第三十五話 《暴食》の始祖
「やあ。君達が今の《大罪》かな?」
男が奥の壁から現れ、そう問いを投げかけた。
恐らくだが、ここの創製者だろう。
身体中から魔力が溢れ出し、相当な強さを感じる。
「ああ。俺は《憤怒》の継承者のルクスだ」
「私は《嫉妬》のレア」
「オレは《暴食》のシトリーヌだ。……ん? ルクス? カイじゃないのか?」
シトリーヌがそう小声で聞いてくるが、今はその相手をしてやる余裕は無い。
仮にこの男が過去の《大罪》だとするのならば、戦っても勝てる未来は見えない。
だが、希望を捨てないためにも先手を取られるような真似はしたくない。
「そんなに警戒しなくても良いよ。僕は君達を害するような事はしない」
《憤怒》が敵意を感知しないので、その言葉を信じても良いのかもしれない。
欺ける術があるのかもしれないが。
「あんたがここを作った人か?」
「そうだよ。自己紹介をしてなかったね。僕は《暴食》の始祖、アバドンだよ。シトリーヌの力の根源さ」
シトリーヌが目を見開いて驚愕している。
それもそうだろう。
自分に力を与えている人が目の前にいるのだから。
「僕も昔は君のようにハルバードを振り回していたのだけど、今はもう死んでしまったからね」
死者が何故ここにいるんだよ。
見た目は完全に人間だし、目線や顔付き、その仕草も全てが人らしい。
「ならばお前は誰だ?」
「そうだね、簡単に言えば自律型の魔道具だよ。僕であって、僕ではない何かさ。だから《暴食》は未来に受け継がれたってわけ」
そう説明してくれたが、何を言っているのかさっぱり分からない。
自動で動く魔道具は存在しないはずだ。
これも過去に失われてしまった技術なのだろうか。
「詳細は説明出来ないけど、君達には奥で見せたいものがある。着いてきてくれ」
「まあ、それ以外行く場所も無いしな」
「行ってみっか」
通路をアバドンが先導し、その後ろに着いていく。
少し歩いた場所には開けた小さめの部屋があった。
本棚や資料が綺麗に整頓された机。
しかし、それ以上に目立つ物があった。
地面に突き刺さったままのハルバード。
それは、先程シトリーヌが振るっていた物に酷似していた。
「《喰斧デヴァウア》。僕が過去に使用していた禁罪封具だ。これをシトリーヌ、君に授けよう」
「お、オレ!? いや、でも、俺には《喰斧ヴォルガ》が……」
「君のそのヴォルガと僕のデヴァウアには対となる特性がある。ヴォルガは肉体を切るのに特化しているが、デヴァウアは相手の精神を削り取る事が出来る」
俺にとっての《怒剣ラグナ・レイジ》と《怒剣ネメシス》のようなものだろう。
怒剣にも何かしらの特性があるのだろうか。
俺には良く分からなかったが。
後でアバドンに聞いてみるか。
「まあ、そんなわけだ。是非とも有効活用してくれ。僕は君のような欲望に忠実に生きる者は好みだからね。やはり《暴食》に選ばれるだけはある」
「そうか……。なら、オレに力を貸してくれ」
デヴァウアにそう語りかけながら引き抜いた。
ネメシスの様に喋る事はしなかったが、それでも溢れ出る魔力がその存在感を醸し出している。
ふと思ったが、《大罪》ごとに専用武器があるのか?
《憤怒》は怒剣、《暴食》は喰斧、《色欲》は扇、《傲慢》も剣だったな。
ならば《嫉妬》と《強欲》には何があるんだ?
幸いにも片方はここにいるので聞いてみよう。
「なあ、レア。お前は俺とかシトリーヌみたいに武器は無いのか?」
「んー、分かんないし、見た事も無い。……強いて言うなら魔法?」
「それはお前が元々持ってたものじゃないか? 《嫉妬》を得てから変わった事とかは無いか?」
「ああ、それなら僕が教えてあげよう。《嫉妬》の禁罪封具は存在しない。だが、その代わりに特定の者を強化する事が出来る。正に今の君達のようにね」
マジかよ……。
この関係こそが《嫉妬》における武器だとでもいうのか?
