64.物語の登場人物 ※話のタイトルです
「ルルリアーノ様」
ミアはカリファル侯爵家の応接間に入って来たルルリアーノの姿に立ち上がる。
部屋に入って来たルルリアーノは微笑んでいたが、その表情には陰りがある。まだことの顛末を知らないから仕方がないことだ。
「わざわざ心配して来た下さったのね? ミア様がお気になさらなくても大丈夫ですわ」
ソファーに座ったルルリアーノが、首を小さく振る。ソファーに座ったミアが慌てて首を横にふる。
「ルルリアーノ様! あれは、違ったんです!」
ミアの勢いに、ルルリアーノが驚いた様子で首を傾げる。
「違う? ……何が、違ったんですの?」
「あれは……バルオス王国の王家が仕掛けた……ヴァージニティー辺境伯の悪事を明らかにするための……大芝居だったんです」
ミアの言葉に、え、とルルリアーノが目を見開いた。
「ヴァージニティー辺境伯の、悪事?」
「ええ。ヴァージニティー辺境伯は……ヒトを眠らせる薬を、悪事に使うために生産していて……他にも、ヒトの害になるようなお茶をずっと作っていたらしくて……」
ルルリアーノがコクリと頷いた。
「それで……ファジー殿下も一芝居を……そうなんですね」
「ですから……ルルリアーノ様が哀しむ必要はないんです」
ミアはルルリアーノを見て、また首を横にふった。
だが、ルルリアーノはうつむいた。
「お気遣いありがとうございます。……大丈夫ですわ、ミア様。いずれ、気持ちが落ち着いたら、またお見合いを組んでいただきますから」
また顔を上げたルルリアーノの陰った笑顔に、ミアは慌てる。
「ルルリアーノ様? 何を言っているんです?」
「何って? 私も、わきまえておりますわ。だから、大丈夫です」
「いえ、ルルリアーノ様! ファジー殿下は!」
「ミア様、何をおっしゃっているんです? わかっていますわ。ファジー殿下は、わざわざ私にお断りの手紙を下さったんですから。無関係なのだから芝居を壊すことがないように釘を刺したつもりだったのに、私が思い余って婚約パーティーに乗り込んでしまったから、ファジー殿下もお困りでしたでしょうね」
「そんなことありません!」
「慰めは必要ないわ。でも、私がファジー殿下の邪魔をすることにならなくて、本当に良かった。バルオス王国のために、ファジー殿下は元気に頑張っておられる。それだけで、私は十分ですわ」
ルルリアーノの笑みには、嘘は見付けられなかった。ミアは慌てて手紙を取り出す。
「ルルリアーノ様、これを」
ルルリアーノが受け取った手紙の封を見て、目を見開く。
「これ……」
ミアがコクリと頷く。
「バルオス王家の封です。ファジー殿下より、預かってまいりました」
視線を揺らしたルルリアーノが、ゆっくりと封を開ける。
手紙をゆっくりと読み進めるルルリアーノが、その視線を止めた。ミアはじっとルルリアーノを見つめる。
勢いよくルルリアーノが顔を上げる。その表情には戸惑いがある。
「ミア様……これは……」
ミアはまた頷く。
「ファジー殿下のお気持ちですわ……生憎、内容に関しては存じ上げないんですけれど……」
きっとお詫びの言葉が綴られているのだろうとミアは思っている。ルルリアーノの表情から、たぶん間違っていないはずだとミアは思う。
ルルリアーノが首を激しく横にふる。
「ファジー殿下が私に謝る必要などありませんのに!」
「……それについては、ファジー殿下にお伝えください」
「でも……」
「ルルリアーノ様。ファジー殿下のお気持ちは、ルルリアーノ様に向いております。今回のことだって……嘘をつかないで欲しかったと怒っていいと思いますよ?」
ミアが告げると、ルルリアーノがと目を伏せた。
「……怒るなんて……」
ミアはクスリと笑う。
「私なら怒ってしまうだろうな、と思っただけですわ。……ルルリアーノ様、もうお見合いは必要ないと思いますわ」
ルルリアーノがゆっくりと顔を上げる。
「本当に……そうなるかしら?」
不安そうなルルリアーノに、ミアはニッコリと笑う。
「そうなることを心から望んでおります」
「努力……してみるわ」
「でも、すぐにファジー殿下を許さなくともいいと思いますわ! 私、ファジー殿下に文句を言ってしまいましたもの!」
ミアの言葉にルルリアーノが目を丸くする。
「文句を?」
「ええ。芝居とは言え、何も知らないルルリアーノ様を傷つける権利はありませんわ!」
勢いのいいミアに、ルルリアーノがクスリと笑う。
「ファジー殿下に文句を言うなんて……ミア様、度胸がありますのね?」
「ファジー殿下も目を丸くしておられましたわ」
おかしそうに笑うルルリアーノの表情から、陰りが消えた。
*
「キャロライ……キャルお姉さま、どうかしましたか?」
シュゼット経由で新たに雇った護衛と共にサムフォード家に戻って来たミアは、着くなりフォレスに応接間に行くように告げられた。
応接間の扉を開くと、レインとキャロライン、そしてジョシアが深刻そうな表情でミアを見た。
「ミア……気になる話があった」
キャロラインの言葉に、ミアが首を傾げる。
「気になる話?」
「ああ。ヒースが今日の昼間、サリーを外で見かけたらしいんだが……」
「ヒースさんが、サリーを? ……ヒースさん、サリーをどうして知ってるのかしら?」
ミアが戸惑ったように瞬きをする。
「私も覚えていなかったんだが、ジョシアさんが運び込まれた時、部屋に案内したのはサリーだったらしい」
レインの説明に、ミアがコクリと頷く。
