第三十一話 〈観光都市エンキュトス〉
〈ヴァルグレイア〉での用はあらかた済んだため、次なる目的地を決める事にする。
「レア、どんな場所に行きたいとかはあるか?」
「うーん……見た事ないものが見たい」
何とも難しい事を言ってきたな。
見た事ないもの……。
……ああ、あれとか良いんじゃないだろうか。
「ここから西に一週間くらい行ったところにある〈観光都市エンキュトス〉はどうだ?」
「よく分かんないけど、面白そう」
まあ名前だけ聞いても何も分からないよな。
行先は決まったから、《運命の輪》の面々に暫しの別れを告げてくるか。
あいつらはどうせギルドにでもいるだろ。
エルナ達に目的地と今すぐ出立する事を伝えてきた。
エルナは少し寂しそうにしていたが、お揃いのブレスレットを渡してやると凄く喜んでくれた。
連れて行けないのは申し訳ないが、俺の周りにいては不幸を被る事になってしまう。
仕方が無い事ではあるため、俺に出来る事はさっさと強くなる事だろう。
当面の目標は憤怒の祖エレボスの怒りを理解する事。
到達は出来ずとも近くなる事が、俺の上達の近道だろうな。
「よし、レア。行くぞ」
待っていた馬車が来たため、レアを連れて乗る。
料金の金貨一枚を払って座席に座った。
〈エンキュトス〉は火山の麓に位置している観光都市であり、主な名物は温泉である。
大怪我を負った冒険者や呪いを受けた者の療養によく使われている。
呪いに効くかは若干怪しいが、以前ゼドが衰弱の呪いを喰らった時に行った事がある。
その時は確かに通常よりは治りが早かったような気がする。
「〈エンキュトス〉って何があるの?」
「大々的に見せているのは温泉だが、他にも鍛冶場なんかがあるそうだ。山の方では観光者が火の精霊を見たという情報もあった」
「へえ、凄いね。精霊がいるなら良い所なのかも」
そうか、レアは高位森精だから精霊が見えるのか。
精霊は自然と調和を図り、自然からの寵愛を受けた者しか見えないというのが通説だ。
俺には見えないだろうな。
「何か、そこでしか食べられない食事とかはある?」
「そうだな、確かそこでしか育たない植物があって、それを香辛料として使用した料理があったはずだ」
「美味しそう、楽しみ」
前々から思っていたが、レアは中々の美食家だよな。
高位森精には何かそういう性質があるのだろうか。
エンキュトスに着くまでに問題が起きなければ良いのだが。
一週間程の道程を経て、無事〈エンキュトス〉に着いた。
街に近づくにつれ、段々と《大罪》の魔力を感知していたのはレアも分かっていた。
街のどこかにいるのなら、姿くらいは見ておく必要があるかもしれないな。
「レア。どうする? 《大罪》を先に処理しておくか?」
「その方が良いかも。ゆっくり楽しみたい」
そうだな。
折角観光都市に来たというのに《大罪》がいるとなれば安心出来ない。
とりあえずはこの魔力を辿っていく事にするか。
《大罪》の魔力を追って行くと、その先は一軒の料亭だった。
食事中なのだろうか。
しかし、どうも騒がしいな。
暴れてるのか?
そんな一抹の不安を感じながらも扉を開け中に入ってみる。
一番に目に付いたのは、中央で複数の机に囲まれながら食事をしている長身の女性だった。
橙色をした短髪に、黄色のような瞳をしている。
「おい! 早くもっと飯持ってこい!」
そう厨房に向かって大声を出しながら料理を食べている。
これが《大罪》なのは間違いないが……。
「なんか、すごいね」
「ああ。とんでもないな」
机に置かれている料理の量が尋常じゃない。
数十人分はあるだろうか。
何故あのすらりとした身体に、それがどんどんと吸い込まれていくのかが不思議でならない。
とりあえず話しかけてみるか。
「なあ、食事中悪いんだけどさ、あんたが《大罪》の保持者で間違いないよな?」
「ん? ああ、アンタも《大罪》持ってんのか。おう、いいぜ、お前もここ座ってこれ食って良いぞ」
料理をかき込みながら机の上にある料理を指差す。
敵対的な意思は感じられないので、昼食がてら話でもしよう。
適当なところから椅子を持ってきて話しかける。
「じゃあ頂く事にするか。後で金は払う。俺はカイ、《憤怒》の継承者だ。隣のこいつはレアで《嫉妬》を持っている」
「そうか、オレぁシトリーヌだ。《暴食》を継承してる。よろしくな」
自己紹介をしながらも手は止まらず口へと向かっている。
俺が知りたいのはこいつが何のために活動しているかだ。
「シトリーヌ。お前は何が目的で《暴食》を手にしている?」
「オレはこの世の全ての飯を食べたい。いつでも、好きな時に自分が食べてえもんだけを食べて生きたい。だから、邪魔する奴は全員殺す。それがオレの信念だ」
成程。
積極的に人を害するつもりは無いが、自分を阻むならばそれは厭わないと。
こいつと敵対する必要は無さそうだな。
「それは随分と自分勝手で良いな。初めて初対面から戦闘にならなかったぞ」
「ハハ! まあ、何かしら自分のやりたい事をやるには他の《大罪》は邪魔だからな。勿論、お前がオレの邪魔をするなら例外じゃないが、何もしないならオレだって何もしないさ」
そりゃあ良い。
俺だって戦いたくて戦ってるわけではない。
こいつとは上手くやれそうだ。
「ちなみに、何でこんなに飯を食ってるのか聞いても良いか?」
「おう、構わない。オレぁここの近くの忌み子としてあの火山に捨てられたんだけどさ、その時に思ったんだよ。ああ、飯を腹いっぱい食いたかったなって。それで《暴食》を得て、でも飯を食わないと力が出ねえから、こうやってバカみたいに食べてんだ」
火山に捨てられるとは、何とも可哀想だな。
そう思っていると、シトリーヌの方からも質問が飛んで来た。
「ところでさ、アンタはそこの……レア? と一緒に何のために旅してんだ?」
「俺はもう何も奪われないように、何にも負けないように強くなって、世界の頂点に立つ。それが俺の目標だ」
「おお、良いね。だったら、あそこの火山に行くと良い。あそこには小さな迷宮があるんだけどさ、本当はあれもっと深い場所があるんだ。入口はオレも分かんねえけど、気配だけは感じる」
本当か……!?
確かに小さな迷宮があり、そこで産出される石がここの名物なはずだ。
しかし、当時のガルヴァン達でも攻略出来るくらいには簡単な迷宮だった。
それより下の階層がある……。
とんでもない事を教えてくれたな。
「後で確かめてみる。何で分かったんだ?」
「オレは目で魔力が見えるんだけど、魔力の流れがおかしいんだよ。下に階層が無いと有り得ない動きをしてる。まあ、魔力が見えるから忌み子だって言われてたんだけどな」
笑いながらそう話してくれるが、魔力が見えるというのは中々に稀有な才能だ。
以前一度だけ見た事があるが、王都にいた大魔導師とされる人物がその体質を持っていたはずだ。
村の人達には理解されなかったんだろうな。
「ありがとう。行ってみる」
「おう、オレは暫くこの街にいるから、困ったら呼んでくれ」
金貨を一枚渡して席を立つ。
レアが料理を腹いっぱい食べて満足そうな顔をしている。
何とも幸せそうで可愛いな。
とりあえずこの街での目標は決まったな。
まあ、明日で良いか。
今日は観光しよう。