確かに、嫉妬心や執着は強くなりそうなものだが……。
「そういえば、《憤怒》の禁罪封具は剣だったよね。エレボスの《怒剣ネメシス》、君が持ってるんだろう?」
「ああ。出てこい」
エレボスとアバドンがどんな関係だったのかは知らないが、ネメシスなら危機があっても何とかしてくれるだろ。
そう信頼してネメシスを呼び出す。
「どうした、連続で……。ふむ、アバドンではないか。ルクスよ。我をこいつに近づけるな」
やはり何かしらの因縁があるのか?
あえてアバドンに見せつけるように近づけてみる。
「おい! 近づけるなと言っておるだろうが! やめろ、こいつはな――」
「うわー! ネメシス、久しぶりだね! 今度こそ君をバラしても良い? 禁罪封具の中で自我を持ってるのは君だけだから、ずっと気になってるんだよね!」
何となくどういう事か分かった。
ネメシスが炎を出して脅しているので、仕方なくしまう。
「ちぇー、こんなに待ったのに。エレボスも結局見せてくれなかったしさ。あーあ、つまらない」
流石に自分の剣をバラされるのは嫌だろう……。
アバドンの上がり切ったテンションはすっかり冷めてしまった。
「ふう、君達、というかシトリーヌに見せたい物はこれだけだったんだけど、それで帰すのも忍びないからね。君たちがこれから、どうすれば他の《大罪》に勝てるのか教えてあげるよ」
アバドンの説明を要約すると、《怒剣ネメシス》や《喰斧デヴァウア》のようなものを禁罪封具と呼ぶ。
それは各地の迷宮に隠されており、手に入れるのは至難の業である。
しかし、手に入れれば相応の力を授かる事が出来るらしい。
別の《大罪》が持っても効果は発揮しないが、だからこそ勝ちたいならば全てを集めた方が良いとの事だ。
「最後にこれだけ教えてあげよう。他の《大罪》の位置だ。《憤怒》、《嫉妬》、《暴食》を除いた他の四つ、《傲慢》は〈ヴァルグレイア〉から南に移動している最中。《色欲》も南の帝国に向かっているね。《強欲》は王都ツェントラール。《怠惰》はここから北に真っ直ぐ向かった場所の湖にいる」
これはとんでもない情報をくれたな。
今一番俺の脅威と化しているのはやはり、《強欲》のロカ。
相変わらず王都にいやがるのか……。
そして新しく知った《怠惰》。
こいつは俺の敵なのか見極めなければならない。
ならば、俺達が向かうべきは北だ。
「以上だ。では、君達の武運を祈っている」
アバドンのその言葉と共に、急に足元が開いて穴に落とされる。
「はぁ!?」
「っ」
「うわっ」
そのまま数分穴に落ちていき、ようやく光が見えて来た。
勢いが唐突に無くなり、ふわっと外に出される。
ここは……【イグナ】の横辺りか?
ふっと後ろを振り返ってみるも、出て来た穴は無くなっていた。
「すげえな、どうやってこんな事を……」
「……多分だけど、この火山自体がアバドンの所有下にあるんだと思う。時間が経ちすぎて分からなかったけど、微かに《暴食》の魔力を感じる」
言われてみれば確かに……とも言えない。
余程希薄な魔力なのだろう。
だが、何はともあれ次の行先は決まった。
もう少しゆっくりしてから向かうか。
【罪焔聖妖胎界迷宮イグニス=ラグナ 管理室】にて。
「いやぁ、ごめんね。君達にはこの事実を伝えるわけにはいかない」
アバドンがそう呟きながら手にしているのは何かの資料。
題目にはこう書かれている。
『《大罪》の破滅と再生、その循環について』
アバドンにはこの先の未来が分かっていた。
それでも尚、信じるためにこうして現代まで意思を継いでいる。
過度に肩入れする事は出来ないが、それでも正かつ実なる者の再誕を待っていた。
過去の戦友、共に肩を並べて戦った親友を思い出して。
そしてアバドンは何かを誓うように、また小さく呟いた。
「今度は……。今度こそは、負けない」
それがアバドンの意思が生きている意味であり、望み、そして欲望。
アバドンもまた、欲望に忠実に生きている。




