第27話
ここは男湯だから。
女であることは知っているから。
無理しなくていい。
俺は言葉を尽くしたが、しかしクルシュナは頑なに風呂から出ようとしなかった。
顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにしながらも俺の隣に腰を下ろす。
何やら固い意思をお持ちの様子だ。
「……せめてタオルで隠したらどうだ?」
「し、知らないのかい? 湯船にタオルをつけちゃいけないんだよ?」
「はぁ……」
それはそうなんだが。
だからといって、俺という男の前で全裸で風呂に入るのはどうなのだろうか?
マナーよりも優先しなきゃいけないものがあるんじゃないだろうか。
いや、そもそも女が男湯に入るなという話だが……。
「そ、そんなマジマジ見ないで……えっち」
「あぁ……うん……悪い」
俺は視線を逸らした。
さすがに恋人でもない女の子と一緒に混浴するというシチュエーションは緊張する。
これでは気が休まらない。
しかし立ち上がって風呂から出るのも感じ悪いしなぁ。
どう対応するべきか、悩んでいると……。
「うわっ!?」
「え、えへへ……」
ムニッ。
柔らかい感触が二の腕に当たるのを感じた。
慌ててクルシュナの方を見ると、彼女は悪戯な笑みを浮かべていた。
彼女の大きな胸が俺の二の腕に触れている。
「エルミカもこういうことされると、ビックリするんだね」
「……」
「ちょっと、逃げるなよ!!」
俺は距離を取るために立ち上がろうとする。
が、しかしクルシュナに腕を掴まれ、強く引かれてしまう。
仕方がないので座り直す。
「ね、ねぇ……エルミカ。何か僕に言うことない? 聞きたいこととか」
「……そうだな」
クルシュナが俺に求めていることは、性別に関することだと思う。
しかしそれとは無関係で確認したいことがあった。
「神威憑依のことなんだが」
「うん? それがどうかしたの?」
「あれはリスクがあると聞いたが、大丈夫か? 体の調子とか」
あの後、クルシュナは倒れ込むように寝込んでしまった。
再び起きたのは半日後だ。
原作ではあの技は三回以上使うと死ぬという非常に危険なものだった。
原作ほど悲惨な目にあっていないとはいえ、俺はクルシュナには長生きして欲しい。
「確かにリスクはあるけど。でもあの後、ちゃんと休んだし。大丈夫だよ」
「そうか? 場合によっては死ぬこともあると聞いたが」
「繋がりすぎると、そういうこともあるけど。今回はそこまでじゃないよ」
どうやら神威憑依には「強度」があるらしい。
強度を上げれば上がるほど、能力の上昇率は上がるが、同時に危険性も上がるそうだ。
そしてどれくらいまで耐えられるかは、使い手の才能によるらしい。
要するに原作の眼鏡ちゃんが三回以上使うと死ぬのは才能がないから。
クルシュナの場合は体の負担は大きいものの、死んだり寿命が縮まるようなことはないそうだ。
もっとも、だからといって多用できるものでもないそうだが。
「他に気になることはある?」
「そうだな……女であることは、明かすのか?」
「うん。明日の社交でね」
「そうか」
「みんなに明かす前に、まず君に明かしたかった」
それが混浴の理由らしかった。
それにしてももう少しやり方がある気はするが……クルシュナなりの誠意、もしくは決意表明のようなものなのだろう。
もう何も隠すことはない、みたいな。
それにしても秘部くらいは隠した方が良いと思うが。
「そ、それで……他にはない?」
「他か。いや、特には……」
「ど、どうして女であることを隠していたのか……とか」
「贄巫女にならないようにするためだろう?」
「う、うん……そうだけどさ。そうじゃなくて……君に黙っていた理由、とか」
クルシュナは両手で胸と秘部を隠しながら、もじもじと体を動かす。
そして俺に詰め寄り、上目遣いになる。
お、おい……そういう可愛い顔で迫ってくるな。
「び、びっくりしなかった?」
「いや、別に……」
「ほ、本当に? ……怒ってない?」
「う、うん……」
どうやらクルシュナは女であることを隠していたことについて、俺が怒っていないかどうか不安らしい。
確かに、もし俺がクルシュナを男の友達だと信じていて、それが女だと知らされたらショックを受けたかもしれない。
でもなぁ……。
「実はさ」
「な、なに!?」
「昔から知ってたんだよね」
「……」
ぽかん。
とクルシュナが口を半開きにした。
どうやら本当に気づいていなかったようだ。
「い、いつから……?」
「初めて会った時から」
「……」
クルシュナが一瞬にして無表情になる。
不味い。
「あー、その……」
「き、君は僕が女の子と知っていて、あんな態度取ってたのか!!」
憤った様子でクルシュナは立ち上がった。
再びあらわにある全裸。
しかしクルシュナは怒りでそれに気づいていない様子だ。
「いや、その言い出せなくて……」
「この、馬鹿、アホ、変態、色魔、女たらし!!」
クルシュナは拳で俺の体をポカポカと殴る。
そして腕の動きに連動し、胸が上下に揺れる。
これ、わざとじゃないだろうな?
