第三十話 《傲慢》たる故
シグは王立大書庫の中に入ると、そのまま部屋の隅へと向かって隠し扉を開けた。
成程、さっきはここから出て来たのか。
そう思いながら階段を下っていくと、ただただ大きいだけの部屋に出た。
本棚や机、椅子などはあるものの、広すぎる。
「さあ、ここなら外界へは何も影響は無い。存分に君の《大罪》とやらを見せてみるが良い」
シグが挑発するようにそう言ってくる。
既に《大罪》は発動させているようで、自信満々の様子がうかがえる。
「そうかよ。燃やし尽くせ、《怒炎顕現》!」
とりあえず《怒炎顕現》で様子見をしてみる。
しかし炎が消えた場所には、無傷のままのシグがいた。
「はっ、《憤怒》とやらはそんなものか? “やはり威勢だけの雑魚だな”」
そうシグの罵倒が放たれた瞬間、いきなり身体が重くなる。
どうやら俺の魔力出力と効率が落ちたようだ。
あいつの言葉がトリガーになってるみたいだな。
「この程度で粋がるなよ。こんなもんじゃないぞ」
《怒気解放》を発動させ、無理矢理出力を引き上げる。
それでも少しは落ちているな。
「来ないならこっちから行くまでだ」
シグがどこからか剣を取り出し、距離を詰めてくる。
こちらも《怒剣ラグナ・レイジ》を顕現させて対抗する。
左上方からの斬撃を受け止め、次の右からの横払いも防ぐ。
「おせえな。もっと速く出来ないのか? 退屈だぞ」
斬り合いの中で挑発してみる。
さて、どうなるかな。
「そうは言っても防ぐ一方ではないか。“勝ちの目を逃す弱者め”」
ふむ。
また更に出力が落ちた。
シグの傲岸不遜な態度を鑑みるに、こいつは《傲慢》なんだろうな。
相手を自分より格下だと断定する事による弱体化か。
長引くと厄介だな。
それはそれとして、中々苛ついてきたな。
「そこまで言うならこっちからも行ってやるよ! 《怒統環界》!」
《憤怒》の領域を展開して《傲慢》の魔力を押し返す。
少し出力が戻って来た。
そして勢いのままにシグへと斬りかかる。
剣で防がれるものの、押し切る事が出来そうだ。
だが、シグが後退したためあえなく空を切る。
「ふん、それだけ魔力を消費してようやくこのレベルか。確かに常人よりは強いかもしれないな。“だが、僕には敵わない”」
これで三回目の弱体化か。
そろそろ全力の半分程になってきた。
しかも、何やらシグの顔に自信がどんどんと増しているように思える。
「はは、どうやら君の負けは決まったようだ。出でよ、《奪越戴冠》!」
シグが《奪越戴冠》とやらを発動した瞬間に、シグの頭上に黄金に輝く王冠が現れ、シグの魔力が増大した。
ふむ。
これは少々不味い事態になったな。
「勝利に浸るにはまだ早いんじゃないか?」
とりあえず斬りかかってみる。
が、先程とは違い、拮抗している。
――いや、少しずつ押し負けている。
「おいおい、先程までの自信はどうした? これではセレネヴィア様は僕のものだな!」
その一言で少し頭が冷静になった。
そして、膨大な怒りが湧き出してくる。
レアをこいつに渡すだと?
有り得ない。
俺はここで、勝つ。
今こそあれの出番だ。
さっきのシグのようにバックステップで距離を取った。
《怒剣ラグナ・レイジ》をしまってから、心中に呼び掛ける。
「来い……《怒剣ネメシス》!」
地中から灼熱の炎と共にズズとせり上がって来た一本の黒剣――《怒剣ネメシス》。
そこまで時間は経っていないが、今ここで使う分には問題なさそうだ。
『憤怒の継承者ルクスよ。我が力を欲するか?』
ネメシスがそう問うてくる。
答えは勿論肯定だ。
「ああ、お前の力が必要だ。貸してくれるか?」
『当然だ。始祖エレボスの憤怒を身に宿すが良い』
ネメシスがその言葉を言い終えた瞬間に魔力が全身を駆け巡っていく。
身体が熱いな……!
