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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
紅の剣士と恐怖の剣
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恐怖の紅い騎士4

 しかし痛みを伴う斬撃の衝撃は、いつまで経ってもエリサの身体に届くことはなかった。


 死の恐怖が骨髄まで凍りつかせたエリサは、恐る恐る瞼を震わせながら目を開ける。

 そこにあったのは、巨大な水の球体……自分自身が、その水の球体に入っている事に気付く。


 エリサの傷ついた肉体を慈しむように包み込み、透明な膜がゆっくり脈動しながら痛みを優しく溶かしていた。

 涙が頰を伝い、感謝と畏怖が胸を締めつける。


 目の前では智美が2本の神剣を交差させ、紅蓮のヘルギの猛撃を必死に防いでいた。


 智美の瞳は、決意の光が宿っている。

 仲間を守りたいという想いが、心に強く灯っていた。


「私の目の前では、誰も殺させない! 絶対に!」


 その叫びは、智美の魂の咆哮のようである。

 そして防御から一転、攻撃へ!


 天叢雲剣による初撃は、辛うじて避けたガイエン。

 刹那……追撃の草薙剣が水の刃を纏い、ガイエンの右上腕を深く切り裂いた。


「ちぃっ!」


 血が噴き出し、ガイエンの顔が激痛に歪む。

 水の刃による予期せぬ攻撃範囲の拡大が、ガイエンに傷を負わせ後方に飛びのかせた。

 鎧に刻まれた傷口から熱い血が滴り落ち、地面を赤く染める。


「エリサさん、大丈夫ですか? 怪我は? ごめんなさい、助けに入るのが遅れてしまって……」


 智美の声は、震えていた。

 恐怖と安堵が交錯し、涙が零れそうになる。


「私は、平気です。智美様、ありがとうございます。水の力で、傷も体力も回復出来たみたいです。でも、あまり無理はしないで下さいね」


「エリサさんもね! でも、無事で良かった」


 水の球体が砕け散り、心身共に回復したエリサは立ち上がる。


 生きている……エリサは、智美に心から感謝した。


「戦いながら、皆んな成長してる。これなら、やれる!」


 航太の心臓が激しく鼓動し、希望の火が全身を焼き尽くすほどに燃え上がる。

 全員で、絶対に生きて帰る……その想いが、魂を震わせた。


「なるほど、なかなか良い編成だ。近距離と遠距離をカバーする風の剣に、二刀流の水の回復系、中距離の水の矛。MythKnightとしては成長過程だろうが、3人もいると流石に厄介だ。貴様達の得意な戦い方に付き合ってやろうとも思ったが、面倒だ。少し本気を出してやろう」


 ガイエンから余裕の笑みが消え、ヘルギが更に赤く……紅く禍々しく、憎悪の炎のように輝きを増す。


 掲げられたヘルギから放たれる紅い光が爆発的に拡大し、周囲を血の海のように染め上げる。

 先程の倍以上の明るさで、絵美の身体がその紅光に飲み込まれていく。


「ひやぁぁぁぁぁぁっ!」


 絵美の喉から、魂を抉り取られるような絶叫が迸った。

 膝が激しく震え、尻餅をついて崩れ落ちる。

 瞳が虚ろに揺らぎ、純粋な恐怖が心を粉々に砕く。


 死の恐怖や絶望、すべてが一瞬で絵美の心を支配していった。


「うおおぉぉぉ!」


 恐怖に苛まれている絵美へ、ガイエンが迫る……だが、そこへ高速で飛び込む影がある。


 その正体は、目を固く閉ざした航太だった。

 風の力で自分の身体を飛ばし、空気の流れでガイエンの位置を感る。


「そこだっ!」


 見ていない強敵に、飛び込んで行く……心臓が爆発しそうに鼓動し、恐怖と決意が交錯する。

 それでも神剣の力を信じ、航太はエアの剣を渦巻く風と共に振り下ろす!


 ガァキィィィィン!


