襲撃された教室
優奈からのメールもめっきり減った授業中。いや、正確には無くなっただが。教室の中はチョークが黒板に打ち付けられ、こすりつけられる音だけがしていた。俺の思考の中はそんな音を聞きながら、ほとんど停止状態。ぼんやりと、興味の無い授業時間が終わる事だけを待っていた。
「何あれ?」
窓側に座っている生徒から声が上がった。窓側の生徒たちが一斉に窓の外に目を向けた。
「あれって、血じゃないよね」
「不審者じゃね?」
俺のところからは見えないが、どうやら誰かが校門を抜けて、校庭を歩いてきているらしい。それも、血がどこかについているのだろうか?
しかしだ。校門の所には、優奈のお兄ちゃんの組織の仲間の人が、優奈を警護するためにいるはずだ。としたら、不審者なんかじゃないはずだ。
俺は視線を正面に戻したが、窓側の生徒たちの様子に先生も窓側に向かって行く、校庭の様子をのぞいた。
「勝手に入って来てはだめだ。
出て行きなさい」
開け放された窓から、誰かの声が聞こえてきた。きっと、先生の誰かがその校庭の人物を追い出そうとしているのだろう。
「きゃー」
「今の何?」
「おい、あれって、あの力の持ち主なんじゃね?」
教室内にそんな声が巻き上がった。
「男を止めに入った先生が、突然校舎の壁の所まで飛ばされた!」
一人の生徒がそう叫んだ。その話の真偽を自分で確かめようと、窓に駆け寄る生徒。自分の机の上で、真っ青な顔色で震える生徒。立ち上がって、ただうろうろと歩き回る生徒。教室の片隅に身を隠そうとする生徒。隠れる場所を求め、何人かの生徒たちは教室を飛び出した。
「待て。静に。落ち着くんだ」
そう言う先生の声も震えている。俺は立ち上がって、優奈の所に駆け寄った。
「翔くん」
何度もあの力の持ち主に襲われ、いつもその目的が自分を殺す事だっただけに、優奈は真っ青な顔で自分の席で大きく震えていた。
「大丈夫。俺がいるじゃないか」
俺はそう言って、優奈の横で肩を抱きしめた。
「緊急放送。
ただ今、校内に不審者が侵入しております。生徒の皆さんは教室に身を潜めていてください。
間もなく、警察が到着します」
「あの力を持っていたら、警察じゃだめだろ!」
「飯田様を呼ばないと」
警察に匹敵するような組織の者が校門近くにはいたはずだ。それが突破されたとなると、きっと殺されているに違いない。皆が言うように警察では無力だ。そう感じるのは当然であり、生徒たちの動揺は収まるはずもない。
奴はきっと、この教室にやって来るに違いない。優奈の家を知っていたくらいだ。
「待っていて。大丈夫だから」
俺は優奈にそう言い残して、教室の後ろの片隅に置かれている掃除道具のロッカーを目指した。グレーの古びたロッカー。俺は取っ手に手をかけて、ドアを開いて、中からモップを取り出した。ほうきよりも固くしっかりとした木でできた柄。俺の家のプイップルワイパーよりも攻撃に向いている。
俺はそれを握りしめると、優奈の下に戻って行った。俺のそんな行為に気付いている生徒なんて、ほとんどいやしない。すでに生徒たちの心はパニックで、周りの状況を判断できる状況なんかじゃない。
俺はじっと教室のドアに目を向けて、奴がやって来るのを待っていた。
騒然とした校舎の中、廊下の人の気配なんて、教室の中では感じる事はできない。
「大丈夫」
優奈の横でつぶやく、その言葉は俺自身にも向けられていた。優奈のいる場所ではあの力は使えない。それを信じたい。となれば、肉弾戦である。俺だって、男だ。しかも、野球部所属の男子高校生。その辺の大人の男になら勝てるはずだ。しかも、俺にはモップと言う武器もある。
教室のドアが開いた。そこに現れたのは中年の細身の男だった。グレーっぽいポロシャツには浴びた返り血の跡がいくつもの赤黒い血の筋となって、残っている。
その姿に居室内の生徒たちはパニックになり、われ先にとドアから最も離れた窓側に寄り集まった。俺はモップを手に、優奈の机の場所から動かないでいた。俺はその時、若原さんが自分の机に座っているのに気付いた。
俺は慌てて若原さんの前に駆け寄った。教室の中をきょろきょろとしていた男は俺の姿を見て、叫んだ。
「死ね!」




