第四十二話 追憶の道程を阻むは独裁者
〈エンキュトス〉から〈ヴァルグレイア〉へと向かう馬車に乗り、一週間を経てもう少しで着くくらいまでやって来た。
セレネヴィアは相変わらず素っ気ないが、たまに凭れかかってきたり、ちょいと手を伸ばしてきたりなどしている。
彼女なりに記憶を取り戻そうと励んでいるようだ。
そろそろ〈ヴァルグレイア〉が見えてきた。
【ノクティルム】……は行かなくて良いか。
エーヴァルトには一応報告しておこう。
着いたので馬車を降り、冒険者証書を見せて入る。
セレネヴィアも出したが、どうやら門番が少し困惑している。
どうやら古い方の証書を出してしまったようだ。
「ああ、新しい証書を持ってるはずだぞ。どこかに無いか?」
「そう。……これ?」
そう言いながら取り出したのは、レアと名のついた冒険者証書。
それを門番に渡したところ、今度はすんなり通してもらえた。
返して貰った証書を眺めながら少しずつ歩き出した。
自分が作った物なのに記憶が無い矛盾を消化している。
「セレネヴィア。ギルドに用があるから、ついでに飯にするか?」
「分かった」
受付でエーヴァルトを呼び、待っている時間で昼食にする。
前と変わらずメニューに悩んでいたが、最初にここで食べた物と同じものを選んでいた。
感性は変わってないんだな。
食事を終えて食休みしていると、エーヴァルト本人が迎えに来た。
「やあ。どうしたのかな? 進展はあった?」
「まあ、結構ある。応接室は使えるか?」
「良いよ。行こうか」
エーヴァルトの後を追い、二階の応接室へと入る。
隔離魔法が部屋に施されたのを確認してから話を始める。
「まずは新たな《大罪》について。〈エンキュトス〉には《暴食》がいて、始祖の《暴食》であるアバドンもいた。更にそこから北に行ったところにある【廃都眠湖】という場所には始祖の《怠惰》が眠っていた」
「うーん、凄い急展開だね。途中で申し訳ないんだけど、一つ質問して良いかな?」
「構わないが、どうした?」
「レア君から《嫉妬》の魔力を感じないのだけれども、何があった?」
「ああ、それは続きを聞けば分かる。【廃都眠湖】の後は〈ノルディア〉に行ったんだが、そこで迷宮の異常発生が起きた。その時に急に現れた魔人によってレアが一度殺されたんだが、何とか生き返ったみたいだ。その際に記憶が失われたから、こうして辿った道を戻っている」
「成程……。正直、情報量が多すぎて整理出来ないけれども、レア君の《嫉妬》は記憶と共に封印されたみたいな感じだろうね。過去に一件、そんな事例が書物に記録されていた気がする」
本当か?
うろ覚えだとしても良いから、希望が見えてきたような気がする。
「詳しく聞かせてもらえるか?」
「うん。何年前かは不確定なんだけど、過去の《怠惰》が同じような状況に陥っていたはずだよ。漠然としか書かれていなかったけど、強烈な感情の起伏が記憶を取り戻すきっかけとはあったね」
ふむ。
どうしたらその状況に持ち込めるだろうか。
セレネヴィアに嫉妬を抱かせる必要があるのか。
とはいえ、セレネヴィアにはレアと違い俺に対する執着心が無い。
他の女性を使ってというのは無理そうだな。
というよりも、俺がそれをしたくないのもあるが。
「まあ、上手い事やってみるか。俺から伝えたい事は全部終わったが、そっちは何かあるか?」
「特には無いけど、強いて言えばイザークの改良した探知機が東に《大罪》の魔力を感じ取った。結構遠くまで感知出来るからすぐに会う事は無いだろうけど、気を付けて」
東……。
というと、《強欲》のロカぐらいしかいないはずだ。
遂に王都から出るのか。
戦闘になる可能性は考慮しないといけないな。
「その情報は大きい。助かる」
「今後も色々と報告してくれるとありがたいね。ふらっと立ち寄った時にでもよろしく」
