第四十四話 【シルヴァレイン聖樹王国】
光が収まった視界には緑が広がっていた。
見渡す限りの木々からは微かに魔力を感じ、空気がどこか安心を感じさせる雰囲気を纏っていた。
何よりも目立つのは都市の中心に聳え立つ大樹。
恐らくあれが聖樹なのだろう。
それを取り囲むように一つの城と複数の屋敷が位置している。
「なんだか、久しぶりな気分。私の記憶はここが最後なのに」
「だろうな。記憶が戻ると良いのだが」
「……ここはどこだ?」
ゼドだけが状況を理解出来ていない。
仕方がない事だが。
「ここはセレネヴィアの故郷、【シルヴァレイン聖樹王国】だ。森精の住む国だな」
「マジかよ!? 初めて来たぞ……」
常人は入る事が許されないからな。
実際、俺も来てしまったがもしかしたら追い出される可能性がある。
一時的な撤退をしただけだから別に構わないが。
とりあえずは中心へと向かって歩いていく。
中々の距離があるため、歩いていくと結構時間がかかりそうだな。
その間にゼドと色々話しておくか。
暫く歩いていると畑や人が見えてきた。
そこまで俺達に興味を示しているようには見えない。
だが、何となく違和感がある。
俺の考えすぎかもしれないが。
そのまま歩いていると、大きな門のような場所についた。
その先には街が見えるので、外の畑との出入りなどを管理しているのだろう。
通ろうとするも、座っていた門番に阻まれる。
「おい、お前ら見ない顔……セレネヴィア様……?」
セレネヴィアの存在に気付き、立ち上がって敬礼をした。
門番の青年が不思議そうな顔をして質問をする。
「セレネヴィア様は人の世へと身を引かれたはずでは? 何故ご帰還なされたのでしょうか」
「……記憶が無くなったから。今の私に行く場所は無かったし」
「記憶喪失……左様でございますか。承知致しました。アルカティア家へと連絡しておきますので、どうぞお通り下さい」
「そう。助かる、レオ」
「セレネヴィア様の為であれば、何事でもお任せください」
そうレオとやらがお辞儀をして見送る。
通って良いなら通るか。
にしても、見かけた住民とは違ってレオには忠義心のようなものを感じた。
俺としてはこれが正しい反応のような気がするのだが、違うのか?
それともセレネヴィアが過去に何かやらかしたかだな。
「どこにお前の家があるんだ?」
「さっき見えた城の一個左の屋敷。すぐ分かる」
セレネヴィアの言った通り、隙間を通って隣の通りに行くと見えた。
……これは凄いな。
各屋敷の前に大きな通りがあるのか。
それだけ権力が強いのだろう。
ただの森精ではなく高位森精であり、更にその中でも上だからな。
当然といえばそうか。
「あのでっけえ屋敷が家……!? ルクス、てめーとんでもない人捕まえたな」
「捕まえたってよりは捕まったの方が正しいけどな。それに、今のこいつにはその記憶は無いし」
先程王都地下迷宮以降の事をゼドに話したので少し距離が縮まったような気がする。
元々ゼドは俺を置いて先に進む理由は詳しく伝えられておらず、ただこの先で守りながら戦う事が難しいからとしか言われていなかったらしい。
そうして第五階層を踏破して、満を持して俺を迎えに行ったが、部屋は床が無くなり奈落へと続く大きな穴と化していたようだ。
それによりゼドは酷く哀しみ、暫く寝込んでいたと笑いながら語ってくれた。
こいつ、人想いで中々良い奴ではあるんだよな。
既に見えている屋敷へと歩みを進めていく。
遠くから見ても大分大きいと感じていたが、目の前まで来ると余計にその規模に吃驚する。
ただ大きいだけでなく、外壁一つを取っても物凄く精巧な装飾が施されている。
中はおよそ二階か三階建てだろうか。
これが元々セレネヴィアの住んでいた家か。
とんでもないな。
大きな門の奥には数人が待っており、俺達、というかセレネヴィアを迎えに出ていたようだ。
すると、不意に一人の女性が走って来た。
「セレナ……会いたかったわ、我が娘……」
「お母さん、くるしい……」
セレネヴィアとは対照的に長身の女性は、どうやらセレネヴィアの母親らしい。
またも対照的に大きな胸に埋められて苦しそうにしている。
セレネヴィアがもがいていたのが動かなくなって、ようやく満足したようでセレネヴィアを手放した。
そして俺とゼドに向けて自己紹介した。
「初めまして、セレネヴィアの母のヴァレンティーナ・フォン・アルカティアと申します」
「俺はルクスだ。礼儀がなってなくてすまないな」
「あー、俺もだ。初めまして、ゼドって言います」
ぎこちないゼドと共にこちらも自己紹介を済ませる。
ヴァレンティーナは微笑みながら返した。
「構いません。私も元は平民の出ですから。ところで、貴方達はセレネヴィアとどういう関係なのですか?」
……。
どう答えたものだろうか。
セレネヴィアはレアだが、今のセレネヴィアをレアと呼べるだろうか。
「あー、ちょっと説明が難しいんだが、簡単に言えばセレネヴィアの恋人だ」
「……どういう事かしら?」
端的に言えなかった事に真剣な顔つきになって問うてくる。
それはそうだろう。
俺でもそうする。
「元々セレネヴィア、もといレアと旅していたんだが、とある魔人にレアが一度殺された。何とか生き返ったものの、その代わりにレアとして一緒にいた期間の記憶が消えてしまったって感じだ」
「……そう。セレナ、本当なの?」
「本当かどうかは分からないけど、多分そう。……ルクスといると、何か安心するし」
ふいっとそっぽを向いてしまった。
そして何故かヴァレンティーナが涙を流し出した。
「……大人になっちゃって。恋人を作るなんて何百年後かと思ってたのに……」
遠すぎるだろ。
人が数十人死ぬぞ。
「別に、もう子供じゃないし」
まあ、俺ら人間にとっては子供どころか仙人レベルだ――
「いてえ!」
だから何で俺の思考が読めるんだよ。
今は感情共有も無いだろうが。
「ふふ、セレナ、ダメじゃない。恋人は大事にしなきゃ」
「今の私には分からないから。別にいいでしょ」
「……こいつは記憶無くす前からやってきてるがな」
もう一発かましてきやがった。
特に何も使ってないはずなのにいてえ。
「仲が良いのね。さ、こんな場所で話すよりも中へどうぞ」
「ああ、邪魔するぞ」
ヴァレンティーナの後に続いて中に入る。
やはり貴族の屋敷とでも言おうか、あり得ない程大きい。
王都の城とはいかないまでも匹敵する程の大きさがある。
そのまま大広間を右に曲がって応接室と書かれた札のかかっている部屋に入った。
「さて、詳しく話を聞かせてもらおうかしら?」
「ああ、まずは――」
かなり時間がかかりそうだな。




