65.レディー・フィルの心当たり
「キャルお姉さま、どなたか心当たりがありますか?」
ミアがキャロラインを見る。
「心当たり……ねぇ」
首を横にふるキャロラインが、テーブルの上の本を見る。
「……ところで、ルルリアーノ嬢とファジー殿下の話で4冊も本があるのか? そんなに壮大な物語なのか?」
キャロラインがミアを見た。ミアが困ったように笑う。
「いえ。ルルリアーノ様たちの物語は2冊ですわ」
「あとの2冊は? どうしてわざわざ持って来たんだ?」
ミアがちらりとキャロラインの顔を見る。その後、言いにくそうに目を逸らした。
「それが……この2冊は……キャルお姉さまとお兄様の恋物語のように思えてしまって……」
「何……だと? 何で、そんなものが!?」
キャロラインが目を見開く。
「……物語としては、面白いとレディー・フィルが思ったからじゃないでしょうか……」
ミアの言葉に、キャロラインがもう2冊の本に手を伸ばすと、乱暴にページをめくる。
「な、何だこれは!? 私がレインに興味があるから怪我をさせたことになってるじゃないか!」
取り乱すキャロラインに、ミアとジョシアが顔を見合わせてクスリと笑う。
ギロリとキャロラインがミアを見る。
「処分しろ」
「いえ。キャルお姉さまに何と言われようと……捨てるなんてことはしませんわ。レディー・フィルの新刊ですもの!」
ミアがきっぱりと告げると、ムッとしたキャロラインが本をテーブルに戻す。
「私の目の届かないところに置いてくれ」
苦笑するミアが、2冊の本を手元に寄せる。
「それで……キャルお姉さま……ご自分をモデルに小説を書く方に、どなたか……思い当たることはありませんか?」
ミアの質問に、キャロラインが目を細める。
「ミアは、誰だか予測はついてるのか?」
ミアが曖昧に頷く。
「確信はありませんが……もしかしたら、と思う方はいらっしゃいます。ただ……」
「ただ?」
キャロラインがミアを促す。
「なぜ、あの方が……とも思うんです。だから、確信が持てなくて」
「……あのパーティー会場にいた人間で、私のことを知っている人間……か。……確かに、一人思い当たるな」
また腕を組んだキャロラインがため息をつく。
「シルフィー様、ですか?」
ミアの問いかけに、キャロラインが頷く。
「もしシルフィー様が、小説を書いているとすれば、あの場に居たことは間違いないし、私の話を大きく誇張して書いているのも理解できなくはない」
「そうですよね……シルフィー様だとすれば、納得できるんです。でも……」
戸惑うミアに、キャロラインが視線を向ける。
「でも、何だ?」
「レディー・フィルの名前で出された小説は沢山あります。それこそ、まだ王子妃教育を受けていらっしゃる頃にも、本は出版されていました。……小説を書く時間を、シルフィー様が持てるのかと思って……」
ミアの説明に、キャロラインが頷く。
「なるほどな。……だが、難しくはないかもしれん」
「なぜですか? 王子妃教育はとても忙しいと聞いていますが」
「あー。シルフィーは頭の回転が速いんだろうな。出された課題はどんどんこなしていくから、私が知る限り、時間の余裕はあったんだよ」
なるほど、とミアが頷く。
「そうなんですね。……ならば……どうして、皇太子妃の座を明け渡すことになったんでしょうか……これだけ沢山のすばらしいお話を考えられるんですから……婚約破棄回避のシナリオも考えられるでしょうに……」
ミアの疑問にキャロラインが肩をすくめる。
「小説が書けることと、現実世界をシナリオ通りに行かせるかどうかは別物だろう? ……ただ、シルフィー様ならば、上手く立ち回りそうなものだから、すんなりと婚約破棄に至ったらしいことは、疑問に思ったのも事実だがな」
「……ミイファ様の後ろ盾であるカルタット公爵が、上手くことを運んだということなのかしら?」
ミアが眉を寄せる。
「その可能性はあるな……カルタット公爵は、どうやら城で上手く立ち回っている様子だしな。ルイ殿下だってカルタット公爵と親し気にしていた」
キャロラインの言葉に、バルオス王国でのことを思い出して、ミアが頷く。
「カルタット公爵は……自分の権力を強くするために……お父様とお母様を亡き者にしたのね……そんなことは許されないし……そんな必要もなかったはずなのに」
唇を噛むミアに、キャロラインとジョシアが頷く。
「必ず、カルタット公爵の悪事を暴いてやろう。……この間のヴァージニティー辺境伯の断罪は、そのための布石になるはずだ」
真っすぐミアを見るキャロラインに、ミアも大きく頷いた。
「……ただ、我が国では、あの出来事に関係する動きは、まだないようですね」
ジョシアの指摘に、キャロラインがため息を付きながら首を横にふる。
「すぐにでも、ダイアン伯爵との関係が明らかにできそうなものなのにな」
「もしかしなくても、証拠が見つからないのかもしれませんね。ヴァージニティー辺境伯が断罪されたとなれば、ダイアン伯爵もあの薬を作ってもらうこともできないわけですし、薬草を運ぶなんて危険なことは今やらないでしょうし……」
