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第13話 停電の夜

第13話 停電の夜


 台風が来るらしい。


 朝からテレビはそればかりだった。


 大型で非常に強い勢力。


 関東直撃の可能性あり。


 気象予報士が真剣な顔で説明している。


 窓の外では空が灰色だった。


 風も強い。


 ベランダの植木が揺れている。


「雨戸ないのよねえ」


 和子が心配そうに窓を見た。


「マンションだからな」


 修一が腕を組む。


 重雄も空を見上げた。


「今日は買い物行っとくか」


 その一言で全員が動いた。


 スーパーは大混雑だった。


 パン売り場は半分空。


 カップ麺も減っている。


 美咲は買い物カゴを持ちながら呆れた。


「みんな本気ね」


「こういうのは準備が大事だ」


 修一は真顔だった。


 なぜか楽しそうでもある。


 カセットボンベ。


 懐中電灯。


 乾電池。


 水。


 レトルト食品。


 お菓子。


 アイス。


「なんでアイス?」


 美咲が聞く。


「停電前に食べる」


 由美子が答えた。


 なるほど。


 少し納得した。


 夕方になる頃には風が唸り始めた。


 窓ガラスが震える。


 空は真っ黒だった。


 テレビからは避難情報が流れている。


 美咲は少し不安になった。


 徹も窓を見つめている。


「結構すごいね」


「うん」


 雨が窓を叩く。


 バチバチと音が響く。


 その時だった。


 パッ。


 部屋が暗くなった。


 一瞬で。


 何も見えなくなる。


「きゃっ!」


 和子の声。


 由美子も驚いている。


 停電だった。


 外を見れば周囲のマンションも真っ暗だ。


 風だけが唸っている。


 不安が胸を締めつける。


 しかし。


「待ってました!」


 修一の声が響いた。


「なんで嬉しそうなの!」


 美咲が叫ぶ。


 次の瞬間。


 ゴソゴソと音がした。


 そして。


 パッ。


 暖かな灯りがともる。


 ランタンだった。


「キャンプ道具!」


 修一が得意げに胸を張る。


「持ってたの?」


「男には秘密基地が必要なんだ」


 意味は分からないが助かった。


 暖色の光が部屋を照らす。


 少しだけ安心する。


「よし」


 重雄が立ち上がった。


「窓見よう」


 二人の父親はタオルや養生テープを持ち出した。


 窓の隙間を確認し始める。


「そこ押さえて」


「こうか」


「そう」


 息が合っている。


 もはや長年の相棒だった。


 一方。


 キッチンでは母親たちが動き始めた。


「停電なら鍋ね」


「鍋ね」


 判断が早い。


 カセットコンロが取り出される。


 白菜。


 豆腐。


 鶏肉。


 しめじ。


 長ねぎ。


 冷蔵庫の食材が次々と運ばれる。


 やがて。


 鍋から湯気が立ち上った。


 出汁の香りが部屋いっぱいに広がる。


 停電中とは思えない。


 むしろ旅館みたいだった。


「いただきます」


 六人で鍋を囲む。


 ランタンの灯りが揺れる。


 窓の外では暴風雨。


 ゴウゴウという音が響いている。


 それなのに。


 鍋は美味しかった。


 白菜は甘い。


 鶏肉は柔らかい。


 身体の芯から温まる。


「停電の鍋ってうまいな」


 修一が言う。


「なんでもイベントにするのやめてください」


 美咲が笑う。


「だって楽しいぞ」


「楽しいかも」


 徹まで言った。


 その時。


 風がひときわ強く吹いた。


 窓が揺れる。


 思わず美咲は肩をすくめた。


 すると。


「大丈夫」


 重雄が言った。


「窓は確認した」


「うん」


「大丈夫だ」


 修一も頷く。


「俺たちいるしな」


 何気ない言葉だった。


 だけど。


 美咲は少し驚いた。


 安心したのだ。


 本当に。


 心から。


 もし昔なら。


 停電した部屋で二人だけだったら。


 きっともっと不安だった。


 もちろん今でも不安はある。


 だけど。


 今は誰かがいる。


 窓を見てくれる人。


 料理を作る人。


 笑わせる人。


 慌てない人。


 六人もいる。


 うるさい。


 本当にうるさい。


 面倒くさい。


 トイレは混むし。


 洗面所は足りないし。


 冷蔵庫はいつも満員だ。


 それでも。


 この瞬間だけは。


 少しだけ思った。


 心強い。


 そんな家族もあるんだな、と。


 鍋の湯気の向こうで。


 和子が笑う。


 由美子が笑う。


 修一が笑う。


 重雄が笑う。


 徹が笑う。


 美咲も笑った。


 その時だった。


 パッ。


 部屋が明るくなった。


「おお!」


 歓声が上がる。


 電気が戻ったのだ。


 テレビもつく。


 エアコンも動く。


 日常が戻ってくる。


 だが。


 誰もすぐには立ち上がらなかった。


 六人とも鍋を囲んだままだった。


 ランタンの灯りはまだ点いている。


 温かな鍋もまだ煮えている。


 そして。


 誰もが少しだけ思っていた。


 停電は困る。


 台風も困る。


 だけど。


 今夜みたいな時間は、少しだけ特別だったな、と。


 窓の外では雨が少しずつ弱くなっていた。


 長い夜が終わろうとしていた。


続く。



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