第二十七話 【深潜夜装聯奧迷宮ノクティルム・ペスカ=オブスキュラ 第七階層】
騒動から五日経った。
特にやる事も無かったので、街の外へ散歩に行ったりエルナ達と店を回ったりしていた。
女性達がショッピングしている間、俺とフリードは暇だったので昼間から酒場に行って色々していたらしい。
断言出来ないのは、酒の飲み過ぎで記憶が飛んでしまった。
レアに何かされたか言われたかしたが、全く覚えていない。
「レア、そろそろ行くか?」
「ん。ちょっと待って」
どうしたんだろうか。
困惑していると、レアが少し屈むよう指示してくる。
目線を合わせて継続がきつい姿勢になると、不意にレアが抱き着いて来た。
そして何やらカチャリと金属音がした。
「これは……?」
「昨日、エルナとリーゼルと一緒に考えた。……ルクスには、これ、貰ったから」
自分の緑の石が付いたネックレスを見せながら、恥ずかしそうに俯いてそう呟いた。
俺がレアにあげた物のようにシンプルなデザインで、恐らくこれはローゼだろうか?
紅の宝石が付いており、互いに互いを象徴するような色をしているな。
「ありがとな、レア」
「私だと思って、ずっと、死ぬまで大事にして……?」
「はは。レアと同じ様に扱うんだったら、死んだ後も大切に保管しないとな」
「そこまでは、しなくても良いかも……いや、でも、うーん……」
悩み出してしまったので、手を取って外へ出る。
少し焦りながらもトコトコと着いてくる。
さて、【ノクティルム】の第七階層か。
第六階層まで攻略する必要があるのだろうか?
もしそうだったら面倒だな。
ギルドに着いたので、エーヴァルトの言っていた通り受付に真っすぐ向かう。
「すまない。カイだ。エーヴァルトとこの後予定があるんだが」
「カイ様ですね。エーヴァルト様から『準備は出来ているから、昨日と同じ部屋に来てほしい』との伝言を頼まれています」
「分かった」
言葉通りに二階の応接室へと向かう。
ノックをしてからドアを開けると、昨日と同じ様にエーヴァルトが座っていた。
「やあ、待たせてしまって申し訳ないね。昨日の夜、ようやく全部終わったんだ」
「別に構わない。ところで、【ノクティルム】は普通に第一階層から第六階層まで攻略するのか?」
「いや、ギルド長室に第七階層への隠されている転移魔法陣があるんだ。ギルド長室に入れるのは副ギルド長の僕と、ギルド長のイザークだけだからね」
!?
イザークといえば、研究の最中に行方不明になったのではなかったのだろうか。
確かに〈ヴァルグレイア支部〉のギルド長が誰かは明かされていなかったが、イザークだったのか……。
というか、そんな重大情報をこんな簡単に教えるなよ……。
「はは、そうか。イザークがギルド長というのは大衆には明かしていなかったね。まあ、僕は君を信用しているから、大丈夫だよ」
お前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃない。
何してくれてんだ……。
「ごめんごめん。ま、行こうか」
諦めてエーヴァルトの後を着いていく。
ギルド長室は三階にあるらしく、結界の張られた階段を通り抜けていく。
これがあるおかげで出入りが制限されているのだろう。
そのまま階段を上がった先はだだっ広い部屋だった。
「よっ、イザーク」
エーヴァルトが、すらりとした長身に黒の長髪で、眼鏡をかけている男性に話しかける。
これがイザークか。
「おお、エーヴァルト。そういえば今日だったか。転移魔法陣は起動してあるぞ。で、そっちにいるのがカイ君にレアさんか。この二人が《大罪》の所持者なのか?」
「ああ、そうだよ。《憤怒》と《嫉妬》だそうだ。これも運命なんだろうね」
運命だと?
第七階層にはその二つに関する何かがあるのか?
「ふむ。確かに先日【ノクティルム】で検知した三つの魔力の内二つと適合するな。となると残りのこれが《色欲》になるんだな。成程……」
何やら様々な書類や魔道具を机の上に広げて照合を始めた。
イザークは《大罪》について研究しているのだろうか。
そしていきなりこちらを向いて話しかけて来た。
「すまないが、一度僕を全力で殴ってみてくれないか?」
「は?」
何を言っているんだ?
死んでしまうぞ。
ボス級の魔物でもないと一撃で全身が灰になって終わりだ。
俺は別に人殺しになりたくはない。
「大丈夫だ。死にはしないから。頼む」
「……自分で言ったんだから文句は言うんじゃねえぞ」
《怒気解放》を発動させて、最大限まで加速させて殴りつけるのが一番だな。
《怒統環界》の方が魔力の廻りは良くなるのだが、感情が昂っている時にしか使えない。
少し力を溜めてからイザークを殴ると、ドゴォ! と爆音がして、案の定灰も残らず消えてしまった。
「おい、エーヴァルト。俺を人殺しにするんじゃねえぞ」
「ははは、問題無いさ。君は別に人殺しじゃない」
困惑していると、先程までイザークが立っていた場所に魔力が集まり、何事も無かったかのように立っている。
服装はそのままで、眼鏡もかけている。
強いて言えば髪が短くなったくらいだろうか。
一体何が起きたんだ?