これがエレボスの怒りか。
一体どれだけの艱難辛苦を経てこの怒りに辿り着いたのだろうか。
それを知る術は無いが、今確かに分かる事は、エレボスは俺の味方をしている。
これなら、勝てる。
「さあ、お前を地に伏す時が来たようだ」
「言っておけ。“今更君に勝機は無い”」
今《傲慢》の魔力を感じ取ったが、何も減少した気がしない。
恐らくだが、エレボスの怒りがシグの《傲慢》を弾いている。
それもそうだ。
始祖と継承者では天と地ほどの差がある。
ネメシスを手にシグへと斬りかかる。
受け止めるが、この剣は始祖の怒りを実体化した獄炎を纏っている。
仮に《傲慢》の剣だとしても受け止められるはずがない。
「なっ……!」
シグが目を見開いて眼前の事実を否定しようとする。
しかし、もう既に刃は首へと迫っている。
「ほら、お前はこれで一度死んだ。シグ、お前の負けだ。残念だったな」
「……まだだ。まだ僕は負けていない!」
使い物にならなくなった剣を消し、素手で殴りかかってくる。
お前がその気なら俺も素手で対応してやるよ。
「オラァ!」
シグの左頬に俺の拳がめり込む。
少し吹っ飛んでいくが、それでも尚向かってくる。
ふらつきながら、もう身体に力が入っていないというのに。
敗北を突き付けるためにももう一度殴り飛ばす。
少しの間転がり、もう起き上がらないかと思ったが、起き上がってくる。
もう勝てるはずもないのに。
「諦めろよ。お前の負けだ」
「……まだ、僕は死んでいない。僕は……常に他者の上に立つ者だ。敗北など許されない……!」
諦める事を知らないとでも言うかのようにまだこちらへと向かってくる。
せっかくならとどめでも刺してやろうと思ったが、静観していたレアが間に割り込んで来た。
「……シグ。貴方は負けたの。私のカイに」
「セレネヴィア様……。私は、貴方の横に相応しいと……そう、証明したかったのです……。このようなみっともない姿をお見せしてしまい申し訳ありません……」
「何故負けを認めないの? もう身体もボロボロで、勝てる事なんか絶対に有り得ないのに」
「私は……私は、《傲慢》を冠する者です。何時如何なる時も、私は頂点で居続けなければなりません。……それが、《傲慢》たる者の責務なのです」
《傲慢》の名の通り、プライドがあるのだろう。
実際、能力としても精神状況が強く左右するスキルであるから、相手に委縮してしまっては話にならない。
シグが強固な精神の持ち主である事だけは認めてやろう。
「……だったら、もっと強くなれば良いでしょ。貴方はまだ、死んでないんだから」
「いえ、私に敗北は許されません。……いっそ、殺してくれた方が楽なくらいに」
「何で? たった一回負けたから何だって言うの? 強くなっていつか勝ってやろうという気概は無いの? この意気地なし」
そう言われて困惑しているシグを見て、少し可哀想になってくる。
ボコボコにされた挙句に侮辱されるのか……。
「そんな簡単に諦める人が《傲慢》? 勘違いも甚だしい。強者に負けて満足するの?」
「そのような事は……。いえ、そうですね。私が間違っていました。……いずれ、いずれこの男に勝ってみせますので、その際には是非とも私の妃に」
「それはやだ。私はカイのものだから」
折角やる気を見せたというのに一瞬で挫かれてしまった。
可哀想に。
まあレアをやりたくは無いのでこれで良いのだが。
「はは、そうですか……。でしたら、いつか世界の頂へと、王へと成ります。貴方のような者が住みやすい世界を作ります。……待ってて下さい」
「あっそ。頑張って」
レアが興味無さ気にそう言い捨てた。
お前、止めたんじゃなかったのかよ……。
するとレアがもう出ようとでも言いたいかのように腕を引っ張ってくる。
まあもう勝負もついた事だしここにいる意味も無いな。
そう思って階段を登っていくと、シグが大声で話しかけて来た。
「カイ! 君は僕の好敵手としてやろう! 精々精進するが良い!」
「おいおい、お前は負けてんだろ。……まあ良いさ。邪魔しなければ相手してやるよ」
振り向かずにそう返しながら階段を上っていく。
シグはこれからどう成長するのか。
少し楽しみだな。
で、これ隠し扉って戻さなくて良いのだろうか。
階段を上り切ってから悩んでいたら、最初に見たあの仮面の男が対処するらしいので何とかなった。
こいつらの正体も気になるところだが、そこまで興味は無い。
さあ、次はどこの街に行こうか。




