第三十九話 《憤怒》の暴走
「レアアアアアアァァァァァァ!!!!!!」
「おいおい、五月蝿いなあ。……君も《大罪》か」
子供を置いてレアに駆け寄って様子を見る。
既に意識を失ってしまっているようで、口からたらたらと血が垂れている。
胸に穴が空いており、そこから大量に血と魔力が流れ出してしまっているようだ。
「……誰だ? お前は」
口から低く響いた声が出る。
男はへらへらとしながら答える。
「君みたいな罪人にもやさぁしく名乗ってあげよう。僕はアンドラス。ああ、死にゆく者の名は要らない。裁け! 《崇厳絢醒》!」
先程レアを貫いた光線が襲い掛かる。
俺にとっては避けれる程の速度だ。
だが、レアにはこれは無理だ。
レアがこれ以上傷付かないように、炎で止血をしてからギルドの中で清潔な布を出して寝かせておく。
「てめぇ……殺してやるよ」
「へぇ? やれるもんならやってみなよ。ま、君如きじゃ僕を傷付けられないけど」
そう言いながらアンドラスが余裕ぶりながら立っている。
こいつ……。
舐め腐りやがって。
「来い。《怒剣ラグナ・レイジ》」
俺の怒りに応えた怒剣は、いつもよりもゴウゴウと炎が噴き出し、黒い魔力を纏っていた。
サッと肉薄し斬りかかる。
が、真っ二つに斬ってもアンドラスの身体が二体の鴉に化け、飛んでくっつき、またアンドラスの形になった。
「《鴉身擬形》のおかげで助かったよ。そんなわけだ。君には僕を殺せない」
端的なスキル名。
だが、非常に厄介だ。
「……お前の目的は?」
こいつがレアを害する理由が分からない。
迷宮の異常発生にも関与しているのか?
それに、俺の事を《大罪》とも呼んでいた。
何かしらの因縁があるのかもしれない。
「んー。今ここで君を殺すのは難しそうだし、逃げる前に教えてあげるよ。目的なんて無い。ただ、壊したいだけさ」
「は?」
目的が無いだと?
ただ、ただ自分の破壊衝動のためにこんな事をしているのか?
意味も無く、その雑な欲のために、それでレアに致命傷を負わせたという事か。
許さねえ。
殺してやる。
逃げるなんて認めねえ。
「はは、はははははは!!!!!! 良い顔だぁ。その絶望の顔が見たかったんだよ! はははは!!!!」
笑いながら鴉と成って飛んでいく。
逃がさん。
「収積し、反絶し、追速し、撃ち抜け、光条の熱よ。悉くを貫き俺の道を示せ。《天穿灼煌光》」
熱線が貫通し、鴉が落ちて来る。
しかし、魔力反応が弱すぎる。
「チッ。偽物かよ。カスが」
ただの鴉だった。
それよりも、レアは、レアは大丈夫なのか?
ギルドの中へ走りこむ。
どうやら一応は治癒士が治してくれていたみたいで、傷は塞がっている。
だが――。
「……ごめんなさい。この子は守れなかった。私は、助けてもらったのに……」
レアの身体に触れる。
脈が無い。
呼吸もしていない。
魔力も段々と薄まっている。
何故だ?
何故、レアが死ななければならない。
そして何故、俺は前よりも冷静なんだろうか。
もう、レアが助かる未来が見えないからだろうか。
未だ迷宮から魔物は溢れ出てきている。
人手が足りないというのに、俺の身体は動こうとしない。
目線はレアから離れず、現実が受け止められない。
「レア……」
名前を呼んでも、呼び返す言葉は無い。
顔が血で汚れているので、手ぬぐいでぬぐってやる。
……相変わらず綺麗な顔してんな。
何度レアに助けられた事か。
甘えてきてばっかで、でも、俺はそれが嫌じゃなかった。
レアが俺を信用してくれて、俺もレアを信用してて、互いが互いのために動いていた。
さっき、俺が強い魔物を殺しに行ったがためにレアを守る事が出来なかった。
正直、住民なんかよりレアの方がよっぽど大事だ。
それは残酷かもしれないが、俺にとってはレアが一番だから、最優先で守るべきなはずだったのに。
下手に正義感を抱いて、偽善的だと思いながら住民を救う自分に酔っていたのかもしれない。
俺にはレアさえいれば、それで良かったはずなのに。
クソが。
ああ、もう全てに苛立つ。
レアを守れなかった自分。
碌に役に立たない冒険者共。
溢れ出る魔物。
そして、アンドラス。
レア……。
レアから最後に共有された感情は、半ば喜びのようなものだった。
何故喜びなのかは、俺には分からないが。
それでも、レアが漠然と何を想っていたのかは伝わって来た。
俺への感謝が、死にゆくレアの脳内を駆け巡っていたようだ。
「何でなんだよ……。なあ、教えてくれよ、おい」
レアに語り掛けながら涙が出てくる。
声は歪み、掠れている。
勿論、返答は無い。
「起きろよ。まだ、寝る時間じゃないだろ? 次、どこに行こうか、考えてたじゃねえか。もっと、俺と旅してくれるんじゃなかったのか?」
レアの身体を抱きしめながら話しかける。
返って来ないと分かっていても、そうでもしなければ平常心を保てない。
レア……。
レア、レア!
レア、レア、レア、レア、レア!!!!
「レア……」
ぽつりと、声が響く。
エレボスも、こう思っていたのだろうか。
この溢れ出る怒りを制御して戦っていたのだろうか。
俺には、そんな事は出来そうにない。
「アアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!」
咆哮と共に《憤怒》の魔力が滲み出る。
それは黒炎と化し、床が焦げていく。
瞬間、思考が止まる。
【感情閾値を突破。自動制御態勢《殺戮構衛》に移行します】
それは、最初《憤怒》を手にした時に聞こえた声と同じもの。
その声がルクスの脳内に聞こえた瞬間に、ルクスは敵意を感知したもの全てに襲い掛かりだした。
街中に溢れ出る魔物を殺して回る姿はまるで獣のようで、目に付く全ての敵を殺して、殺して、斬り伏せた。
衝動のままに、理性などは感じない。
ただ、楽しいと、それだけがルクスの脳内を支配していた。
その状態でないと、ルクスは敵意すら感知せず、全てを殺してしまう。
ルクスとレアの二人だけの世界は、半分が欠けると共に瓦解した。
今はまだ、大量にいる魔物のおかげでギリギリ人を襲わずに済んでいる。
魔物がいなくなれば、じきに守る筈だった住民すら殺してしまう。
だが、今のルクスにはそんなものは関係ない。
レアを失った怒り。
守れなかった自分への怒り。
嘲笑うように無為に殺したアンドラスへの怒り。
それらを受け止めきれず、今はただ殺害でしか落ち着かせる事は出来ない。
正しく《憤怒》の《大罪》。
怒りを消化しきれず、破壊衝動に身を委ねてしまう。
温度が上がり、触れた物全てを溶かす炎。
切れ味が増し、力を入れずとも切れる怒剣。
魔力が高まり、極度に強化された身体能力。
理性を失い、それらで街をボロボロにしながらも魔物を殺していく。
地上の魔物を全て殺して、やがて迷宮の中すらも全て。
そして幾ばくか時が経ち、全ての魔物を殺し終わった時。
ルクスのネックレスについていたローゼの宝石が、パキリと割れた。
後にこの日は、“〈ノルディア〉史上最悪の日”と呼ばれるに至った。




