63.祭りの後
「まさか、ヴァージニティー辺境伯が、眠らせる薬の出所とはな」
キャロラインの言葉に、ミアとレインが頷く。
「カルタット公爵は……関係しているのでしょうか」
「どうだろう? 帰り際のカルタット公爵を見たが、別段焦っているようにも見えなかったな」
「そうでしたね」
レインが相槌を打つ。ミアも、城を後にするカルタット公爵の姿には、何の焦りも感じなかった。
「……アルフォット国王も手を貸してくださっているのです。真実は必ず明らかにされるはずです」
ミアが絞り出すように告げると、キャロラインもレインもジョシアも大きく頷いた。
「それはいずれ、明らかになるだろうが……この状況は何なんだろうな」
キャロラインが部屋の中を見回す。
「呼び出されたということは、ファジー殿下、なのでしょうか?」
今ミア達がいる部屋は、ルルリアーノへの伝言を聞いた、あの小部屋だった。
「このメモが、本当にファジー殿下のものならな」
ひらひらとキャロラインがメモの紙を揺らす。
あの騒ぎの後、騒ぎに紛れて、キャロラインはまたメモを渡されていた。帰って行く他の貴族たちを尻目に、キャロラインたちはまた小部屋に移動した。
「……ここまできて、他の人間の罠、とは考えにくいですけどね」
レインが苦笑する。
「大方、ルルリアーノ嬢に対する言い訳か?」
キャロラインはぞんざいに告げると、ソファーに腰を掛けた。
「……それ以外には、あまり考えられませんけど……」
ミアが頷く。
「ルルリアーノ嬢に対する言い訳を、私たちが聞く意味があるのか?」
キャロラインが肩をすくめる。
レインが苦笑しながら、キャロラインの隣に座る。
「きっとファジー殿下は、この騒ぎが収束しなければ、ルルリアーノ嬢との結婚の話も進められない状況なのでしょう。だから、その間の繋ぎを、私たちにして欲しいのでは?」
「……自分が蒔いた種だろう」
キャロラインが大げさにため息をつく。
「きっと、他に手がなかったんでしょうから……」
レインの言葉に、ミアが首を横にふる。
「いいえ。お兄様。ファジー殿下は、もっと他にやりようがあったはずですわ。少なくとも、ルルリアーノ様を不安にさせずとも、説明すればよかったのです」
「作戦が漏れると困るからでは?」
ジョシアの言葉に、ミアは納得できないように肩をすくめる。
「ルルリアーノ様を傷つけるような言葉を告げる必要もなかったのではありませんか?」
ミアの言葉じりは強い。
ひるむジョシアは、それでも口を開いた。
「きっと、居ると思わなかったルルリアーノ様が、何か悪いことに巻き込まれたら困ると思って焦ったのではないですか? 実際、あの人ごみの中で、王族に対して反乱を起こす可能性だってなくはなかったわけですし……」
「あら? じゃあ、ジョシアさんは、ルルリアーノ様があの場であんな風に傷ついても仕方ないとおっしゃるのね?」
「ミア、落ち着け。敵を欺くにはまず味方から、と言うだろう? ……きっとファジー殿下も苦渋の決断だったはずだよ?」
レインがミアをとりなすように告げる。ミアは小さく息を吐いて、首を横にふる。
「例えそうだとしても……ルルリアーノ様はきっと今頃……泣いておられますわ」
レインがキャロラインに顔を向ける。
「キャル、ルルリアーノ嬢に、事情を説明した手紙を……」
「レイン、なぜ私がファジー殿下のしりぬぐいをせねばならんのだ」
淡々と告げるキャロラインに、レインは両手でキャロラインに気持ちを抑えるように手を動かす。
「キャルだって、ルルリアーノ嬢のことが心配でファジー殿下に怒っているんでしょう?」
「怒っているわけではない。呆れているだけだ」
「呆れる?」
レインが首を傾げる。
