遅かったんだ
第二外科外来。脳神経外科。並ぶ外来を走り抜ける。病院内らしからぬ行動の俺たちを怒りの目つきや、むっとした表情で見る患者さんたち。その気持ちは正しいが、今はかまってらんない。
先に渡り廊下が見えてきた。渡り廊下につながるドアを開け、外来病棟を抜けた。空調の効いていない外の湿り気を帯びた生暖かい空気が俺を襲う。細い渡り廊下の周囲は中庭になっていて、広葉樹の木々が植えられている。
そこを走り抜けた先が第一入院病棟。時間外入り口と書かれた看板が目に入った。グレーの塗装が所々剥がれ気味の金属製ドアの取っ手に手をかけて、ドアを開けた。空調の効いた空気があふれ出してくる。
優奈の手を取って、第一入院病棟の中に入って行く。その時、一瞬、後ろの様子をうかがった。追いかけてくる者の姿はない。長堀の姿もない。
入ったところに、時間外受付窓口があったが、今は誰もいない。俺と優奈はそこから第一入院病棟の廊下を進んで行った。その先では廊下が十字路になっていて、そこにナースステーションがあった。俺たちが進んでいる廊下と交差する廊下が入院患者たちの病室につながっている。そこには目もくれず、さらにその先にあるこの病棟の出口のドアを目指した。
ドアを開けた向こうはやはり渡り廊下。その周囲は職員用駐車場らしい。その向こうに赤色灯をつけた車がいる事に気が付いた。救急車?警察車両?
気にはなったが、そんなものを確かめている余裕はない。
目の前の第2入院病棟の時間外入り口のドアに手をかけた。
第一入院病棟と同じつくりだ。入ったところに時間外受付があったが、今は誰もいない。その先にナースステーション。交差する廊下に出たところで、立ち止まって、あたりを見渡した。すぐ右後ろに階段とエレベータがあった。
階段だ!俺は優奈の手を引っ張って、階段を駆け上がる。
「はあ、はあ、はあ」
ずっと駆けてきて、階段を上ると息が切れた。優奈に目をやると、優奈ももうすでにくたくたな表情だ。
目の前にナースステーション。左側に西、右側に東。優奈の手をとり、右側に目を向けて行く。探し物は301号室である。
ナースステーションのすぐ横に301号の看板。俺と優奈はそこに走り寄り、ドアを思いっきり開けた。
「お兄ちゃん!」
優奈が叫んだ。開けたドアの先にはベッドが二つ。そのベッドを取り囲むように何かの装置が配置されている。
ベッドに寝かされている患者の他に人の姿は無く、優奈のお兄ちゃんの姿は無かった。
「はあ、はあ。焦って損したぁ。
お兄ちゃん来ていないじゃん」
「ああ。そうらしいな」
俺たちは301号室を出て、ドアを閉めた。俺はその隣のナースステーションに向かった。看護士さんたちの何人かは窓から、下をのぞいている。そして、別の何人かは緊張した表情で、こそこそと何かを話している。
俺は頭の中に嫌なイメージが浮かんだ。
「すみません!」
俺が大声で叫んだ。
その声に看護士さんたちがびっくりした表情で、俺を見た。一番近くの位置にいた看護士さんが慌てて、俺のところにやってきた。
「すみませんでした。
何でしょうか?」
「あ、あ、あの。
岡本晃一って人と言うか、警察の人が来ませんでしたか?」
俺の話を聞いた看護士さんは凍りついたような顔をして、たずねてきた
「その方とどう言うご関係ですか?」
奥の方にいた看護士さんが俺たちに近づきながら、たずねてきた。
「俺はその人の隣の家に住む高橋翔で、今俺の横にいるのが、岡本晃一の妹の優奈ちゃんです」
そう言って、俺は優奈を指差した。看護士さんの視線が優奈に向かい、優奈がそれに応えるようにぺこりと頭を下げた。
俺の言葉に目を見開き、両手で口のあたりを覆う看護士さん。
片手で口を押え、涙顔になる看護士さん。
両手で顔を押え、しゃがみ込む看護士さん。
その異様な光景に、俺は優奈のお兄ちゃんの身に何かがすでに起きてしまった事を悟った。遅かったんだ。