「それで……そのサリーが、どうかしたんですの?」
「コソコソと隠れるように、父親くらいの年の男と話をしていたらしいんだが……それが、ジョシアを襲った男に似ている気がすると」
ハッとミアが息をのむ。その視線がジョシアに向く。
ジョシアはコクリと頷いた。
「でも……たまたま似ているように見える方かもしれないですし……」
そう言いながら、ミアの声は少し震える。ジョシアが頷く。
「結局、その男のことを深追いするわけにもいかず、見失ってしまったらしいんですが……。あれから1か月以上経っていますから、確実とは言い切れません。ですが……サリーさんがコソコソと会っていた、というのも気になります」
「サリーがカルタット公爵家で前働いていたというのも、気になってな」
キャロラインに付け加えられた内容に、ミアは口元を覆う。
「カルタット公爵家……そうでしたわ……」
「今、サリーはもしかしたら、カルタット公爵家のスパイなのかもしれないという話になったんだよ」
レインの言葉に、ミアが小さく息を吐く。
「カルタット公爵が……我が家にスパイを? ……そんな意味があるのかしら?」
「ないとは言えないだろう? 実際に、サムフォード家の商会の権利を奪った黒幕は、カルタット公爵なのかもしれないからな」
キャロラインの声に、ミアはキャロラインをじっと見つめる。
「使用人たちの中をかき回しているのも……そのせいなのかしら?」
ミアは、ケイトに対して不満を募らせている様子のサリーを思い出す。
「わからん。だが、目を光らせておいた方が良いだろう」
キャロラインの言葉に、レインもジョシアも頷いた。
「サリーが、スパイかもしれない……。サリーがスパイだとしたら、私、見る目がなかったのね」
「スパイは紛れ込めるからスパイなんだ。悟られるようなスパイがあるものか。気にするな。王城には、かなりの数のスパイが紛れ込んでいるぞ」
キャロラインらしい慰めの言葉に、ミアが苦笑する。
「……すぐに追い出しては駄目かしら」
ミアの言葉に首を振ったのは、ジョシアだった。
「その場合には、逆に向こう側の動きの一端を掴めなくなる可能性もありますから……不本意でしょうが、しばらく泳がせておいた方が良いかと」
「それに、ミア。サリーに辞めてもらう理由が……今のところないんだよ。もし、唐突に辞めさせたとしたら、今サリーと親しくしている使用人たちは、どう思うかな?」
レインの言葉に、ミアが頷く。
「わかりましたわ。……もしサリーがスパイだったとしても、私、他の使用人たちに害をなされないように守り切ります!」
力強い言葉に、キャロラインがクククと笑う。
「勇ましいな。私も手伝ってやろう」
「できれば、屋敷の中を壊さない方向でお願いします」
レインがさらっと告げた言葉に、キャロラインはムッとして、ミアとジョシアはクスリと笑った。
*
サムフォード家の応接間の中は、いつもと変わり映えしない風景だった。ソファーに座るキャロラインがカルロをゆったりと撫で、その横にジョシアが立っている。
応接間に入って来たミアは少し急ぎ足で、キャロラインの座るソファーに近づく。
「ミア、どうした?」
キャロラインがミアの手にあるものを見つめる。
ミアは苦笑してテーブルに4冊の本を置く。
「レディー・フィルの新刊なんですけど……」
戸惑った視線が、キャロラインを見つめる。
「本が、どうしたんだ?」
「ファジー殿下の婚約破棄騒動があってから、まだ1か月、ですよね?」
変わった話題にキャロラインが眉を寄せる。
「そうだったと記憶しているが……それで?」
「ルルリアーノ様からは、毎日のようにファジー殿下からお詫びの手紙と、贈り物が届いているという話を聞いていますし……この間、カリファル侯爵にも、婚約の話をファジー殿下からしたと聞いていますが……」
その連絡が来たのは、数日前のことだった。
「そうだったな。それが?」
キャロラインが首を傾げる。
「もしかして……ファジー殿下とルルリアーノ嬢の物語、なんでしょうか?」
ジョシアの言葉に、ミアがコクリと頷く。
「……なぜ、ジョシアがそんなことを知っているんだ?」
キャロラインが不思議そうにジョシアを見ると、ジョシアが苦笑する。
「以前……私とミア様が婚約の話が出た時……私たちをモデルにしたレディー・フィルの小説があると、ミア様から教えられまして……」
「なるほどな。……だが、単純に設定が似ているだけじゃないのか?」
ミアに向き直ったキャロラインがそう告げると、ミアが首を振って何かを挟んでいるページを広げる。
「この場面を読んでくださいますか?」
本を開いたキャロラインが、視線を滑らせると、困惑したようにミアを見た。
「まるで、見て来たみたいじゃありませんか?」
「そう……だな。あの、婚約破棄の場面を見てきたように……そっくりだな」
「それに……この物語の中では、主人公の女性が、侍女の恰好をしてパーティーにこっそり参加しているんです」
え、とジョシアがミアを見る。ミアはコクリと頷く。
「あの場にルルリアーノ様が居たことは……知る人間は少ないはずです。そもそも、あの会場内にルルリアーノ様が居たのは、1時間も満たない時間でしたし……」
「そう……だな」
キャロラインが腕を組む。
「あの場に居た誰かが情報源になっているのか……もしくは……あの場にいた誰かが……書いたのか」
ミアの言葉に、キャロラインはまた本を取ってペラペラとめくったあと、じっと表紙の名前を見る。
「レディー・フィル……か」




