第四十八話 〈クランド村〉の視察
ヴィユノークが向かっていたのは〈クランド村〉という村らしい。
定期的にどこかしらに視察に向かう必要があり、近場のここにしたのだとか。
〈クランド村〉自体に特筆すべき物は無いが、強いて言うならば穀物がよく育つそうだ。
「あそこが〈クランド村〉です。就寝時以外は、出来れば近くにいて頂けると……」
「分かった。それでも最低限自衛はしろよ」
「大丈夫です。結界術には自信が有るので」
そういえばさっきもずっと結界で耐えていたな。
恐らくだが、あれは一般的な結界術の類ではない。
スキルに該当するレベルのものだろう。
「おやおや、ヴィユノーク様。そちらの方々はどうしたのですか?」
〈クランド村〉に入るなり、一人の騎士が近づいて来た。
恐らくこいつが副団長とやらだろう。
茶髪に緑の目をしている。
顔は笑っている。
だが、感情は死んでいる。
ヴィユノークは表情を崩す事なく返した。
「エイドリック副団長。何処へ行っていたのですか? それと、彼らは私の新たな護衛です」
「いやぁ、少し用がありまして。新たな護衛など雇わなくとも、私達がいるというのに」
そう言ってのけたエイドリックを無視し、村の中へと進んでいく。
エイドリックの持っている魔力量は確かに、常人に比べたら中々に多いな。
だが、万が一襲ってきたとしても俺なら余裕で勝てる。
恐れる必要は無い。
暇だな。
ヴィユノークが村長と会い、畑を見て、食事を摂っている間、俺はずっとその後ろで立っている。
今も、少し開けた場所で遊んでいる子供達をただ眺めているヴィユノークを見ている。
「……私は、皇帝の座には相応しくないのでしょうか」
そう、ぽつりと零した。
その言葉は惑い、自責、様々な負が感じられた。
「さあ、俺には知らん。グラディウス帝国の長が誰だろうと関係無い」
「そう、ですよね。すみません……」
また口をつぐんでしまった。
人を慰めるのは得意ではないんだがなあ。
「……まあ、少なくともお前を支持してくれる人間がいるんだろ。そいつらを信じてやれば良いんじゃないか」
「はい……! 私を支持してくれる人なら、確かにいます。彼らの為にも、私は、皇帝とならなければならない……!」
俯いていた視線が、前へと向いた。
元気づけられたのならば、それで良い。
夜が過ぎ、翌日。
〈クランド村〉での視察はこれで終わり、今日〈帝都グラディウス〉へと戻る。
馬車は襲われた際に壊れてしまい、馬は逃げ出したため、〈クランド村〉で新たな物を貰ったらしい。
質素な馬車だが、十分に頑丈だ。
〈帝都グラディウス〉には二日もあれば着くようだ。
その間も警戒を怠らない。
副団長と二人の騎士がもう一台の馬車に乗っている。
流石にもう一度は無いだろう。
〈帝都グラディウス〉に着いたが、二日間特に何も起きる事は無かった。
グラディウス帝国はムート王国のように城を中心に街を作るのではなく、扇形のように城から街が広がっている。
これには城から全てを一瞬で把握出来るようにするためという意味がこめられている事を、ヴィユノークが教えてくれた。
また、それ以外にもグラディウス帝国における礼儀なども教えてもらった。
まだ暫く護衛としておいておきたいらしく、城にいる上で必要だと言っていた。
別に暇だから構わないが。
そういえば、帝都に入った時から《大罪》の魔力を感じている。
アバドンが言っていた通り、《傲慢》のシグと《色欲》のミレイナがいるのだろうか。
《暴食》のシトリーヌもここに向かうと言っていたな。
争い事が起きなければ良いが。
「今から城へと向かいます。先程も話した通り、下手に出る事は無いようにお願いします」
ヴィユノークが俺達に向かってそう言った。
何でも、下手に出ると舐められるんだそうだ。
本当に強さが全てなんだろうな。
元よりそのような態度を取ってやる理由も無いが。
「ああ、任せろ。威圧すれば良いんだな?」
「ル……カイ。そういうわけではないと思うぞ」
レアも心なしか胸を張って威勢を良く見せている気がする。
それでこそ高位森精だ。
威厳は無いがな。
というか外から城まで馬車で通れるようにしっかり舗装してあるのは凄いな。
ムート王国もそうだったか。
城の大きな扉がギギギと音を立て開いていく。
ここで馬車は降りるそうだ。
「ヴィユノーク様のご帰還です!」
兵士の大きな声が次期皇帝たるヴィユノークの帰還を知らせる。
ずっと思っていたが、次期皇帝なのに戦闘能力に長けていない女性で良いのだろうか。
シトリーヌのような女性だったならば反対意見も無かっただろうな。
そして戦闘能力が無いのにも関わらず、護衛がたったの三人の騎士というのもかなりの疑問だ。
相手が数十人規模だったらどうするつもりだったのか。
副団長とやらはそんなに強いのか?
