ぷんぷんな優奈
「起立。礼。着席」
朝の光に満たされた教室に、生徒たちが椅子を引く音が響いた。教壇の上では、一時間目の授業の数学の先生が出席簿を持って、教室の中を見渡している。
「岡本優奈。体の具合が悪いって聞いていたが、もういいのか?」
「はい」
みなの視線が集まる中、優奈が明るく答えた。これで、主不在の机が一つ埋まって、元に戻った。残りの3つの内、2つの机の上には今もまだ花瓶が置かれ、花が添えられている。俺の視線が正面に向かおうとした時、若原さんの声がした。
「先生、すみません」
今度はみんなの視線が若原さんに向かう。先生も、「なんだ?」と言う表情で、視線を若原さんに向けた。
「私、うっかりして、曜日を間違えて、明日の授業の用意をしてきてしいました」
「教科書は隣の者に見せてもらえ」
待て!若原さんが選ぶのは俺に決まっている。しかしだ。今は優奈が戻ってきている。俺は振り返って、優奈の席を見た。優奈は下を向いている。きっと、スマホを触っているんだろう。今は気づいていないとしても、いくら優奈だって、ずっとスマホを触っている訳は無い。すぐに気づくだろう。俺の机に若原さんが自分の机を寄せているのを。
そこまで思ってから、俺は冷静さを取り戻した。距離を空けておけばいいんだ。俺がそう思いいたり、一人頷いた時には、若原さんが俺の横に机を寄せてきていた。
「教科書、見せてね。翔君」
若原さんは俺の事を下の名前で呼ぶようになっていた。優奈に知られたら、何か言われるんじゃないだろうか。それも、ちょっと心配である。
「お、おう」
そう言って、俺は教科書を横に押しやり、どちらかと言うと若原さんの机の上に追いやった。これなら、俺が近づかないかぎり、若原さんとの距離は保てる。
「どうしたの?これじゃあ、翔君、教科書読めないよ?」
「お、おう」
俺の机に戻されてきた教科書を突き返す理由を見つけられず、俺は若原さんが教科書を俺の机の上にずらしてくるのを止められなかった。
当然だが、俺の机の上の教科書を見ようとすると、若原さんは俺の方に上半身を傾けてくる。
危ないじゃないか。そう思った時、俺のポケットの中で、スマホが震えた。優奈だ。俺は振り返ろうかと思ったが、優奈の怒った顔を見たくなくて、スマホを選んだ。
ポケットから取り出したスマホには優奈からのメールが着信していた。
「翔くん。何その子と引っ付いているのよ!
みんなが言っていたのは本当だったんだ!」
「いや、だから、教科書見せているだけだから」
俺は慌ててそう返信しようとメールを打ちはじめた。
「どうしたの?」
若原さんが俺の前まで身を乗り出して、俺の手元を覗き込む。
「おいこら。授業中にいちゃつくんじゃない!」
先生の一声でみなの視線が俺たちに集中した。俺の手の中のスマホがまた震えた。
「返事もくれないで、やっぱいちゃついてたんだぁ」
それは誤解だ。俺は今、返事をしようとしていたんだ。だいたい、お前のメールを打つ速さが異常なんだよ!
そう思ってはいても、怒っている優奈には言い訳にもなりやしない。
授業が終わった時に謝りに行こう。そう思い待っていた授業の終わりが訪れた。教壇から降りる先生の姿を確認し、席を立とうとしたところ、俺は右手を引っ張られた。目を向けると、若原さんが俺の手を掴んでいる。
「ねぇ。さっきの授業で分かんないところがあったんだけど」
いや、俺、今ちょっとまずいし、それに聞く相手、間違えてねぇ?
そう一瞬思い、固まっている俺に、若原さんが「ねっ!」と言って、首をかしげながらにこりとした。若原さんの髪の揺れが俺の心をくすぐる。
「お、おう」
誰が断れると言うんだ。男なら断れんだろう。俺はそのまま若原さんが分からないと言う部分を、二人でああでもない、こうでもないと考えつづけ、休憩時間を終わらせてしまった。
おかげで優奈は俺が視線を向けると、ぷいと横を向いて、俺を無視するようになってしまい、ついに優奈のご機嫌をとれないままその日の授業が終わってしまった。




