、最初から存在しない。

 卑怯者と罵られようが、姑息だと蔑まれようが、そんな雑音で決意は揺るがない。

 不意打ちで、ガイエンの命を奪う。


 ガイエンと正面から立ち向かう若者たちの戦闘が始まったら、その隙を突く。

 ティアを想うたび心が締め付けられ、震えそうになる手をごまかすように剣を握り直した。


 息を殺し木々の間で全身を硬直させながら、自分自身に言い聞かせる……失敗は許されない。

 ガイエンを仕留めるその瞬間まで、オレはただの影であり復讐の刃でしかない。


 ガイエンとの力の差は歴然だからこそ、確実に倒せるタイミングで奇襲する。

 そう心に決めたレイは、更に息を潜めた……

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