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第八十二話 使者への返事

扉が開き、通されたのは小柄な中年男性であった。


つばの広い帽子に大きな赤い羽根をしているのは、使者である証。


彼は議場の真ん中、いつも私が立っていた位置に来ると、片膝を付き王に頭をれた。


「さて、ご返事お待ち申し上げておりました。

ベル男爵令嬢アマーリエ殿を我が国王ヨッヘム様の妃に迎えたい、という貴国からすれば破格の申し入れであるゆえ、吉報を頂けると信じておりますが」


使者が偉そうに言う。


他国の王様に対し、不遜ふそんじゃない?


言い方にカチンと来て、私は使者に対する好感度を大幅に下げる。もともとが好感度なんて無しのゼロだから、マイナスになったのだけど。


「ご使者殿、お待たせいたしました。

さて、昨日承うけたまわった件であるが……」


そう言って王様はちらりと私の方を見た。


「昨日は領地に帰っていたため不在にしておった、アマーリエ・ベル・シュタルク辺境伯・・・が戻ったのでな。


本人に確認したところ、我が国の上級貴族である責務をまっとうしたい、と返事があった。故に、この話は受けられぬ。ヨッヘム王にはそうお伝えいただきたい」


話の途中から使者の顔が不審げに歪み、終わった時には驚きに大きく口が開いていた。やっとのことで言葉を絞り出す。


「シュタルク辺境伯……!?

どういうことです、ゲルラッハ伯爵!彼女はまだ男爵令嬢だと、貴殿は言ったではないか!?」

「あー、知らんっ!わしは知らんっ!」


使者の言葉にかぶせるように、ゲルラッハ伯爵は怒鳴った。

って言うか、ゲルラッハ伯爵。このやり取りからすると、彼は使者が立つ前にあらかじめブレンケ王国から打診受けていたんだよね……。


私は隣にジト目を送った。他の貴族も同じ目で見てる。王様まで。


「知りませんっ、なーんにも知りませんっ!」


視線に耐えられなくなったのか、ゲルラッハ伯爵は再度叫んだ。顔は真っ赤だ。


こんな男、いつまでもみていると目が疲れるっ。


私は視線を外して使者を見た。使者は呆然ぼうぜんとしていたが、私に気づいたのか目があった。


「……そなた。いや、貴女あなたがアマーリエ殿か。

本当か?本当に辺境伯なのか!?いつ、いつ叙爵された!?」

勢いよく聞かれた質問に、私は息をのみ、なんとか答えようとする。

「えっ、……えと……」

「本日。

ただし、これはあらかじめ決まっていた事」


コルネリウス公爵がさらりと答える。


余裕の表情を見せる公爵に、怒りに顔を赤くした使者が食って掛かる。


「本日!?聞いていないっ!昨日は何も言っていなかったではないか!

ライムレヴィ王よ!これは我が国からの申し入れを断るための方便に違いあるまい!姑息な手を使いおって…!」

「聞き捨てならんな。我らが貴国を謀ったと申すか?証拠もないのに、そのような事を王の御前にて口上する意味を、貴公は承知しているのか?」


エーレンフリート侯爵の言葉に、使者は顔を赤らめたまま口を強く引き結んだ。


使者はライムレヴィ王を、証拠もないのに嘘つき呼ばわりした。公式な使者が王を侮辱した。これは、我が国から戦端を開くのに十分な理由となりえる……。


「……し、失礼いたしました。

しかしっ、ではなぜ昨日、本日辺境伯となる旨お教えいただけなかったのですか!?」


謝罪しながらも必死に食い下がる使者。


確かに使者からすれば寝耳に水の話。当然よね、本当はさっき決まったんだもん。


なんて言い訳するのか、私はちらりとコルネリウス公爵を見た。彼は、余裕の微笑さえ浮かべている。


「辺境伯を授けると決めたのは数か月も前の話。内示も当然その時に。

この日と決めたのは我ら上級貴族の重臣会議で。国内外への発表は、叙爵後にすることもその時に決めた。

何しろ、ゴットハルト王子暗殺未遂事件があったのでな。派手に喧伝けんでんしては神鳴りの術者にして救国の乙女が、同じように狙われぬとも限らぬゆえ」


今度こそ使者は押し黙った。


公式にはもちろん認められていないけど、王子暗殺の指示を下したのはブレンケ王国の宰相だったっていうのは周知の事実。痛恨の嫌味だわ。


私はエーレンフリート侯爵が言った通り一言も発する必要なく。


ただ、キツネと狸の化かし合いのような政治劇を客席から見ているのであった。


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