57「踏んだり蹴ったりしたけども、アーノルドは元気なのです」
「……で、お嬢様は一体何で、こんなお世辞にも治安の良いとはいえない場所でお食事を?」
踏まれた跡が顔にいっぱいある状態で、アーノルドは今更な事を訪ねてきた。
お前キメ顔して決まったと内心思ってそうだけど、全然決まってないからな。無様には決まってるけどもイケメンにゃ決まってないからな。
「あー、ごめんアーノルドさん。今日はチョット席を外してくれるかな?」
「いえ、大丈夫ですわラスト様。お気遣い、大変感謝いたしますわ」
若干暗い顔をしていたアリデレスだけど、まるで決意を決めたような表情で、口を開いた。
「ワタクシ、ケツァルコルトニー様に――いいえ、ケツァルコルトニーに浮気されていますの」
あえて言い直したのは決別のため。きっと、まだ彼に未練はあるのだろう。でも、それでも割り切らなければならない。決別しなければならない。
それが彼女の、幸せに生きるための道なのだから……。
さて、それを聞いたアーノルドはというと、その言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに合点がいったようにあー、と言い頷く。
「やはり、ですか」
「……それどういう意味ですの?」
アーノルドの表情は、納得。恐らくだけど、何か心当たりがあるんでしょうね。
恐らくだけど、アーノルドはケツァルコルトニーとかなり仲が良かった。私はそう推察するわ。同じ男同士だと悩み相談とかしやすそうだからね。
とはいえ、それをお嬢様であるアリデレスに理解しろ、というのも酷な話。
「あー、えーっと。お嬢様、しっかりとケツァルコルトニー様を『観て』いましたか?」
「ええ、それはもう。ワタクシはずっと彼に夢中でしたわよ」
「ええ、でしょうね。でもお嬢様は『見て』いただけです。彼の視線を、よーく思い出してください」
アーノルド、それ通じないから。口頭じゃ通じないから。
ほらアリデレスもちんぷんかんぷんみたいじゃない、ラスト見てみなさいなに言ってんだこいつ的な視線に気付きなさい。
「よ、よく言っていることが分かりませんが……」
「観察していたんですよね。でしたら、しっかりちゃんと思い出してみてください。彼の視線を、彼がよくする話題を、彼が訪ねてきていた時の状況を」
「え、そ、そんな突然言われても、思い出せませんわ!!」
まあ、そりゃそうだろうね。恋は盲目とがよく言ったものだわ。
理解するにはまず疑うところから入らなければならない。全てを知るには最初から疑って、打算的に動かなければならない。私が前世含めて数十年生きてきた結論がそれだもの。
まあ打算的にならなくてもある程度は理解出来るけどもね。ある程度止まりだけれども。
「うーん……やっぱり、駄目ですわ」
「……駄目ですか」
「ワタクシ、愛が足りてませんでしたの……?」
「大丈夫、十分愛はあったから」
「本当ですの……?」
「本当本当」
泣きそうだったので私が慰めの言葉をかけると、アーノルドは慣れた様子で彼女にハンカチを差し出す。アリデレスはそれを当然のように受け取り、それで涙を拭った。
なんとなしにこいつがモテる理由は分かった気がする。天然のタラシで、しかも自分が女を引き寄せるというのに気付いているという厄介なタイプだ。
「……取りあえず、アリデレスさんはどうしたいの?」
「そうですわね……ケツァルコルトニーの相手にがつんと言ってやりたいですわ。婚約破棄はそれからですわね」
「なるほど。でも相手が分かんないから潜入してたけど、ケツァルコルトニー君は告白もせずいじらしく見ているだけだったから、誰が誰か分かんなかったと」
「まあ、そうですわね」
おっ、ラストが何か掴みそうな気配。
ラストって割と頭良いのよね。私は前世の記憶のお蔭でブーストかかっているけれども、ラストは天然で地頭が良いのよね。男を落とす際もそれで計算し尽くしたテクニックでやっているし。たまーに娼婦が弟子入りしに来るのよね……いや勿論門前払いだけれども。
「となると……お姉様、前に見た時ケツァルコルトニー君は何処を見ていた?」
「確か……ピアノの置いてある方向だったと思うわ」
「ピアノ……聖歌隊が並ぶ場所って決まっているの?」
「いいえ、決まっておりませんわ」
「……! いやいや、まさか」
ラストが何か分かったみたいだけれども、どうも納得していないのか、何度も首を横に振る。
私とアリデレスは首を傾げたが、アーノルドは完全に理解しているのかニヤニヤしている。顔引っ剥がすぞコラ。
「ラスト様、もしかして分かりましたの!? ワタクシの婚約者を寝取った豚野郎が!」
豚野郎て、女だし豚でもないから。貴族ってこんなに言葉遣い悪い……いや悪かったわ。私が粛正した貴族達全員言葉も頭も悪かったわ。
ただラストはちょっと伏し目がちに、ちょっと自信なさげな声で。
「……ごめん、ちょっと考えさせて。もし間違った情報だったら、いらない混乱を引き起こすから」
そうこうしているうちにラストの頼んだメニューが運ばれてきた。と同時にアリデレスがげっぷをし、恥ずかしそうに口を押さえた。
「お腹いっぱい?」
「その、ちょっと……」
「んじゃ、残り貰うわね」
「えっ、そんな駄目ですわ! そんなの、バルカ様に食べさせるわけにはいきませんわ!!」
「これじゃ足りないの」
それでも何か言ってくるアリデレスの言葉を無視して、私は肉の乗った皿をひったくった。
皿には、まだ半分程度――いや、よく半分も食べきったと言ったところか、まあとにかくそれくらい残っていた。




