第四十五話 待ち受けていた苦悩
ヴァレンティーナとの話を終え、そのまま暫く泊まる事になり数週間が経った。
日々の鍛錬は怠っていないが、その間俺は一つの事に悩まされていた。
「ルクス様、私との結婚をご再考なされては!?」
幾度となく迫りくる求婚に怯えていた。
いつからか人々の俺に対する懐疑心は消え去り、諸々全てを飛び越して求婚まで来やがった。
しかも複数人で屋敷の中庭まで。
ヴァレンティーナに聞いてみたところ、聖樹王国では魔力の強さこそがそのまま権力に直結するそうだ。
何とも簡単でめんどくさいのだろう。
第一に俺は人だが、婿入りすればそれは関係無いだのなんだの、兎に角うるせえ。
俺は騒がしいのは嫌いだ。
「あー、はいはい考えるだけな。邪魔だからさっさとどっか行ってくれ」
「そう仰らずに――」
「皆様、ルクスさんが困っているでしょう。毎日屋敷まで押しかけるのはよした方が良いと思いますが?」
森精の女性共が群がる度に追い払ってくれるのは、初日に門番として出会ったレオだ。
俺が何言っても聞いてくれないが、こいつが言うとようやくどこかに行ってくれる。
やっぱこいつら俺の事舐めてるよな?
「さて、今日こそルクスさんに勝ちますよー」
「おう、かかって来い」
門番としての仕事は非常に暇らしく、仲間に任せて抜け出して俺の鍛錬に付き合っている。
ここのところ毎日やっているが、流石に《憤怒》を持っている俺が勝つ。
そのため、最初は何でもありの試合をして、その後に何も使用しない己の身体能力だけで試合をする。
まずは《怒気解放》を発動させる。
レオも風魔法による軽量化で対抗してくるが、軽量化を使うとどうしても一撃が軽くなる。
簡単に防げる上に速度では俺が勝っているため、レオが勝つのは相当難しいだろうな。
「せいっ、ハッ」
レオの戦い方は俺のような感覚とは違い、しっかりと騎士のような訓練された戦い方をする。
そのため、教わった以外の動きをされると目に見えて動きが鈍くなる。
こんな風にな。
「うわっ」
レオは足払いに弱い。
一番簡単に出せるが故に読みづらい。
俺の方が速いために、動きの起こりを感じた瞬間に動かないと避けられないからな。
態勢を崩したレオの首元に木剣を添えて終わりを宣言する。
「ほら、次だ」
「はい!」
立ち上がって木剣を構える。
一度距離を取り直してから《怒気解放》を解除する。
そして転がっていた石を拾って適当に投げる。
それが落ちた瞬間が始まりの合図だ。
カンッと音がした。
同時に距離を詰め、木剣が交差する音が響く。
俺自身、元はそこまで身体能力に優れていなかったものの、《憤怒》のおかげか何も無くてもそれなりに動けるようになった。
それこそ森精として長く鍛錬しているレオに匹敵する程。
カンッ、ガッ、と幾度となく互いに攻撃を続けていく。
しかし、踏み込みが甘かったのか少し体勢を崩してしまった。
「おわっ」
危なかった。
地面に手をついて、無理矢理の足払いでレオの攻撃を凌ぐ。
「うわ、惜しかったのに」
「はは、そんな簡単にはやられねえよ」
俺がこの数ヶ月でどれだけ死にかけたか。
以前とは比較出来ない程の力を得た。
さて、そろそろ終わらせるか。
「耐えろよ?」
レオはしっかりと両手で剣を握っているのに対して、俺は右手のみ。
つまり左手が使えるわけだな。
「ぐっ……」
速度を急変させた斬撃を受け止めている隙に、左手で掌打を打ち込む。
大分雑だが、腹にもろに食らったとなれば相当な威力にはなる。
案の定レオは倒れた。
先程のように木剣を添えて二度目の勝利宣言をする。
「今日も俺の勝ちだな」
「ルクスさん、痛いですよー……」
「すまんな。正直、単純な剣技ではお前に勝てないもんだから、少し卑怯な手を使わせてもらった」
連日のレオとの試合で、俺がいかに粗雑な戦闘をしているかが分かってきた。
基本的に動きが繋がっていない。
いや、繋がってはいるのだが効率が悪い。
要は無駄な動きが多いわけだ。
「……二人とも、楽しそう」
セレネヴィアが話しかけて来た。