 金属が激突する耳を劈くような鋭い響きが、森全体を震わせる。

 悲鳴のような余韻が木々を駆け巡り、鳥たちを逃げ散らす。


 航太の心は、ただ一つ……仲間を守る事。


 恐怖に打ち勝った航太は、瞳を開く。


「こいつ……神剣の力を試しているのか? それとも、力の上限を見せない為に小出しにしているのか?」


 エアの剣の一撃をヘルギで止めたガイエンは、新しい事を次々とやってくる航太を不気味に感じ少し距離をとった。


 ヘルギは紅い輝きを失い、絵美はようやく恐怖の鎖から解き放たれる。

 震える手で、涙を拭う。


「何だったの、今の? もー、超イヤんなっちゃう! 心臓、止まるかと思った!」


 頰を赤らめながら、天沼矛を構え直す絵美。

 恐怖の余韻は残るが、闘志が再燃し瞳には炎が灯る。


「絵美、大丈夫か? あの赤い光……見なければ、効果は無さそうだ。目を瞑って戦えば、恐怖に慄く事は無い!」


 航太の声は、必死だった。

 今得た情報を、必死に仲間に伝えようと思ったのだ。


「オケオケ、分かった! なる程ねー。目を固く閉ざして、圧倒的な実力差のある相手と戦うって事かー! 航ちゃん、やっぱり頭悪いね!」


「おおぅ? そういう訳じゃ、ねーんだが……」


 航太は身体を硬直させて、悲しみの汗を流しながら智美に助けを求める。


「あのねぇ……戦いの素人が敵の指揮官クラスと戦ってるのに、目を閉じてどうするのよ! 光を見なければいいのは分かったけど、それだけじゃ私達の圧倒的不利は変わらないよ」


 心が砕けそうになり、航太はエリサに助けを求める視線を必死に送った。


「アハハ……だとしたら、剣を常に動かさなきゃいけない状況を作るしかないですね。剣を使っている時は、あの不気味な赤い光は消えているみたいですから……」


 エリサの冷静な分析に、航太はウンウンと力強く頷く。


「それよ! それを言おうとしてたのに、2人が言葉を遮るから言えなかったぜ! 絶え間ない連続攻撃! これしかねぇ!」


 力強く拳を握り、航太は叫ぶ。


「オッケー、分かった! なる程ねー。力の制御も出来てない神剣で、3人で同時に攻撃を仕掛けると! 意図せず攻撃範囲が広がるかもしれないけど、同士討ちも辞さないって事ね! 流石、頭の悪い人は覚悟が違うわー。私の水の刃で真っ二つになっても、恨みっこナシって事で!」


 航太の身体は更に硬直し、瞳に涙を浮かべて智美を見る。

 心は、完全に砕け散っていた。


「あのねぇ……コントやってるんじゃないのよ。状況を考えて! とりあえず今分かってるのは、赤い光を見ちゃうと身体が恐怖で動かなくなる。その光は、効果範囲があるのと剣を動かしてると発動しない。それを踏まえて、戦いながら対策を考えるしかないわ!」


 対策を考えつかない航太たちは、ジリジリと後退するしかない。


「来ないなら、こちらから行くぞ! 腹の探り合いは、得意じゃないんでな!」


 ヘルギを構え、ガイエンが爆発的な加速で大地を疾走する。

 数多の戦場を駆け抜けた猛者の身体能力は、正に神速。

 あっという間に航太達との距離を詰め、ヘルギの間合いに入れる。

 殺意が大気を緊張させ、空気を切り裂く。


 ガイエンが狙ったのは、水の力を覚醒しつつある智美だった。

 先程の腕の傷の恨みもあるが、同時に回復系の力は先に潰すのが戦いの基本である。


 ガイエンは冷静に、その基本を行動に移す。

 智美の心に、死の恐怖がよぎる。


 高速で振り下ろされるヘルギに、素人同然の智美の剣術では防ぐ術などない。


 しかしヘルギは、智美の身体を斬る事は出来なかった。

 天叢雲剣から意思を持ったかのように水が溢れ出し、剣圧を水圧で激しく押し返していく。


「ちっ! なかなかに、厄介な神剣だ! これ程の神剣が、素人を選ぶとは……にわかには信じられん!」


「あなたは、人なんでしょ? なんでヨトゥンに協力してるの? ヨトゥンは、人間の世界に攻め込んで来た……戦争を起こして、人を不幸にしているんでしょ? 苦しんでいる人々の為に戦う事が、正義なんじゃないの?」


