第三十七話 目覚める《怠惰》の始祖
「僕はアズール。《憤怒》、君は?」
「俺はルクスだ。始祖エレボスの意思を継いでいる」
そう言うと、アズールはまたも懐かしそうな顔をして返した。
「ああ、エレボス。懐かしいね」
こいつ、エレボスを懐かしいと言ったか……!?
まさか、こいつは……。
「僕は《怠惰》の始祖だよ。まあ、今は起きたばかりだから全力に程遠いけど」
マジかよ……。
そんな長い年数を生きる人間がいるのかというのと、アバドンの様に始祖の意思が残されているのか、という困惑が思考を占める。
アズールが何を原動力に戦っているのかは分からないが、余程の戦闘力を保持しているのは確かだろう。
「じゃあ、始めるよ。《静影惰倦縛鎖》」
先程と同じ黒い触手が、地面の揺らめきと共に襲い掛かってくる。
目が覚めた事で魔力の廻りが良くなったのか、速度が上がっている。
「ハッ、流石始祖だ……」
やばいな。
アズールに勝てるビジョンが見えない。
黒い触手の量が増えた上に速くなってるときた。
このままではジリ貧だ。
こんなにも簡単に負けてしまうのか?
いや――
「諦めるなんて論外だろ……!!」
せっかく始祖と戦える機会が来たんだ。
俺はまだ、もっと強くなれる。
どうやって攻略したものかな。
まずはあの触手を近づかせない事が一番だ。
「《怒統環界》!」
濃密な《憤怒》の魔力で満たされた空間を突き破る事は出来ないだろう。
入る事は出来るかもしれないが、速度は落ちるし対処出来るはずだ。
「ふーん、成程ね」
そうアズールが呟いた瞬間に、黒い触手が連鎖攻撃による一点突破を図って来た。
じりじりと魔力で作られた空間が削られていく。
とはいえ今すぐの突破は難しそうだな。
時間稼ぎは出来ている。
「《怒炎顕現》!」
黒い触手を避け、アズールを狙う。
数本で対処されたが、その分余裕は出来ている。
この隙で思考を回せ。
どうしたら俺はこいつに勝てる?
まず、俺の一番の攻撃は、接近戦に持ち込んで《怒火斬刃》をぶち込む事だ。
しかし、接近戦に持ち込むどころか距離を詰める事すら出来ない。
もしくは、今ここで遠距離攻撃の方法を編み出すしかないか?
だとして俺の遠距離攻撃は《怒炎顕現》と《怒火斬刃》の二つしかない。
どちらもアズールに届くまでに掻き消されてしまうだろう。
ならば無謀だが、この黒い触手を駆け抜けていくか?
恐らく無理だろう。
ダメだ、何を考えてもアズールに打ち勝つ方法が分からない。
いや、俺の火力が足りていないのか?
確実に、俺の怒りはもっと力を引き出せるはずだ。
もっと魔力の廻りを上げろ、効率を良くしろ!
それがアズールを打ち破るための唯一の方法だ。
「ウオオオオオォォォ!!!!」
衝動に身を任せる余り、咆哮を上げた。
火力は上がっている。
炎の熱が高まり、魔力が濃くなっている。
「良い炎だね。でも、エレボスはもっと熱かったよ」
それでも黒い触手はどんどんと速度を上げていく。
《怒統環界》で作られた空間はもう、あと一メートル程で俺に触手が到達してしまうくらいには削り取られている。
諦めたくは無い。
だが、諦めざるを得ない程に力量差が現れた。
せめて、あいつに一矢報いてやりたい。
……ん?
一矢……?
「ははっ、これだ……!!」
俺の今までの炎は全て面の攻撃が主だった。
だが、この触手を壊すには面では足りなかった。
今俺に必要なのは点だ。
「収積し、反絶し、追速し、撃ち抜け、光条の熱よ。悉くを貫き俺の道を示せ!」
《憤怒》に意思を語り掛け、より動作が確実になるようにする。
突き出した手の先に炎が収束していくが、大きさは変わらない。
密度と熱が高まり、若干白がかった光を放っている。
そして収束した炎が臨界を迎え、弾き出される。
「《天穿灼煌光》!!」
眩い光を撒き散らしながら黒い触手を全て消し去り、アズールをも貫いた。
と思ったのだが、《天穿灼煌光》はアズールの少し手前で止まっていた。
「ふう、危ない」
「なっ……どうやったんだ!?」
「僕の《怠惰》には対象を減速させる力がある。そして、減速出来るという事は加速も出来るわけだ」
「ま、まさか……」
アズールの突き出した手が捻られ、スキルを呟いた瞬間。
「《滞反鏡燕返》」
「いってぇ!」
反射された天穿灼煌光がルクスの身体を貫いた。
付与された《怠惰》の魔力が再生を邪魔するが、貫通した部分は焦げているので止血の必要が無い。
「さあ、これで君の負けだ」
いつの間にかアズールが眼前に迫っていた。
肩には身長と同じほどの長さをした大剣が乗っている。
「はあ……俺の負けだ。あんな強いスキルを持ってる上に、こんな大剣も軽々振れるのかよ……。始祖ってすげえな」
「はは、君もいつか僕を超えられるよ。事実、ある時から僕はエレボスに勝てなくなったし」
エレボスは余程強かったんだろうな。
何がそこまでエレボスを突き動かしたのだろうか。
アズールに聞いたら答えてくれるかもしれない。
「なあ、そのある時ってのは何があったんだ?」
「伴侶である《嫉妬》のエリスが大怪我を負ったんだ。君にもいるだろう? エリスが傷付けられた事に大激怒してね。それから彼は少し、変わってしまったんだよ」
アズールが横にいるレアを見ながらそう説明してくれた。
確かに、もしレアが大怪我を負って目覚めなくなってしまったら、俺は怒りのままに全てを破壊する自信がある。
それは正に《憤怒》の罪に等しいかもしれないな。
いや、別にする気は無いが。
「まあ、余り詳しく教える事は出来ないんだけどね」
「そうだ、アバドンも詳細は教えてくれなかったんだが、理由はあるのか?」
「うーん、それも教えてあげられないかな。いつか、自分で身を以て知る事になると思うよ」
そう困ったように言いながら俺の肩をぽんと叩いた。
「悪夢を見ていたけど、君のおかげで目が覚めた。ありがとう。いつか、君が困った時には助けに行ってあげるよ」
「そうか。また、俺と戦ってくれよ」
「はは、いつでも良いよ。僕はとりあえず、アバドンのところに行かなければならない。じゃあね」
そう言ってアズールは俺の横を抜けて南、〈エンキュトス〉の方へと歩き出した。
「ありがとよ。またな」
アズールに感謝を告げ、レアと共に北へと歩いていく。
目指すは〈ノルディア〉。
暫くは王都から遠くで逃げていなければならない。
いつか俺もグラディウス帝国に行ってみたいものだが。
「ルクス、大丈夫?」
レアがまだ治り切っていない怪我を心配してくれる。
痛みはそこまで無いが、風が通って気持ち悪い。
「別に平気だが、服が破けたのだけどうにかしたいな。まあ、それよりもネックレスが無事で良かった」
そう言うとレアが嬉しそうにしている。
服はいくらでも買えば良いが、ネックレスはどうも壊れて欲しくないな。
しかし〈ノルディア〉は一回も行った事が無いからな。
何があるのか楽しみだ。




