塩見中央病院 到着
俺は優奈の手を取って、若原さんの車のところまで連れて行った。
「話はどうなったの?」、小首をかしげ、そんな表情で車の窓から若原さんが俺を見た。
「悪いんだけど、送ってもらっていいかな?」
「もちろんよ。さあ、どうぞ」
若原さんがそう言って、後部座席のドアを開けた。
「ありがとう」
そう言って、乗り込もうとした俺の服の背中のあたりを引っ張って、優奈が引き留めた。
おいおい。
どう言うつもりだ。
気が変わったのか?
俺が怪訝な表情で優奈を見た。優奈は俺を引っ張り、車のドア付近から引き離すと、俺の前に割り込んで、先に後部座席に乗り込んで行った。
俺がその後に続いて後部座席について、ドアを閉じると、車が静かに発進した。
「で、どこに行くの?」
「悪いんだけど、塩見中央病院にお願いできる?」
「いいよ。もちろん」
若原さんはそう言うと、運転席の男に行き先を伝えた。
「塩見中央病院ね」
「承知しました」
そう答えた運転席の男は30代くらいのスーツ姿で、がたいのでかい短めの髪を六四あたりで分けた金髪の白人だった。助手席にも同じような白人が座っていた。こちらは眼鏡にひげを生やした50代くらいだ。
俺が一体この人たちは何者なのかと思っているのを若原さんは感じ取った。
「ああ。紹介しておくわね。
運転席にいるのはうちの家の運転手のジムさん」
「どうも」
紹介されたジムさんが、そう言ってルームミラー越しに軽く会釈した。
「助手席にいるのはうちのお父さんの秘書のリチャードさん」
紹介されたリチャードさんが振り返って、お辞儀したので、俺もお辞儀した。
「どうも」
お嬢様だとは思っていたが、運転手に秘書。俺は改めて、車の内装に目を向けた。俺の父親の車の内装は何かの生地とプラスチックだし、座席も革なんかじゃない。この車は鍵山の車に負けず劣らず豪勢だ。木目調ではなく、明らかな木。座席だけでなく、内装もいたるところに革が使われている。
「どうしたの?」
若原さんが前かがみで、間にいる優奈を避けるように、身を乗り出し言った。恥ずかしいじゃねぇか。何かもの珍しそうにあたりを見渡していたみたいで。
「あ、いや」
とは言え、弁解する言葉なんかなく、そう言うのが精いっぱいだ。優奈も前かがみになって、若原さんの視界を遮る。優奈の横顔はふくれっ面だ。
「そんな事より、急いでくれないかな」
優奈のその言葉は本心なんだろう。激しく貧乏ゆすりしていて、心に余裕はなさそうだ。
「優奈ちゃん。だめもとで、お兄ちゃんにもう一回、電話してみてくれないかな」
俺の方に振り向いた優奈の顔は口が尖っていた。苛立ちも混じっている。優奈から目をそらしながら、俺も自分のスマホを取り出した。
やはりタッチパネルが反応しない。横に目をやると、優奈のタッチパネルも反応していない。
「どうしたの?」
若原さんがそんな俺たちにたずねた。
「優奈ちゃんのお兄さんに電話をかけたいんだけど、俺のも優奈ちゃんのもスマホが動かないんだ」
「そうなんだぁ。一緒にそんな事になったりするんだぁ」
若原さんがそう言いながら、「へぇー」と言う感じで、何度か頷いている。
ふと流れる景色に目を向けると、優奈のお兄ちゃんがさっき西に向かって走っていた国道に出ていた。ここを真っ直ぐ、20分ほど走ってから、進路を北にとると、5分もせずに塩見中央病院である。
「もう少し急げませんか?」
今度は俺が言った。
「承知しました」
ジムさんがそう言うと、加速を始めた。ほんの一瞬の加速で、スピードは恐ろしく上がった。一番右の追い越し車線を爆走する。
「正門付近に、集結したようです」
リチャードさんがぽつりと言った。
何の事だ?突然の独り言?
視線をリチャードさんに向けると、耳にヘッドセットをつけているのに気付いた。何かの情報なんだろう。秘書さんだし。
「病院に行って、何するの?」
若原さんがにこやかな表情で、俺にたずねてきた。
「えっ、ああ。こいつのお兄さんが行っているはずなので、ちょっとね」
そこまで言って、思い出した。この子は何で、俺にあんな電話をかけてきたんだ。そもそも、俺がここにいるのも、あの電話がきっかけじゃねぇか。
「そう言えば、若原さん、さっきの電話って、何だったの?」
「あ、ああ、あれね。
大きな声では言えないんだけど、私、ある事件でCIAに疑われてるんだよね」
「はい?」
あまりの突然な話。それも、とんでもない話じゃねぇか。若原さんは犯罪者なのか?
「あ。もちろん、私は無実だよ。でもね、疑われていて、もしかしたら、学校とか、私が一人の時に拉致られそうなるかも知れない訳。翔君って、岡本さんを何度か助けているでしょ。だから、そんな時には私の事も守って欲しいなって」
「は、はは」
他に何が言えると言うんだ。相手はCIAだぞ。CIAが正義だとは言わないが、悪とも言い切れない。俺が味方する若原さんは正義なのか?悪なのか?
いくらなんでも、判断のしようがないじゃないか。
「翔くんはそんな危ない事にはかかわらないよ」
優奈がきつい口調で、若原さんに言った。
「ねっ、そうでしょ」
続いて、俺に振り向いて優奈が言う。
「ま、まあ、困った時はお互い様かな。ははは」
俺は意味不明の返事をして、へらへらとごまかしした。
「推測通りの事が起きたようです」
リチャードさんがまた独り言のようにつぶやいた。何の事だか分からなかったが、若原さんの顔つきが変わった事を俺は見逃さなかった。
若原さんのお父さんの仕事か何かで、問題が起きているのかも知れない。だとしたら、俺たちのために病院に向かってもらっていていいのだろうか?
「そう言えば、若原さん。どこかに行くところだったんじゃないの?
よかったのかな?俺たち、連れて行ってもらって」
「困った時はお互い様かな?」
若原さんが首を傾げながら、にこりとして言った。揺れる長い髪。やっぱ、かわいいじゃねぇか。
「もうすぐですよ」
ジムさんが言った。その言葉で、俺は視線を正面に向けた。ワイパー越しに見える外の風景は片側一車線の道路に入っていた。周りはビルや商店が並んでいる。街路樹が植えられた歩道には雨のせいか、人の姿はない。
左にウインカーを出すと車が減速し始めた。歩道の切れ目から、病院の構内に入って行く。道の左右にはフェンスが張られていて、左側のフェンスの向こうは駐車場になっていて、多くの車が停車している。右側のフェンスの向こうには、ただの空き地が広がっていた。
この道を真っ直ぐ行ったところが、病院の正面入り口である。そこに目を向けると、大勢の人たちが立っていた。
「すごい数」
若原さんが言った。ざっと見たところ100人くらいか?
みんな雨を避けて、そこに立っているのだろうか?それとも、込んでいるのだろうか?
「ここで止まります」
ジムさんはそう言って、駐車場にも入らず、病院の正面入り口にも行かず、道の途中で停車した。