「ああ。よろしく頼む」
そうして話を終えてギルドを出た。
【王立大書庫】は行った方が良いだろうか。
まあ、一応行ってみるか。
「なあ、でかい図書館があるんだけど行きたいか?」
「……気になる。どこ?」
「すぐそこだ」
セレネヴィアを連れて図書館へと向かう。
前に来た時のように目を輝かせているような気がする。
カタログを見せてやって、何を読みたいか聞いてみる。
すると、これまた前と同じ本を選び出した。
少し面白いな。
そのまま数時間かかり、日が暮れてきたので一泊する事にした。
〈ダリウム〉の方向へと向かう馬車に乗って、もう少しで着くところだ。
確かにエーヴァルトの言っていた通り、《大罪》の魔力を感じ取れた。
しかも予想していた通りの《強欲》の魔力。
ロカがいるのは確定したな。
「セレネヴィア。恐らくだが、〈ダリウム〉に着いたら戦闘になる。もし勝て無さそうだったら躊躇せずに逃げてくれ」
「分かった。でも、貴方は?」
「俺は……気合いで何とかする」
「そう。私も力になれたら良いのだけれど」
「無理はするなよ。《嫉妬》を使えないのなら対抗出来る可能性は低いからな」
「分かってる」
態度は変わらないが、少しずつ距離は近くなってきていると思う。
俺の勘違いかもしれないが。
そのまま馬車が〈ダリウム〉へと着いた瞬間に、唐突に《強欲》の魔力が襲い掛かって来た。
俺には効果が無いが、セレネヴィアには多少影響が出ているようだ。
行動を強制される程では無いが、思考が少し汚染されているのだろう。
馬車を降りると、聞き覚えのある声が俺を呼び掛けた。
「やあ、ルクス。久しぶりだね。何で生きてるのかな?」
問うてきたのはロカ。
ガルヴァンにユレイラ、ゼドに加え、知らない男が増えている。
「……それを言う義理はねえな。お前らが俺を捨てたんだろうが」
「捨てた? 何を人聞きの悪い。私達は合理的な選択をしただけだよ。役立たずを入れておく必要は無いからね」
その言葉に怒りが湧き出してくる。
どこが合理的だ。
「お前らに一つだけ聞きたい事がある。何故固定の絆の解散不可期間が過ぎていたのに俺を殺すような真似をした?」
「んー、まあ良いか。だってさ、崇高なるA級パーティから人が離脱したってなったら、少なからず悪い印象が残るでしょ? なら殉職にすれば良いじゃんって感じ」
何だそれ。
ふざけてるのか?
そんな事の為に俺を殺そうとしたのかよ。
あそこに罠があるのを知っていたのか?
それは定かで無いが、少なくとも俺に対して殺意があったのは確かだ。
……俺を、仲間とは思ってなかったんだな。
クソが。
「とりあえず、そんなわけでさ。死んでよ」
その言葉と共に飛んで来たのは一条の鎖。
《強欲》の魔力から成る鎖は鈍く輝いており、明らかに触れたらやばそうな雰囲気を纏っている。
「セレネヴィア。下がっておけ」
《怒剣ラグナ・レイジ》を顕現させて鎖を弾く。
セレネヴィアは出来るだけ守れる位置にいてくれないと困るな。
「やっぱこれじゃ無理か。じゃ、これはどうかな。《貪奪献拿指命》」
ロカがそのスキルを発動させた瞬間に、何故かロカの身体から微かに《憤怒》の魔力が放たれている事に気付いた。
何が起きた?
《憤怒》にも何となく違和感を感じる。
一旦《怒炎顕現》で牽制しようと試みるが――
「は?」
ルクスの意に反して《怒炎顕現》は発動しなかった。
ロカは余裕そうにルクスが放とうとしていた物を理解し、瞬時に行動に移した。
「へー、良いスキルだね。《怒炎顕現》」
「なっ……!?」
何故ロカが俺のスキルを……?
さっきの《貪奪献拿指命》とやらの能力か?
ひとまずはこの炎を対処しなければならない。
ちょっと待て。
どうやって俺から生み出された炎を消すんだ?