ジョシアの説明に、ミアもキャロラインも小さく頷いた。
「確かに、先に疑ってかかってなければ、証拠などすぐにはつかめないかもしれないな。……サリーだって、この1か月の間は、動きはないからな」
キャロラインの言葉に、ミアも頷く。実際サリーの動向は、シュゼットの配下の人間が目を光らせてくれているが、これといって怪しい人間に会ったり、カルタット公爵家の人間と会ったりすることなどなかった。
「薬の実物がダイアン伯爵家にあれば別なんでしょうけど」
ジョシアの言葉に、ミアが首を傾げる。
「でも、ヴァージニティー辺境伯領で作られていた薬は、どうやって我が国に入ってくるのでしょうか? 前に、お兄様が言っていましたわ。他の国との物資のやり取りは、国にお金を払う必要があるんだと。……じゃあ、ダイアン伯爵家の薬草は、どうやってヴァージニティー辺境伯領に運ばれていたのかしら?」
「それは、グルグガン商会が関わっているんだろう?」
キャロラインが腕を組む。
「どうなんでしょうか……実際に、この半年、グルグガン商会とヴァージニティー辺境伯領との取引は不自然に見える様子だったみたいなんですけど……」
「不自然とは?」
ジョシアの問いかけに、ミアがまた口を開く。
「それまでは、グルグガン商会はヴァージニティー辺境伯領の薬茶の取引をしていたようなんですが……両親が亡くなる前くらいから、ぱたりと減ったらしいんです」
「なるほどな。タイミング的にも怪しい動きだな」
キャロラインが何度か頷いている。
「密輸、と言うことでしょうか?」
ジョシアが口元に手を当てながら考え込む。
「でも、どうやって? グルグガン商会がこっそりと動いているのかしら?」
「……ダイアン伯爵家の薬草を運んだ馬車は、帰りは空になるしな」
ぼそりと呟くキャロラインに、ミアとジョシアの視線が向く。
「確かに、そうだわ。薬草は間違いなく運ばれていたはずだし……その帰りに空いた馬車に薬をつんで帰ってくれば、手間は少ないわね……」
ミアの言葉に、ジョシアも頷く。
「やはり、密輸していたと考えるしかないでしょうね」
「陛下は……気付いているのか? ……もしや、陛下までカルタット公爵に懐柔されたりしているわけではないと思いたいが……」
キャロラインが目を伏せる。
「……陛下は、バルオス国王に約束していましたわ。だから……信じるしかありません……」
ミアが首をふる。
「とりあえず、クエッテ殿にはこの話を伝えておいた方が良いのではありませんか?」
ジョシアの提案に、ミアが頷く。
「そうね……クエッテ様には、バルオス王国であったことはお伝えしておいたけれど、今した話はしていなかったから……何かの役に立つかもしれないものね」
キャロラインが同意するように大きく頷いた。そして、視線をテーブルの上に向けて口を開いた。
「ところで、この本は何のために持って来たんだ? この本をシルフィー様が書いていたとして……何か、あるのか?」
キャロラインの疑問に、ミアが目を見開く。
「キャルお姉さま! レディー・フィルは謎に包まれた方ですのよ! その正体が分かるかもしれないって、大変なことですわ!」
勢いの良いミアに、キャロラインが苦笑する。
「いらぬ情報で、勝手に物語を書かれても迷惑なだけだがな。文句を言いたい気持ちはあるな」
「……シルフィー様に直接文句を言っても……しらを切りとおされる可能性もありますけどね」
ミアが肩をすくめる。
「そう言えば、あの時シルフィー様が、『気持ちが決まったら伺う』とおっしゃっていたのは、ミア様どういう意味だったんですか?」
ジョシアの言葉に、ミアがああ、と頷く。
「たぶん、なんですけれど……見合いを組んで欲しいってことなんだと思いますわ」
キャロラインがクククと笑う。
「何だ? ミアはシルフィー様にまであの手紙を送っていたのか?」
ミアが困ったように頷く。
「私のターゲットは、あの時点では5人しかおりませんでしたから。まあ、今も増えてはいないんですけどね」
「ですが、なぜ『たぶん』と?」
ジョシアが首を傾げる。
「……私の知る限りでは、シルフィー様はもう結婚を考えていらっしゃらないのだと思っていたんですの」
「ミアは矛盾したことを言っているな。じゃあ、なぜ、シルフィー様に招待状を送ったんだ?」
ミアは首を振る。
「例えご本人に結婚の意思がなかったとしても……エダモン公爵夫妻はどう考えているかは別ですから」
「なるほどな。だが、シルフィー様まで来るとなれば……ミアの手紙は100発100中ってことになるのか?」
「……えーっと、ルルリアーノ様については、見合いを組んだわけではなかったんですけどね。それに……キャルお姉さまが一番最初に来たのが、一番予想外だったんですけどね」
ミアの言葉にキャロラインが首を傾げる。
「カルロに会いたかったんだから、仕方ないだろう?」
キャロラインがこれでもか、とカルロを撫でまわす。
「……そうですね。そう言うことにしておきますわ」
ミアの視線が手元にある本に向かったのに気づいたキャロラインが、ムッとした表情になる。