「……ふう。成程、威力は常人の数十倍は優に超える。これは《大罪》にもなるわけだ」
未だ理解が追い付かず言葉が出ないままでいると、ずっと無言だったレアが口を開いた。
「貴方、もしかして人じゃないでしょ?」
「おや、ばれてしまったか。良い目を持っている。その通り、僕は人でありながら悪魔と成ってしまった」
悪魔……。
基本的には人に仇成す存在のはずなのだが。
しかし、人と混ざっているとは余計意味が分からなくなってきた。
「僕の欲しいデータは取れた。第七階層へ行くと良い。君達の役に立つかは分からないが、知っておくべき情報であると思う」
「そ、そうか。じゃあ、行く事にしよう」
考えても仕方がないので思考の外へ追いやる。
エーヴァルトが転移魔法陣のところで手招きしているので、そっちへと向かう。
そして転移魔法陣に乗り、眩い光に包まれた。
【|深潜夜装聯奧迷宮《アビサル・ノクス・ネクサ=メイズ》ノクティルム・ペスカ=オブスキュラ 第七階層】
光が収まったので閉じていた目を開ける。
やけに暗い。
これは夜……か?
辺りを見渡すと、背後にやけに大きい建造物がある事に気付いた。
非常に大きな城のようなものだ。
「な、なんだ……これ」
「私も最初に見た時はそういう反応になったよ。凄いよね。迷宮の下にこんなものが隠されているなんて」
王都にある城と比べても遜色ない程には立派だ。
手入れが行き届いていないのか所々ボロボロになってはいるが、それでも十分な城ではある。
「私が見せたいものはこの城の中にあるんだけど、まあ見た方が早いね。行こうか」
エーヴァルトの案内に従って城の中へと入っていく。
一番最初に目に入ったのは、入ってすぐの大広間の中央に刺さっている剣。
「これは、《怒剣ラグナ・レイジ》か?」
俺が最初に見た物と同じ、柄が白いもの。
これにはどこか既視感があった。
「……ああ、〈ダリウム〉近くの廃墟だ!」
確か〈ダリウム〉で調査依頼を受けた廃墟にあった物もこれだった。
だが、何故かここにある怒剣は蔦に巻かれており、床まで蔦が這っている。
まさかこれは《嫉妬》の蔦か?
そういえば、廃墟に《嫉妬》に関する碑文があった気がする。
何だったか……。
恐らく、『ラスト・エンヴィ──嫉妬、触れるなかれ』だったか?
もしかしたらここにも似た様な物があるかもしれない。
そう思って剣の周りよく見てみると、剣を中心に取り囲んでいる数本の柱の内一本まで蔦が這っている事に気付く。
「マジか……ここにもあんのかよ」
本当にあった。
しかも蔦に隠されていた。
「それは……石碑か。よく見つけたね?」
エーヴァルトも気付かなかったらしい。
兎も角、文を読んでみる。
『《憤怒》と《嫉妬》の道程は常に共に在る。これは過去から未来、別世界の全てに至るまで通ずる絶対である』
ふむ。
全く分からん。
いつも思うんだが、もう少し分かりやすく文に出来ないものだろうか。
そしてこれ以外に全く情報が無い。
「ねえ、カイ」
「ん? どうした。あと、今はルクスで良いぞ。こいつにはもう何を知られても関係無い」
石碑を眺めているエーヴァルトを横目にレアが話しかけて来た。
「分かった、ルクス。私、あの石碑に書いてるみたいなもの、どこかで見た事ある気がする」
「へえ。似た様な石碑を見た事があるのか?」
「いや、多分だけど何かの本だった。確か――『《憤怒》と《嫉妬》は正かつ実なる者である。何時如何なる時も二つは一つであり、共犯者となる。環なる運命によって世界は収束を回避する』みたいな感じだったと思う。間違ってたら、ごめん」
「間違ってても良いさ。……ん? 仮にそれが本当だとするんだったら、俺とお前はどの世界線においても共にいるって事か?」
「……確かに。私とルクスは、本当に、運命共同体だったってこと……?」
……マジかよ。
じゃあレアが俺に惹かれて、俺もレアに惹かれたのは必然だったのか……。
「ふふ……。じゃあ、何がどうなっても、私とルクスは一緒なんだね。……嬉しい」
微笑んでいるレアを見て、自然と俺も笑みが零れる。
確かに、こんな良い女と絶対に惹かれ合うのであれば、それは幸せな事だろうな。
ただ、色々と書いてある事を纏めると、どうも俺とレアには使命のようなものがありそうな気がする。
レアの言っていた『世界は収束を回避する』も、俺達が何かをする事で起きそうな結果なんだよな。
まあ、これ以上考える事は無いな。
仮に俺とレアを邪魔するものがいるならば、全て燃やし尽くすまでだ。




