重すぎる役
俺は練習をさぼって、車の中。運転席でハンドルを握っているのは豊島。その横で、鍵山は電話を耳に当てている。
「北荒田通りね」
俺は柔らかめの黒の革張りの後部座席にどっかりと腰掛けて、流れる景色を見ている。そんな俺の横で、飯田はじっと座っている。俺のどかっに比べ、こじんまりと言う感じの座り方。飯田の力は恐ろしいが、人間的には恐怖感はない。これでは、どちらが偉いのか分かりやしない。
鍵山の言葉に、豊島が頷いて加速を始めた。背中をぐっと後部座席に押し付けられる感覚があったが、エンジン音はほとんどしない。大排気量の高級車。重厚なボディにさえ打ち勝つトルク。俺はその性能に感心しながら、景色だけを見ていた。
ぽつぽつと灯りはじめた街灯と人々の暮らしの明かりが、流れて行く。その光景に俺の鼓動も早くなって行く。
もうじき、俺の目の前で人が死ぬ。いや、殺される。綾菜を殺めた飯田の手で。優奈のお兄ちゃんの言葉を借りると、綾菜を殺めたのは飯田ではなく、姿を見せぬその力の源だった。
俺の一言が今から殺される男の運命を握っている。はっきり言って重すぎる役を俺は優奈のお兄ちゃんに負わされてしまっている。もっとも、俺がどうであろうと、その男は殺される運命であり、俺としても、優奈を襲おうとした男を生かしておくことはできないのは確かだ。
虚勢を張ってどかっと座り、ひざの上で握りしめた両拳が次第に震えてきている。
窓の向こうの景色が国道からそれて、繁華街に続く道に入った。道幅は片側一車線になり、車道横の歩道には広葉樹の街路樹が植えられている。
この車が目指す北荒田通り。繁華街の外れに位置する住宅街と繁華街が入り混じったような場所。
「もうすぐのはずよ。
左側の歩道を歩いているらしい。服装は黒の下地に柄物のTシャツ。下はジーパン」
助手席の鍵山が携帯を耳に当てたまま、そう言って、俺に視線を送った。
俺は生唾をごくりと飲み込むと、左側の歩道の光景に全神経を集中させた。
若い女性たち。サラリーマン風の男たち。制服を着た高校生たち。
そんな光景の先に、問題の男の姿があった。
「あれじゃないの?」
俺より先に鍵山が言った。
細面に通った鼻筋。黒っぽいフレームに横長レンズの眼鏡。ちょっと立ち気味の短い髪。その色は茶色。
俺が警察から見せられた優奈の家の前で警官を殺した男の写真と瓜二つだ。俺はその男が警官を殺害する現場をたまたま目撃し、犯人を知っている唯一の人間と言う設定で、警察を通してここに送り込まれている。もちろん、本当は防犯カメラを使って、警察が調べ上げた結果でしかないのだが。
「ま、ま、間違いありません」
俺は戸惑いながら言った。俺の今の言葉で、あの男は死を迎える。
飯田が俺の前に体を寄せながら、その男を確認した。
「ぎゅうーっと」
飯田が右手をそう言って握りしめはじめた。さっきまで、平然と歩道の上を歩いていた男が突然、左胸のあたりを押えうずくまり始めた。
俺は恐怖から、男に向けていた視線をそむけ、目をつぶった。
「終わったよ」
目をつぶって少し震えている俺に飯田が言った。
俺は恐る恐る目を開けはしたが、歩道側に目を向ける事はできない。かと言って、殺人鬼飯田を見る根性もない。運転席と助手席の隙間に視線を向け、焦点も合わずぼんやりとしたままの光景を頭の中に映し出していた。
そんな時、俺の頭の中に優奈のお兄ちゃんたちから与えられたミッションの一つを思い出した。今はチャンスかも知れない。俺は優奈を守り、この力の謎を解くためにも、やるっきゃない。
「あ、あの。今、首を切らなかったですよね?」
「そうだよ」
飯田がにこにこした表情で、俺に言った。
「どんな力を持っているんですか?」
「知りたいの?」
ちょっと、俺の心臓が止まりそうだった。単に聞いてきただけなのか、知りたいのなら殺すぞと言う脅しなのか?
「いいよ。
高橋君が望むのなら、教えてあげるよ」
「あ、あ、ありがとうございます」
俺は綾菜を殺した犯人だと言うのに、どもりながら頭を下げてしまった。俺って、やっぱチキン?
「何を言っているの!」
鍵山が怒鳴り気味に言って、飯田を睨んでいる。飯田が肩を少しすくめた後、俺に微笑んだ。




