教団本部
俺たちを乗せた車は繁華街を抜け、片側3車線ある国道を走って行く。俺は黙って、前を見つめている。横の長堀も黙って、運転を続けているし、後部座席の鍵山もずっと黙り込んでいる。車の中を満たしているのはロードノイズだけである。
そんな時、思い出したかのように俺のポケットの中のスマホが震えた。
きっと、優奈だ。
俺がスマホを取り出して、画面をチェックする。
思った通り、優奈からのメールである。そう言えば、さっき優奈からのメールに返事をしようとしたところで、この二人がやって来ると言うメールをもらって、優奈への返事をしないままだった。
まずいじゃないか。
あいつに返事をしなかったら、きっとぷんぷんに違いない。俺は慌てて、メールを見た。
「無視?」
たったそれだけ。それだけに怖いじゃないか。
「ごめん」
まずはそこからである。謝らないで、優奈の機嫌を損ねては大変である。俺がただひたすらメールに集中していると、長堀が話しかけてきた。
「彼女からのメール?」
「えっ?
いや、ただの幼馴染ですよ」
「へぇ。
名前はなんていうの?」
「はい?」
そこまで、興味あんのかよ?俺はそう思った。
「いいじゃない」
俺が言わないでいると、長堀が言った。かまいはしないが、必要あんのかよ。そう思ったが、とりあえず優奈の名を口にした。
「岡本優奈って、言うんだけど」
「岡本優奈?」
突然、後部座席の鍵山が叫ぶように言った。俺は何事かと、後部座席に振り返って、鍵山を見た。鍵山は驚いた表情で、半分乗り出し気味になって、俺を見ていた。
「へぇ。そうなんだ。
これも何かの縁なのかもね」
長堀が意味ありげに言った。飯田も優奈を憎いと思ったと言っていた。どうやら、俺が優奈の知り合いだと言う事を鍵山に気付かせたかったのかもしれない。俺はここで、聞きたい。どうして、お前たちは優奈を憎むのかと。しかし、そんな事しちゃあ、俺がいかにも潜入しようとしている奴になるじゃないか。
「何の事ですか?」
俺はすっとぼけた顔で、長堀にたずねた。長堀はそれには何も答えず、「もう着くわよ」とだけ言って、車を減速させた。
高層ビルは全くない、低層の住宅地。そんな中にある大きな邸宅。はるか昔に公爵様だかなんだか様の邸宅だったところを、成金親父が買って住んでいた。そこをこの飯田の教団が買い上げ、本部にしているらしい。
木でできた大きな門。そこに来る者たちを映し出せるように、壁に監視カメラが取り付けられている。俺たちの車が近づくと、そのドアがゆっくりと内側に開いて行った。
開いたドアの向こうには、テレビの中でしか見たことの無い広大な日本庭園の光景が広がっていた。木々の木漏れ日が地面を覆った緑の苔を輝かせている。その奥には人工の池が造られていて、こちらも太陽の光をきらきらと反射させている。
庭園を貫くように砂利を敷き詰めた車道が屋敷の前まで続いている。
俺たちを乗せた車が、屋敷の前に到着した。
二階建ての純和風でもなく、洋風でもない。折衷のような建物は明治の時代を思わせる。玄関の前には数段の階段があって、その上にある幅の広い木製のドアが建物の内側と外とを分けていた。
長堀が運転席のドアを開けて降りはじめると、建物のドアが開いて頭から足元まで一枚の布で作られた白い装束を着た男たちが現れた。
「お帰りなさいませ」
そう言って、頭を上げた時、その人たちは一瞬驚いた顔つきをしていた。
さっき、長堀が車に乗るときに言った言葉からして、鍵山はいつも自分で運転しているのだろう。なのに、運転席から降りてきたのは長堀だ。しかも、助手席のドアを開けて、降りてきた俺に至っては、見知らぬ不審人物。
そんな中、後部座席のドアが開いて、鍵山が姿を現した。
白装束の男たちが玄関に向かい、鍵山のために玄関のドアを開いて待っている。鍵山がそこに向かって進む。長堀が俺の背中を押してから、鍵山の後を追った。俺にもついて来い。そう言う意味だろう。俺も二人の後について行く。
白装束の男たちは俺にも頭を下げているが、その目には俺に向けられた不信感が浮かんでいた。




