第四十一話 再起する《嫉妬》の代償、迫る不穏な光
何とか時間をかけて火山まで辿り着いた。
途中で歩けるくらいには回復したが、それでも身体が物凄くだるい。
「また火口から落ちるのか? 嫌だなー……」
「ああ、大丈夫だよ。僕はここの《遍権鍵》を持ってるから」
そう言いながらアズールが火山に手をつけて魔力を込めた。
すると、滑りこめそうな穴がガシャと音を立てながら出来た。
「おお……凄い技術だな」
「アバドンは現代に名を残していないながらも、他に類を見ない程の天才だからね」
アズールが中に入るのに着いていく。
相変わらずこの浮遊感は慣れないな。
そのまま落ちていくと、前見たアバドンの部屋に出た。
「ん? ああ、君達。丁度良いじゃないか。レアが起きたよ。ただ――」
「レアっ……!!」
椅子に座っているレアに駆け寄り、抱き着いた。
が、何かがおかしい。
レアから《嫉妬》の魔力を感じないのだ。
「レア……?」
「……ごめんなさい。貴方は……?」
「は?」
レアが俺を忘れている?
そんな事は有り得ないだろ。
「お、俺の事を忘れたのか? ほら、これ、お前がくれたネックレスだ。今レアが付けてるそのネックレスも、俺があげたやつで――」
「さっきから何なの? 無礼にも程があると思うのだけれど。それに、私はレアじゃなくてセレネヴィア。人を間違えているのでは?」
「う、嘘だろ……」
アバドンに視線を向けるも、アバドンも困ったように首を横に振る。
「原因は僕にも分からない。どうも、彼女の記憶は《嫉妬》を手に入れる前辺りまでの記憶しか無いようだ」
そんな……。
記憶も《嫉妬》も今のレアに無いとなってしまっては、俺とレアは全くの他人という事だ。
信じがたいが、これが事実だ。
「……ごめんなさい。どうも長い間寝ていたような気がする。何となく貴方が私にとって大事な人だった事は分かるのだけれど、確信は無い」
「そうか……。そうだよな。何とか思い出させるしかないか……。俺はルクスだ。だが、追われる身にあるからカイとも名乗っている」
「ルクス……。確かに温かい気持ちを感じる。ねえ、教えて。私と貴方はどういう関係だったの?」
「レ……セレネヴィアは俺の恋人だった。森を浮ついていたお前が、俺に勝手に着いて来たのが始まりだが」
「私が……? にわかに信じがたい。けど、貴方からは嘘の気配を感じない。どこか懐かしいような気もする……」
レア改めセレネヴィアがぶつぶつと呟き出した。
どうにか思い出させる方法は無いのか?
「アバドン。レアの記憶を取り戻してやるにはどうしたら良い?」
「うーん、あまり記憶喪失者を見た事は無いから何とも言えないけど……。そうだなあ、君達の出会いを遡ってみたらどうだい?」
出会い……というと〈ダリウム〉近辺か。
やってみる価値はあるが……。
ロカの探知範囲内に入ったら面倒だ。
ただでさえセレネヴィアには《嫉妬》が存在しないのに。
「セレネヴィア。お前に委ねる。レアとしての記憶を取り戻したいなら、可能性に賭けてお前と出会った場所まで戻る。だが、それは危険を孕んでいる。このまま高位森精としての暮らしに戻っても良い。どうしたい?」
考えているセレネヴィアに投げかけてみる。
レアでいて欲しいからと俺が無理矢理連れて行くのも気分が悪い。
レアでなくとも、セレネヴィアであったとしても、幸せに暮らしていてくれれば俺はそれで良い。
だが、ルクスの不安とは裏腹にセレネヴィアの即答が返って来た。
「私は思い出したい。もし私にとって貴方が大切な人だったら、私が可哀想だから」
「はは、そうか……。死んでも守るさ、お姫様」
そう冗談交じりに言った瞬間に、セレネヴィアが頭痛を訴える。
「っ……。何だか、聞いた事がある気がする。多分、私の存在したはずの記憶の中にあるんでしょうね」
ちょっとした冗談がレアの記憶を突いたようだ。
やはり、過去を遡る事が回復の手段なのかもしれない。
「何があっても私なら大丈夫。いつでも【シルヴァレイン聖樹王国】への道は持ってるから」
何だそれ。
聞いた事の無い国だな。
「ああ、高位森精の国か。あれまだ残ってたんだ」
「ね。僕が寝てる間に無くなってると思ってたんだけど」
アバドンとアズールが過去を懐かしむように話している。
高位森精の国だったのか……。
いつでも行けるというと、何か直通で行ける転移魔法みたいなものがあるのだろうか。
……いや、そうだ。
レアは空間魔法が使えたはずだ。
それに由来しているのか。
「すまないが、俺はまだ動けそうにないから明日からでも良いか? 宿は〈エンキュトス〉で取ろう」
「〈エンキュトス〉がどこか分からないけれど、分かった。とりあえずは貴方に着いていく」