「ああ。あれだけ、人たらしを発揮する人間が、自分の好いた相手一人を泣かせるなどと、はっきり言って……無様だな」
「キャロライン様!」
ジョシアが慌てて声を挙げる。レインは複雑そうに首を傾げて、ミアは大きく頷いた。大きく頷くのを見たレインが口を開く。
「ミア……気持ちは分かるが、ほどほどに……相手は、バルオス王国の王子だから……」
「あら、お兄様。キャルお姉さまはよくて?」
「それもよくはないが……」
はぁ、とレインがため息をつく。
トントン、とノックの音がして、キャロラインの視線がジョシアに向く。
ジョシアはゆっくり扉に向かうと、ハイ、と返事をした。
「私だ」
その声に、キャロラインが頷き立ち上がる。ジョシアが扉を開くと、ファジーと、先ほどの騎士が一緒に部屋に入って来た。
「すまない。待たせてしまったね」
ファジーの言葉に、ミアもレインも礼を取ったまま困ったようにうつむいた。
「それで、何のご用でしょうか?」
顔を上げたキャロラインが淡々と告げる。苦笑するファジーがミアとレインを見た。
「サムフォード前男爵夫妻の件、我が国の貴族が関わっていたこと、本当に申し訳ない」
頭を下げるファジーに、ミアとレインが慌てる。
「ファジー殿下! 頭を上げてください! ファジー殿下が悪いわけではありませんので!」
顔を上げたファジーが眉を下げる。
「いや……そもそも、ヴァージニティー辺境伯の行いにブレーキを掛けられずにいた王家の問題でもあるのだよ」
「ですが……今回、このような形で……罪を暴いてくださいましたから……。本当に、感謝しております」
レインが頭を下げる。ミアも頷いて、頭を下げた。
「いや、二人とも頭を下げないでくれないか。私たちは……やるべきことをやっただけのことだ。……あのまま行けば、ヴァージニティー辺境伯は、自分たちに反発する貴族を殺そうと画策していたんだよ……だから、当然のことだよ」
「あの……殿下たちは、いつからヴァージニティー辺境伯を断罪しようとされていたんですか?」
ミアが問いかけると、ファジーが頷く。
「そうだね……薬茶のことは王家としても気になっていたんだが……あれを好む貴族が多くてね、正直手を出せずにいたんだ。だが……アルフォット王国から、あの薬の話を聞かされて……それがどうやらヴァージニティー辺境伯からもたらされているらしい、との話があって……本格的にどうにかせねば、となったわけだよ。……この数か月のことだね」
「じゃあ、ヴァージニティー辺境伯家からの婚約の話は、使うのに丁度良かったんですね?」
キャロラインの言葉に、ファジーが苦笑する。
「正直、話を初めて貰ったときには、すぐに断ったんだけどね。ヴァージニティー辺境伯は諦めが悪いみたいで……だけど、再度話を貰って……丁度都合が良かったからね」
「なるほど。それは理解しましたわ。それで、ファジー殿下、話はそれだけでしょうか?」
キャロラインがニコリと笑う。目は笑っているようにも見えるが、いつものキャロラインを知る3人からすれば、どう見ても笑っていない。
「ルルリアーノ嬢は、あの伝言を聞いて、何と?」
真剣な表情でファジーが問いかける。キャロラインは微笑んだまま、首を傾げた。
「なぜ、そんなことを気になさるのです? 思いに応えるつもりはないとおっしゃったのは、殿下ではないですか」
「それは! ……焦っていたんだ。そもそも、ルルリアーノ嬢のことを頼むと、お願いしていたはずだ。なのに、どうしてここに連れて来たんだい?」
「連れてきて困ることがあるとは、思いもしませんでしたので」
キャロラインの表情は微笑んだままだが、空気はピリピリとしている。
ファジーが大きくため息をついた。
「……これが落ち着いたら、ルルリアーノ嬢に求婚するつもりだったんだ」