 智美は胸に渦巻く疑問を、叫ぶように吐き出した。

 人同士でも分かり合えないのに、異種族の兵として人を斬るなんて……とても想像が出来ない。

 怒りと悲しみが、涙となって零れた。


「なんだ? 人なら、必ず人と共に戦わなきゃいけないのか? そんな事、誰が決めた? そもそも、人間なら全て正義だとでも言いたいのか? ふざけんじゃねぇ!」


 力の任せのガイエンの蹴りが、智美の腹に炸裂する。


 殺傷を避けた攻撃だったからか、水の力は発動せず……智美の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられた。


 激痛が腹部を通じて全身を貫き、呼吸が詰まる。

 智美はガイエンの目の前で身を丸くして倒れ、苦痛に顔を歪め涙が溢れた。


「智ちゃん! 危ない!」


 智美を庇うように咄嗟に絵美が飛び出し、天沼矛をしならせて振り抜く。

 矛先から鋭い水の刃が爆発的に飛び出し、ガイエンに向かって伸びる。


 その攻撃範囲は、草薙剣の数倍……幾重もの水の層が嵐のように渦巻き、ガイエンに襲いかかった。


「ぐわっ!」


 深紅の鎧が裂け、脇腹から鮮血が噴き出す。

 ガイエンの顔に、怒りの炎が燃え盛る。


「貴様ら……神剣の力だけで、この俺を傷つけやがって! 所詮、神は人間の味方と言う事だ。神なんぞが支配するこの腐った世界を、俺はヨトゥンと共に変えてやるんだ! 神の力と共に、俺の前から消え失せろ!」


 ガイエンの怒りがヘルギに伝わり、刀身が紅く光り不気味に脈動した。

 光ったヘルギを振ると、紅き閃光が周囲に広がっていく。

 智美は再び、紅い光に晒された。


「きゃあああああっ!!」


 恐怖の絶叫を上げ、智美は身体をさらに丸く縮こまらせる。


 心が砕け散るような、純粋な恐怖が智美の心を支配していく。


「智美、光の外に出ろ! くそっ、冗談じゃねぇぞ! 効果を使いながら、剣を使えるじゃねぇか!」


 航太は鎌鼬を放ち、エリサは体力の消耗も考えずファイア・ボールを連発した。

 ガイエンの視線を智美から逸らし、必死に後退を援護する。


 絵美もそのことに気づき、智美を抱えてガイエンから距離を取った。


「航ちゃん、どうする? 大分ヤバイよ! 怒らせたのは、私なんだけど……」


 航太は、一瞬考え込む。

 赤く染まるオゼス村の空を見上げ、そしてガイエンに向かって声を張り上げる。


「お前はなんで、人間と共に戦わないんだ! 人間側は、ヨトゥンに一方的に攻め込まれてんだろ! ヨトゥンに恨みとか、ねぇのかよ! なんで、人間と敵対してんだ!」


 赤く染まっていく空をガイエンも見上げ、大きく息を吐いた後に航太を睨みつけた。

 その瞳に、深い悲しみの影がよぎる。


 何かを思い出したかのような瞳……心が揺らぐ。


「面倒だが……貴様らは、何も知らないようだな。俺の部隊の連中が金品を略奪して戻ってくるのも、もう少し時間がかかりそうだ。もう少し、遊んでやる。そして、人のやる事が正義だと思い込んで死んでいけ!」


 ガイエンは幼き頃に起きた絶望の物語を胸に、航太達に襲いかかった……

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