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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十三章「失敗」
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対岸の火事

 僕はコンビニから急ぎ足で帰って来た。何故ならアパートには僕の「推し」である渡良瀬碧(ぐりんちゃん)が待っているからだ。


「ただいまー」

「あ、まっくんお帰りー!」


 玄関ドアを開けると桂が待っていた。だが……


「あれ? ぐりんちゃんは?」


 すると桂は、鬼の首でも取ったような不敵な笑みを一瞬だけ浮かべると


「あぁごめ~ん、ぐりんったら忙しいからってさっき帰っちゃった!」


 うわぁっ、何て事だ! 桂に一杯食わされた。


「あ、彼氏さんにもよろしくって言ってたよ……残念だったね」

「うわぁ……せっかく新年早々、国民的アイドルと一緒に居られたのに」

「おい! 私もその国民的アイドルの一人だぞ」


 そう言うと桂はムッとした表情で僕の口にみかんを押し付けた。いや……推しは推し、恋人は恋人だよ。推しとの時間を大切にしたっていいじゃないか!



 ※※※※※※※



 桂が僕をコンビニに行かせた理由……それは僕とぐりんちゃんを引き離したかったのが理由だろうが、それよりも僕に聞かれては困る話をしていたに違いない。なのでこの話について僕は一切触れない事にした。ところが、


「ねぇまっくん、ぐりんと何の話してたか気になる?」


 うわっ、まるで僕の心を見透かしたかのように桂が聞いてきた。そりゃカンリバのメンバー同士で話す内容だったらファンとして興味が無い……何て事は絶対に有り得ない。


「そ、そりゃ……」


 本当なら食い気味に話を聞きたい所だが、僕は少し見栄を張って「まぁ話したいんなら……」位のスタンスで桂の話を聞いた。ところが、


「実はね、ゆめのんの話なんだけど……」


 桂の口から予想だにしない名前が出てきた。ゆめのんとはカントリバースの元メンバー「荒川夢乃」の事だ。カンリバの絶対的リーダーだったのだが去年の四月、過去に枕営業をしていたという疑惑が発覚。さらに疑惑に対する弁明も行われないまま自殺未遂を起こしてしまった。

 カンリバとしては初めてで、しかも大きなスキャンダル。彼女は一命を取り留めたもののグループを卒業ではなく脱退、実質的な解雇となり芸能界も引退。その後の消息は不明……の筈だが、


「えっ、連絡取っているの?」

「もちろん、今でも時々ニャインしてるわよ」


 そうなんだ……これはファンも知らない情報だぞ!


「今はね、山梨でひっそりと暮らしてるみたいなの! でも何でだろうね?」

「え? 何でって?」

「あの子、山梨には親戚も居ないし縁もゆかりも無いのよ」

「て事は独り暮らし?」

「ううん、一般家庭に居候してるらしいよ……よくわかんないけど」

「へぇー」

「しかも、たまに長文のニャインが送られてきて『オバサンかよ!』っていう時があるんだよね……実は別人じゃないかってメンバーと話してる」


 山梨か……そういやSNSでそんな噂が流れていた事もあったっけ。


「で、ゆめのんがどうしたの?」

「そうそう! 最近ゆめのんに、マスコミ関係者らしい男たちが付き纏っているんだって! 何か枕営業疑惑の『真相』をばらすって脅しを掛けているみたいなの」


 真相? 何だよ、あの事件って僕たちの知らない事実がまだあったのか?


「えっ、何それ?」

「それは私たちも知らないんだけどね! たださぁ、ゆめのんってもう引退して一般人じゃない? なのに昔の話を今さらほじくり返されて迷惑な話だよね」


 まぁ確かに……当時は公人と同じ扱いだっただろうが今は一般人。そんな人に過去の話を持ち出したり、ましてや脅しを掛けるなど言語道断!

 ただ……それって荒川夢乃(ゆめのん)個人に関する話であって、桂や渡良瀬碧(ぐりんちゃん)には直接関係する事では無いと思うのだが。


「でもさぁ、何でゆめのんがその話を……」

「それなんだけどね……ゆめのんにその男たちが近付いたのって、ちょうど私たちが前の事務所から独立して新事務所を立ち上げる時期と重なるのよ」

「えっ、でもそれって偶然かも……」

「私たちもそう思いたいんだけどね……でも」


 桂の話では、去年の十二月二十四日……カントリバースの再活動と新体制発表の記者会見が行われた日からその男たちの行動が過激になって来たらしい。初めのうちは真相を確認したい……という事だったが、記者会見の後からは明らかにカンリバを潰す……というニュアンスに変わっていったそうだ。


「で、メンバーにニャインが来た……と」

「うん、特にぐりん限定でね! ぐりんが松木と付き合ってる事はゆめのんも知ってるから、一番ヤバいと思ったんじゃない?」


 松木とはぐりんちゃんの彼氏でカンリバのマネージャーのひとりだ。


「で、ぐりんが私にも警告してきたって事!」


 なるほど、ゆめのんは僕の存在を知らない。もしその男たちの目的がカンリバの解散なら、当然他のメンバーのスキャンダルも嗅ぎ付けて来るだろう。そうなってくるとターゲットは彼氏がいるぐりんちゃん、そして桂こと相模絵美菜で間違いない。だから今日、ぐりんちゃんがわざわざ家にやって来たのか?


 その様な卑劣な手段でカンリバを潰そうとする勢力……誰なのか何となく想像は付くが、まだ今の段階では確証が得られない。

 待てよ? という事は僕たちの関係がその「謎の勢力」にバレたらカンリバが潰される事になるのでは? おいおい、そしたら僕がカンリバ解散の「犯人」になってしまうのでは? うわぁ、責任重大だ! 今まで以上に気を引き締めないと!


「まっくーん! おせちも飽きたからさぁ、今夜ファミレスにでも行かない?」

「いやいや、キミは何を聞いていたんだ!? 不用意に出歩いたらマズいでしょ」


 この時、僕も桂も危機感は一応持っていた。ただそれは「対岸の火事」程度の感覚で、怖いと思いつつもまさか自分の家にまでやって来る……などとは正直夢にも思ってはいなかった。


「えーつまんないの! じゃあさ、まだ今年の初Hしてないから……しよ!」

「まだ早いよ! 晩ご飯も食べて無い時間帯なのに……」

「いいじゃーん! 私、明日から仕事だもん! しばらく出来なくなっちゃうよ」

「えぇーっ?」


 例え対岸の火事でも、火の粉が飛んでくる確率はゼロでは無い……しかもどのような形で飛んでくるかなど、ベッドの上でキスをしている今の僕たちには想像だに出来なかった。

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