それとも、ヴィユノークがあわよくば亡くなる事を望んでいるか。
邪推してもしょうがない。
ヴィユノークの後に続いて城の中へと入っていく。
俺達の後ろには副団長ら騎士三人がついてきている。
「おや、ヴィユノーク様。視察が終わりましたか。〈クランド村〉はどうでしたか?」
そう話しかけて来たのは高位な貴族と思われる男性。
少し生えている髭が何とも言えない。
「グリゴリー伯爵。平和で良い村でした。村民は笑みに満ち、植物は生き生きとしていましたよ。もっとも、異常はありましたが……」
グリゴリー伯爵と呼ばれた男性は、どこかヴィユノークを下に見ているような気がしている。
というよりも、この場にいる全員からそのような雰囲気を感じ取っている。
これはヴィユノークにだけじゃない。
全ての人が自分以外の人間を同等だと思っていない。
これで本当に国が成り立つのか?
「そうですか、それは良かった。疲れたでしょう。どうぞ、報告は私が済ませておきますので、ご自室にてお休みになられては?」
「そうします。ありがとうございます」
一礼して去っていくグリゴリー。
ヴィユノークも一礼し、先へと進む。
階段を上り、二階に出たタイミングで一つの部屋へ案内された。
「さて、馬車でもお話した通り、ゼド様はこの部屋を使って下さい」
「分かった。……あー、ここでも配達かよ。嫌んなるぜ」
馬車で各々の仕事についても話していた。
ゼドは戦闘員ではないので、街の配達仕事を手伝うらしい。
口では嫌と言っていても、本人としては配達の仕事を気に入っているようだ。
「それでは、カイ様とレア様は上へ」
「ああ。お仕事頑張れよ~」
「言われなくてもやるよ!」
ゼドを煽るようにして部屋を後にし、更に階段を上っていく。
そして暫く歩いたところにヴィユノークの部屋があり、その隣の部屋を俺とレアの部屋として使って良いらしい。
「それでは、私は着替えますので……。その、入っても良いですが、貧相なものですから……」
「んな事言ってないで早くしやがれ」
俺はレア以外に興味は無い。
わざわざ人の更衣中を覗く趣味も無い。
ヴィユノークの着替えが終わり、部屋から出てきた。
今日は特にこれといってやる事は無いが、私用で本屋に行きたいそうだ。
流石帝都とでも言おうか、本屋があるのか。
あんな高価な物買う人がいるのか?
いるんだろうな。
「行きましょうか」
ヴィユノークの後に続いて、先程通った道を戻って行く。
そのまま外に出ようとしたところ、一人の大柄な男性がこちらへと一人の青年を引きずりながら駆け寄って来た。
「ヴィユノーク様! お帰りになられたのですね」
「オレーグ。そちらの男性は……?」
「飯屋で問題を起こしている者がいるとの通報を受け、身柄を確保した次第です」
……その人物には非常に見覚えがあった。
というよりも、遠くから見えていた段階で誰か分かっていた。
少年と青年の間くらいの背丈に、短く切り揃えられた黒髪。
強い意志を秘めている橙の瞳。
そして何よりも、強く感じる《大罪》の魔力。
「おい、シグ。何やってんだ?」