数日前から度々窓から眺めていたのは知っていたが、今日は中庭まで来ていた。
「はは、セレネヴィア様もやりますか?」
「私には無理。魔法があれば十分」
「それでも軽く運動はした方が良いぞ。毎度俺がお前を抱えて逃げ回ってたからな」
「……私には分からないから、やだ」
そこまで運動したくないか。
本人がやりたくないと言うなら仕方ない。
「お、ルクスにレオ。俺も混ぜてくれよ」
ゼドが来たようだ。
こいつはその速さを買われて配達屋をしている。
午前の分が終わると、こうして鍛錬に加わっている。
走るだけでは感覚が薄れるからな。
「ああ。お前ら二人がかりで来い」
一対二で試合をすると、結構面白いのだ。
暫く続けてレオが仕事に戻り、ゼドも午後の配達に向かった。
そうして眺めていたセレネヴィアと俺だけが残った。
「で、どうだ? 記憶が戻りそうな感じはするか?」
「……分からない。でも、最近は何か、こう……心に棘が刺さったみたいな感覚になる」
「どんな時だ?」
「……引かないでね。その、ルクスが他の人と笑い合ってたり、話してたりすると、無性に……引き裂きたくなってくる」
怖いな。
その場合引き裂かれるのは俺だろうか。
あるいは両方か。
それはどうでも良いが、成程。
良い具合に執着心が芽生えているのか?
爆発した時が怖いが、もしかしたらこれが《嫉妬》を取り戻す鍵になるのかもしれない。
「一番は……あの、女達がルクスに駆け寄ってる時が、どうしても耐えられない。でも、私にはルクスはただの他人のはずなのに、ずっと、傍にいて欲しくて……もう、何も分からない……」
そう言いながら俺に凭れかかって、ぽろぽろと涙を流し始めた。
まあ、本人からしてみればいきなり世界が進んでいるわけだから、何も理解出来ないのも無理はない。
そのまま頭を撫でてやると、どこか懐かしい気分になる。
少しして、セレネヴィアも落ち着いて来たようだ。
そして俺には見えている。
こちらをしれっとガン見しているヴァレンティーナが。
本人的には顔だけチラっと出してるつもりなんだろうが、普通に全身が見えている。
セレネヴィアにちょいと指を差して教えてやる。
するとヴァレンティーナが颯爽と逃げて行った。
勿論セレネヴィアは追いかけて行った。
時は遡り、〈ダリウム〉にて。
「あーあ、もっと力欲しかったのに。折角溜めてた魔力も使っちゃったし」
ロカはそう呟きながら、地に伏したガルヴァンとユレイラに向けて魔力を注ぎ込む。
「早く起きてー。僕の僕達」
そうして《強欲》の魔力が二人の身体を満たした瞬間に、ゆらりと立ち上がった。
何事も無かったかのように身体には傷一つ無い。
だが、纏っている服には戦闘の痕が残っている。
「すまない、ロカ。逃してしまった」
「んー、別に良いよ。もっと強くなってから、ぜぇーんぶ、僕のものにすれば良いだけだし」
獲物に逃げられたはずなのに、その顔は喜色に染まっている。
見据えた未来で自分が得られるであろう力を夢想して。
「あの、ロカさん? 一体何が……」
キラルが未だ困惑しながらロカに問うた。
ロカが一瞬苛立ったような顔をしたように感じたが、違和感を感じた時には既に満面の笑みになっていた。
「えっとね、あのルクスっていう人が色んな所で問題を起こしてるから、国から私達に捕縛命令が出てるの」
「ああ、成程。そういう事だったんで――」
「ま、嘘だけど」
ロカの説明で納得した、その瞬間の油断を《強欲》につけ込まれた。
《強欲》の能力は他人の思考の汚染や操作、更には洗脳まで出来る。
キラルは未だ出会ってから浅かったため汚染に留まっていたが、今の隙で安心という感情が増幅され、操作にまで至ってしまった。
ガルヴァンとユレイラに関しては、既に《強欲》の眷属となってしまっている。
《色欲》とは違うが、大衆を操作する面では両者似通った性質を持っている。
勿論、《強欲》がそうしているように、《色欲》も動き出している。
南の帝国、グラディウス帝国にも《大罪》の魔の手が伸びている。