「悪かった。……ごめん。これは本当に反省している」
「反省しているなら目を見て謝れよ!」
「いや……見ない方がいいかなって」
「……あ」
クルシュナは再び顔を真っ赤させ、お湯の中に沈み込んだ。
そしてプクっと頬を膨らます。
「まあ、僕も黙っていたし。……そんなに責めるつもりはないけど」
そうは言いつつも不満そうだ。
機嫌とらないとな……。
「……僕からもいろいろ聞いていい?」
「もちろん、何でも答えるよ」
俺は笑顔でそう答えた。
するとクルシュナは俺との距離をさらに詰めて来た。
「言ったからな? 答えるまで、逃がさないから」
そう言いながら腕を組んでくる。
腕に胸が強く押し当てられる。
理性というHPがゴリゴリ削られていくのを感じる。
「それで、聞きたいことって?」
「えっと、その……ファルティナ司祭のことだけど」
「うん? ファルティナか。彼女がどうした?」
「……どう思っている?」
「仲間で友人だと思っているが。それが?」
「えっと、そうじゃなくて、その……」
クルシュナは視線を泳がせた。
しばらく迷った様子を見せてから、恐る恐るという調子で口を開く。
「す、好きなの……?」
「好き? ……恋愛的な意味で聞いているなら、そんなことはないが」
あいにく、俺は初恋というものが未経験なので恋という感情が分からない。
都市伝説だと思っている。
もっとも、性欲は人並みにあるので、あの可愛い顔と意外とエロい体で迫られたら我慢できるかわからない。
「そ、そうなんだ! ……ちなみに好きな人とか、いる?」
「なぜそんなことを?」
「こ、恋バナだよ! 恋バナ!! 別にいいだろ! 早く答えてよ!!」
「いや、特にいないが」
「……ふーん」
どこか安心したような。
しかし同時に不満そうな顔をされた。
自分から聞いておいて不機嫌になるなよ。
「ちなみに婚約者とかはいる?」
「いいや。今のところは」
「今のところは!? ……候補はいるの?」
「候補というか、話は来るが……サーヴィア家のご令嬢とか」
「あぁ……そういうことね。た、確かに君なら引く手数多だろうね。……君としてはどうなのかな? その、結婚については」
「サーヴィア家のご令嬢との?」
「いや、相手に限らず……結婚したい相手とか、いるのかなと」
「今のところはないな。そもそも結婚するつもりはない」
「ええ!?」
そんなに驚くことか? ……驚くことか。
貴族の仕事は家と領地を次世代に繋ぐことだ。
結婚ほど大事なものはない。
「今、最優先は魔王討伐だ。そのためのメリット・デメリットを考えると、しがらみが増えるデメリットの方が増すなと」
政略結婚のメリットは理解している。
しかし勇者として活動する上で、俺は中立であることが望ましい。
どこかの国、どこかの家に強く結びつくと、連携が難しくなる。
「な、なるほど! そういうことか。確かにそうだね。……じゃ、じゃあさ。魔王を倒した後なら、結婚できるんだね?」
「え? まあ、確かにそうだが……」
でも、その時、俺が生きているかはかなり怪しいけどな……。
「どういう相手がいいとか、ある?」
なぜそんなことに興味があるのか? と思ったが、聖王国としては俺が誰と結婚するかは重大な案件か。
今日の本当の目的はそれを聞き出すことかな?
「そうだな。……魔王亡き後の世界情勢がどうなっているかは分からないが。しかし一緒に世界の平和と秩序の維持のために、協力できる相手が良いな」
魔王という脅威がなくなれば、良くも悪くも世界のバランスが崩れる。
そうなれば野心ある者は必ず、自分の勢力を拡大しようとするはずだ。
人間同士の争いのせいで、みんな不幸になりました……というオチはさすがに萎える。
「そうか、そうか。じゃあ、最低でも野心がない人が相手じゃないとダメだよね!
「そうだな」
「すでにある程度の権勢を持っている家が望ましいね! 抑止力になるし」
「しかし都市連合の貴族はどこもどんぐりの背比べだしな。サーヴィア家が一番優勢ではあるが……」
「都市連合の外なら?」
「外か? しかし神聖教国は司祭の力が強い国だしな。貴族と結婚しても意味はないだろう」
「それなら、聖王国だね」
「聖王国か……。聖王国の有力家となると……宰相閣下か、近衛将軍か……」
「他にもあるだろ!」
「他にって……?」
「そ、それは……」
クルシュナはモゴモゴと口籠る。
それから意を決した様子で俺の目をジッと見つめた。
「ぼ、僕とか……!」
身を乗り出し、叫ぶようにそう言った。