良かった。
部屋は……念のため二部屋にしておくか。
アバドンの迷宮から出て〈エンキュトス〉へと歩く。
そういえばレアを抱えて歩いたなと、数日前のはずなのに遠い記憶のように蘇ってくる。
普段はべったりくっついて歩くのに、今は距離を取って他人のように歩いている。
それが少し悲しいが、レアが生きていた事実がそれを凌駕する程の喜びを感じさせている。
暫く歩いて〈エンキュトス〉に着いた。
以前使った宿で再度部屋を取る。
「あー、二部屋空いてるか?」
「空いてるけど、前は一部屋だったじゃないか? どうしたんだい?」
店主が聞いてくる。
まあ、そう思うよな。
「実はこいつが記憶無くしちまったみたいでさ。二部屋で頼む」
そう店主に頼んだが、横からセレネヴィアが割り込んで来た。
「一部屋で大丈夫。私は平気」
「え? でも、寝床は一つしか無いぞ」
「前はそうしていたのでしょう? ならば、別に……」
ふいっとそっぽを向いてしまったが、一部屋で良いならそうするか。
金もかかるしな。
「じゃあ一部屋で頼む。すまんな」
「別に良いさ。前と同じ部屋だ。ほら」
そう言いながら鍵を渡してくれる。
前と同じ部屋っていうと……。
おい。
個室温泉付いてんじゃねえか。
ふざけんな、ニヤニヤしやがって、てめえ……。
はあ、仕方ない。
今日は休めるだろう。
同時刻、ムート王国王都ツェントラールのとある場所にて。
《光剣の誓約》の面々が談話をしていた。
「なあ、そういえば次はどこ行くんだっけか?」
ゼドがそう聞くが、ガルヴァンは素っ気なく答えるだけだった。
「俺は知らん。ロカが決めている」
困ったようにユレイラを見てみるが、そのような話は全く聞いていないようだ。
先日購入したネックレスをうっとりとした表情で愛でていた。
「……そうかよ。あー、腹減ったな。飯食わねえか?」
「勝手にしろ」
「お腹空いてなーい」
試しに昼食に誘ってみるものの、二人ともこちらを一瞥することもせずに興味無さげに返してくる。
こいつら、どうしちまったんだ?
ルクスがいなくなってからというもの、自分勝手な行動ばかりのくせにロカの言う事だけは素直に聞きやがる。
ていうか、ロカはどこにいったんだよ……。
ゼドがそう心の中でぼやいた瞬間にドアが開き、ロカと一人の青年が入室してきた。
「皆、待たせたね。新しい仲間だよ」
ロカがそうやって紹介したのは、長身で片手剣に盾を装備した青年だった。
「キラルと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をするキラル。
だが、ガルヴァンもユレイラも一瞬だけキラルを見て元に戻ってしまった。
「ごめんね、キラル。皆、今は忙しいみたい」
「いえ、大丈夫です。ところで、初任務はいつ頃になりそうでしょうか?」
「うーん、そうだね……。噂でしか聞いていないんだけど、紅蓮の瞳と黒剣に、炎を操る男がいるらしいんだよね。その人を探す必要がある」
「ならば、その人物を追いかけるという事ですか?」
「そうだね。〈ダリウム〉で目撃情報があったらしいから、まずはそっちからかな」
ロカがいつもの定位置にある椅子に座り、全員に告げる。
その瞬間にガルヴァンもユレイラも目線だけはロカに向いていた。
「今話に出た通り、炎を操る男を追う必要があるんだけど、事前に皆に伝えておきたい事があるんだよね」
一拍置いてから口を開く。
「以前、惜しくも死んでしまったルクス……覚えてるかな?」
「……まさか、ルクスがそうだってのか!?」
ゼドが驚きのあまり目を見開いて返した。
ロカはこくんと頷いて続ける。
「その、まさか。しっかりと姿を確認したわけじゃないけど、私の中では確信を持ってる」
嘘だろ……とでも言わんばかりに、ゼドが思考に耽っている。
それもそうだろう。
そのような力は持っておらず、ただの記録士であったのだ。
ましてや、ルクスは不慮の事故のせいで死んでしまったはずなのに。
仮に生きていたとして、あの【王都地下迷宮ゼーンズフト】から帰って来れるはずがない。
ゼドは酷く困惑していたが、ガルヴァンとユレイラにはその様子は見られなかった。
理由はゼドには分からない。
が、ただ一つだけ確信出来るのは、自分以外の何かがおかしいという事。
「あんな弱者が、強大な力を持っていい道理なんてあるわけないよね? だって、力は強者のものなんだから」
そうして会議は締まり、ロカ達《光剣の誓約》の目的は決まった。
ゼドはそのロカの言葉に違和感を覚えていたが、反抗する事は出来ない。
ここ最近の異変を間近で感じ取っているからこそ、冷静に動く事が大切なのだ。