あら、とキャロラインが声を漏らす。
「過去形ですのね。そうですよね、あんな風にルルリアーノ様をきっぱりと突き放したんですもの」
「いや、今もそう思っているよ」
ファジーの答えに、キャロラインがニッコリと笑う。
「私に言われても困りますわ」
「いや……正直、国内を治めるのに、しばらく時間がかかりそうだから……その間は、ルルリアーノ嬢を待たせることになるから……」
「だから、傷つけてしまっても仕方がないと?」
「いや、そう言うことではなくて……ルルリアーノ嬢の友人として、力づけてもらえないかと……」
ファジーの言葉に、キャロラインは首を傾げる。
「お約束は出来かねます。そもそも、人の心など、どうにかできるようなものではありませんし」
淡々と告げるキャロラインに、ファジーは小さくため息をつくと、今度はミアを見た。
「どうやら、キャロライン嬢の機嫌を損ねてしまったようだ。ミア嬢、お願いだ。ルルリアーノ嬢の気持ちを支えてもらえないだろうか?」
ミアはニッコリと笑った。だが、その表情を見たレインは天井を見上げて、小さくため息をついた。
「ファジー殿下、ルルリアーノ様のお気持ちが、変わらないとお思いですか?」
「ミア!」
レインが小さくミアを叱る。ファジーが目を見開く。
「いや……だが、私たちは……」
「そもそも、今日はファジー殿下の婚約パーティーだったんです。そこに来たルルリアーノ様が、何を思って参加されていたか、お分かりですか?」
ミアの言葉に、ファジーの視線が揺らぐ。
「いや……だが……」
「ファジー殿下に、ルルリアーノ様の言葉は伝えていないのかしら?」
ミアはファジーの後ろに立つ騎士を見る。騎士は慌てて頷く。
「お伝えしました」
「いや、でもあれは……」
戸惑うファジーに、ミアは首を傾げる。
「あれは、ルルリアーノ様の本音ですわ。本当にお辛そうでした」
「だが、私が求婚すれば……」
「傷ついた傷が元通りになると思っておられるのですか?」
ハッとしたファジーがミアをじっと見る。
「どうやら、私は失敗したようだね?」
ミアはホッと息をつく。
「ご理解いただけたようで、良かったですわ」
ミアの言葉に、レインもホッと息をつく。
「ファジー殿下、申し訳ございません。妹が生意気を言ってしまって」
「いや……私も、どこか傲慢になっていたんだろう……。失った信頼を取り戻さないといけないね」
力なく微笑むファジーに、レインが困ったように微笑んだ。
「改めて、キャロライン嬢、ミア嬢、ルルリアーノ嬢の力になってくれないだろうか」
キャロラインがようやく頷く。ミアも迷いなく頷いた。ファジーがホッと息をつく。
「感謝する。何かあったら、私も力を貸そう」
「ファジー殿下、今回の断罪に関係することで困ったことがあった時、お力を貸していただけますか?」
キャロラインがじっとファジーを見る。
「まだ、サムフォード前男爵夫妻の事件は、解明されたわけじゃないからだね?」
「それもありますが……どうやら敵となりそうな相手は、わが国でも力を持っているようでして」
「敵? ……それは?」
「ファジー殿下はご存知ですか? ヴァージニティー辺境伯とカルタット公爵の関係が深いのか」
カルタット公爵の名前に、ファジーが目を見開く。
「カルタット公爵……。いや、ヴァージニティー辺境伯と交流があるとは聞いたことは無かったが……」
キャロラインが頷く。
「私たちも全容を掴んだわけではないのです。ただ、サムフォード前男爵夫妻の事故は……どうやら単純な話でもないようだと、私たちは考えています」
「そうか……何か力になれることがあれば、力を貸そう」
頷くファジーに、キャロラインとレインが頷き合った。ミアがぎゅっと握った手を、そっとジョシアが包んだ。




