第四十話 喪失と絶望
「ハハハハ……ハハハ、ハハハハハハハハハハ!!!!!!」
死ね。
全て、殺してやる。
鮮血が舞い、敵が死ぬ。
これ以上に最高な事は無い。
黒炎に燃える敵は灰と成り、怒剣で裂かれた敵は悲鳴を上げながら倒れていく。
楽しい。
弱者を蹂躙する事は何と面白いのだろうか。
そうだ、レアにもこの快楽を味わってもら――
「レア……?」
身体が止まる。
思考が止まる。
だが、記憶に存在したはずの少女は消え去っている。
覚えのない名前を呟いた自分に、どこか吃驚している。
魔物に殴られ、再度身体が動き出す。
俺に歯向かうものは全て殺してやる。
俺は一人だ、どんどんかかって来いよ。
もうどれだけ殺したか分からない。
どれだけの時間戦っているか分からない。
それでも、俺は何かと戦っていないといけない。
何故だ?
何故俺は戦っている?
分からないが、身体は、《憤怒》は闘争を求めている。
理由なんか要らない。
ただ、己の衝動に身を任せていれば良い。
敵はどこだ?
今ので最後か?
いや、まだ地上にいる。
敵意は感じないが、関係無いだろう。
魔力反応を感知している。
これは敵に違いない。
不意に、首元からパキ、と音がした。
何だこれは?
ネックレス……?
俺はアクセサリーなどは好まないのだが。
邪魔だ、外してしまおう。
……何故外れない?
確かに魔法の力は感じるが、着脱不能などの呪いではない。
……成程な。
これは、俺の手に力が入っていない。
何故だ?
ああ、苛立つ。
「チッ、面倒だ」
今出来ないのならば仕方ないが放置だ。
ジャラジャラしてうざったいが、どうしようもない。
早く、敵を殺さなければ。
もっと斬らせろ。
もっと燃やさせろ。
もっと、もっと殺させろ!
最短ルートを駆けていく。
一刻も早く敵に辿り着くために。
だが、途中で一つの大きな魔力反応を感知した。
丁度良い。
まずはこいつからだ。
「やあ、また会ったね。僕にしてくれたように、僕が君の目を覚まさせてあげよう」
「あァ? 誰だてめえ。敵か? 敵だな? いや、敵だ。ならば殺す。殺す殺す殺す」
「《憤怒》の暴走を止めるのは何年ぶりだろうね。覚えてないけど、上手くやるしかないか。おっと」
「何たらたら喋ってんだァ? 戦えよ。俺に殺させろ!」
俺を前にして余裕そうに立ってんじゃねえ。
来ないなら行くまでだ。
「はは、これは大変そうだ。だが、僕を誰だと思っている」
目付きが変わった。
強大な魔力反応を感じる。
だが、関係無い。
俺の力は強くなっている。
勝てる。
「《静影惰倦縛鎖》。《停影崔惰潜慧莱界》展開」
黒い触手が足元から迫ってくる。
前も見たような気がする。
覚えて無いが。
だが、この程度喰らうはずもない。
今の俺は強くなっている。
前なんかより……。
前。
何時だろうか。
記憶が無い。
頭痛がする。
全く思い出せない。
俺は何の為にこの力を得たんだ?
俺は、何の為に強くなろうと、強くあろうとしたんだ?
俺は……。
俺は……?
考えてもキリが無い。
今の目的は、目の前のこいつを殺す事だ。
黒い触手に加え、何やら魔力の領域が段々と膨らんできている。
ならばこちらも領域で対抗する。
「《怒統環界》」
領域同士がぶつかり合い、ギリギリと音がしている。
負けていない。
勝てる。
出力を上げろ。
「《|怒統環界=第二相《ラース・ドミネイト=イクシード》》」
……おかしい。
状況が変わっていない。
出力を上げたはずなのに。
でも、今の俺ならもっと上げれる。
「《|怒統環界=第三相《ラース・ドミネイト=エグゼキューター》》」
少し勝っている。
だが、押し返される。
もっと、もっと怒りを。
俺のこの怒りを燃やし尽くせ。
敵を殺せるならば死んでも良い。
この身全てで敵を殺すのだ。
「《怒捷迅刹螢廻壊》」
身体が熱い。
それこそ燃えるような昂りを感じる。
この出力なら叩き割れる。
「おっと、これは大分やばいね。まさか領域が割れるとは」
案の定領域が弾け飛んだ瞬間に懐に潜り込み、斬りかかる。
ひらりひらりと避けられる様に苛立ちが増していき、更に動きが速くなっていく。
黒い触手を避けながら戦うのは難しいが、先程発動したスキルのおかげで全て視える。
苛立つが、それと同時に楽しい。
ただ蹂躙するよりも殺し甲斐がある。
もっと戦わせろ。
「残念だが、時間切れだ」
何を言っている?
