深みにはまっていく俺
俺は慌てて長堀に目を向けた。長堀も知らなかったのか、目を大きく見開いている。
俺はごくりと生唾を飲み、飯田の次の行動を待った。もう待つしかねぇし。それに、うれしいとも言った。それって、逆の意味と言う可能性だってある訳だが。
「大丈夫だよ。
僕の教団の中にいるかぎり、君の事は僕が守るから」
俺は言葉が出なかった。
大丈夫とは何が、大丈夫なんだ?潜入目的も黙っておくと言うことなのか?
俺を守るって、どういう意味なんだ?
何でそう言う話になってんだ?
俺が固まっていると、飯田は俺の肩に手を回して、ソファに向かって歩き始めた。
「もう少しゆっくりしていけばいいよ」
「は、は、はい」
俺はどもりながら、飯田に連れられるままソファに向かった。極度の緊張が俺を包んでいる。飯田の笑顔がフェイクで、油断したところを一気に殺すと言う手かも知れない。俺がぎこちなく、歩いて行く。
さっき、俺にスパイ疑惑をかけた豊島が、俺を驚きの顔つきで見ている。いや、それはこの部屋のみながそうである。
「その子とはどう言う関係なのよ。
はっきり言いなさい」
鍵山がずかずかと追いかけてきて、飯田に言った。口調もきつい。その言葉に飯田の顔にむっとした表情が浮かんだ。
「この子は愛おしいんだ」
そう言った飯田の口調は今までとは違い、少し迫力があった。目つきもにらみ気味である。飯田の迫力に、鍵山がちょっとびくっとした表情になった。
俺は鍵山とは別の意味で、びくっとして、お尻に手を当てそうになった。
俺は飯田に連れられるまま、ソファに連れて行かれ、並んで座らされた。
目の前のテーブルには、デザートが並べられ、飯田が何かと雑談を話しかけてきたが、俺は飯田が何を言っているのかなんて覚えても、理解してもいない。緊張に包まれたまま、生返事をしながら、その横で座っていた。
「高橋君、そろそろ帰らないといけないんじゃないかしら」
長堀が俺を助けてくれた。
俺はいかにも時間が来たんだと言う事を強調したくて、時計を見るふりをしてから、言った。
「そうですね。
もう帰らないといけません」
「そうなのか?
それなら仕方ないね。またいつでも、来てくれたらいいよ。
大歓迎するからね」
「あっ。ありがとうございます」
俺は立ち上がると、飯田にお辞儀をしてしまった。なんて、チキンな俺。綾菜を殺した犯人だと言うのに、憎しみからの行動より、恐怖の方が上回っているじゃねぇか。ちゅうか、さっき、俺の心の中を読んだと言う事は、俺がここに潜入しようとしている事どころか、憎んでいる事まで読まれてたんじゃぇのか?
目の前で、俺に笑みを浮かべている飯田が怖いじゃねぇか。
「送るわ」
「はい?」
心の中に湧き上がって来ていた恐怖が、俺の声を上ずらせた。
「行きましょ」
長堀がそう言って、俺を手招きしている。
「では、失礼します」
チキンな俺は再びお辞儀をして、その部屋を後にした。
すでに紫色の闇が迫る空の下、俺は長堀の車の助手席で自分の家を目指していた。俺たちが走っている道路は仕事を終えて家路を目指す車で混雑している。
長堀と二人だけと言う空間は、さっきまで俺を襲っていたプレッシャーから俺を解放し、たかぶった感情を言葉に変えていた。
「あんたも知らなかったじゃねぇよ。
俺、殺される危険だってあったじゃねぇか」
相手が優奈のお兄ちゃんの仲間だろうと、年上の大人だろうと、関係ない。俺の感情は丁寧語なんて、使える気分なんかじゃねぇ。
「彼の力はね。私たちだって、詳しい事は分かってないのよ。
でも、心を読めるって分かった事は収穫だったわ。こちらの作戦が読まれてしまうじゃない。
ねぇ。高橋君、彼がほかにどんな力があるのか、聞き出してくれない?」
「おいおい。待てよ。
俺がスパイするために来たことや、あいつを憎んでいる事だって、読まれているかも知れねぇんだぞ」
「でも、彼は君に敵意を示さなかったわよ。
そこまで読んでいないのか、読んでいても気にしていないのかは分かんないけどね。
て言うかさ。全て読まれていたら、私がスパイだってばれたって事じゃない。
でしょ?
でも、私は任務だから、これからもあそこに行くわよ」
「そりゃあ、あんたは仕事だからだろうが」
「そうね。
でも、私は女。あなたは男。
女の私が恐れずに行くって言ってるのに、あなたは怖いので行かないって言うのね」
マジ、腹の立つ挑発じゃねぇか。しかし、俺もなんだ。女にそこまで言われて、怖いですなんて言うほどのチキンじゃねぇ。
「分かったよ。続けてやるよ。
しかし、警察が一般市民を脅迫するとはな」
「あら、誤解しているわね。
岡本さんが刑事さんをやってるから、そう思ったのね。
でも、残念。私は警察なんかじゃないわよ。
私たちの目的はあの力を支配する事」
どう言う事なんだ?俺が驚きの表情で長堀を見つめていると、ちらりと横の俺に視線を向けてから言った。
「理由は聞いても教えてくれないんだけど、岡本さんはずっと前から、超能力とそれを使った犯罪者の存在を確信していたのよ。
それを探るために、警察に身を潜めているのよ」
「あんたたちの組織って、何なんだよ?」
「それはひ・み・つ。
決まってるじゃない」
組織ってなんなんだ?
優奈のお兄ちゃんはどうして、そんな事をずっと前から分かっていたんだ?
どうして、どうして?
「どうして」が俺の頭の中で駆け巡る。それも、答えの出ない。
「ついでにお願いがあるんだけど」
組織の事を秘密にしておきながら、まだお願いかよ。虫が良すぎねぇか?
俺がむすっとした顔で、長堀を見た。長堀は、俺の事など振り向きもせず、正面を向いて運転している。
「豊島。邪魔なのよねぇ。
あいつと私は今、あの組織の中で、鍵山に次ぐ地位を争ってるのよね。
私が負けると、あの組織の情報も入らないし、コントロールだってできなくなって、困っちゃうのよね」
「いえ。俺、困りませんから」
俺は冷たく言った。これではギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブじゃねぇか。
「豊島を追い出すのに、成功したら、私たちの組織を教えてあげるから」
俺はそんな事で、引き受けられるかよ。そんな目つきで、長堀を見た。長堀が、ハンドルを持ったまま、俺の方を向いて、にこっとしながら言った。
「ねっ!お願い」
か、か、かわいいじゃねぇか。年上、20代のはずだが、まだまだかわいい。
「お、おう」
思わず、俺は言ってしまった。おかげで、俺は長堀からこれからの策謀をうんざりするほど聞かされてしまった。