まさか逃げるのか?
許さねえ。
だが、ルクスの思考とは裏腹にアズールは逃げるような素振りを見せない。
寧ろ両手を広げ、抱きしめるようにルクスを迎えた。
「顕現せよ、《停影崔惰潜慧莱界》」
アズールの使用していた領域はただの《怠惰》の魔力で満たすだけではない。
その真価は発動し終わった後の再発動にある。
アズールが再発動した瞬間にルクスがふらっと倒れ、アズールに凭れかかる。
【感情の鎮静を確認。自動制御態勢《殺戮構衛》を終了します】
「ぁ……。お、俺は……?」
「やあ、ルクス。おかえり」
俺は何をしていた?
迷宮が異常発生して、魔物を殺して、人を助けて……。
そうだ、レア、レアは?
「レアは、レア、は……死んだ、のか」
改めてその事実を思い出した。
レアは、俺の唯一の共犯者だ。
だというのに、死んでしまった。
俺は、また孤独だ。
「大丈夫だ。レアちゃんはアバドンが看ている。脈も呼吸も戻ったよ。意識だけが戻らないんだけど、ね」
「本当か!? レアは……生きているんだな!?」
「うん。まだ、起きてないけど。《大罪》を舐めちゃいけないよ。それは死まで付き纏い、生への執着を無くし、更には運命の環外の死を拒絶する。何を言っているか分からないと思うけど、《大罪》の罪人はそう簡単に死なないよ」
そうか……。
良かった。
レアはまだ、死んでいなかったんだな。
「今すぐレアの元に向か……ぐっ」
身体に力が入らない。
何故だろうか。
恐らくだが、俺は先程までずっと暴れまわっていたと思うんだが。
「ああ、僕の《怠惰》をとんでもない高密度で喰らったからね。常人なら死んでるよ。はは」
はは、じゃねえ。
何だそれ。
そんなものを俺に使いやがったのか?
そうでもしなかったら止められないんだろうが……。
なんか複雑だな。
「まあ、僕が肩を貸してあげよう。よっと」
「すまない。助かる」
疲労で首が上がらない。
……ん?
レアから貰ったネックレスが割れている。
強力な保護魔法をかけていたはずなのだが。
記憶が無いから分からんな。
「いやー、やっぱり《憤怒》の暴走は止められないんだね」
「……それも、定められた運命なのか?」
「多分、ね。必ず《嫉妬》が傷付き、《憤怒》が暴走する。エレボスの時は、僕もそこまで強くなかったから大変だったよ」
そういえば、あのアンドラスとかいう魔人。
あいつは何かしら関係があるのだろうか。
「なあ。レアを殺したのはアンドラスっていう魔人なんだけど、なんか知ってるか?」
「うん。知ってる。けど、何も言えない。ごめんね」
やはり、これも何かしら仕組まれているのだろうな。
そんな風に思考していたが、そろそろ地上だ。
俺は、どれだけの時間戦っていたのだろうか。
「うわ、眩し」
ずっと地下にいたから眩しく感じるな。
街は悲惨な状況だが、それでも何とか再起を図っているようだ。
何故か、人々の目が俺を憐れんでいるような気がする。
気持ちが悪い。
そう思っていると、一人の女性が駆け寄って来た。
「……その、大丈夫、ですか?」
「誰だ、お前……。ああ、レアの傷を治してくれた治癒士の人か。ありがとな」
「いえ、私は何も出来ていないので……。それより、ずっと戦ってて、見つけたら、治そうと思って……え? 傷一つ無い……?」
「ああ、俺は常人よりは強いからな。平気だ」
流石に《怠惰》の始祖には負けたが。
とはいえ、俺をずっと待っていたのか?
目の下にはクマが出来ており、疲れているようにも見える。
「ま、あんたも休んだ方が良い。俺は今から行かなければならない場所がある。じゃあな」
「は、はい。お気をつけて」
アズールの肩を借りながらアバドンの【罪焔聖妖胎界迷宮イグニス=ラグナ】へと向かう。
こりゃあ時間がかかりそうだ。




