メイドの学校
「エンマちゃーん! 練習終わりましたー! いつでもOKでーす!」
かつて桂が働いてたメイド喫茶「Sun’s」のメイドたちが、桂こと相模絵美菜の前でライブパフォーマンスを披露することになった。準備が整ったという事で店長のエンマちゃんを呼ぶと彼……いや彼女はPAシステムを操作し始めた。
店内に大音量の曲が響き渡り、彼女たちのパフォーマンスが始まった。一糸乱れぬダンス、そして歌唱……本格的なアイドルと変わらないレベルだ。
更に驚いたのが、この店にいるメイドのほとんどがステージに立っているという事……参加していない子も照明や、エンマちゃんに代わってPAを操作している。これに加えて普段は調理や接客……もしかすると不可能が何も無い、万能メイドの集団なのかも知れない。
「この子たちはね~、全員アイドルを目指しているのよ~」
大音量の中、エンマちゃんが僕に耳打ちした。
「彼女たちの中には作詞作曲や振付の得意な子もいてね、この歌も彼女たちのオリジナルよ」
そうなんだ……でも何でこの店ではメイドに全てをやらせるのだろうか?
〝♪ジャーン!〟
「ありがとうございましたー! ご主人様、お嬢様、いかがでしたか?」
曲が終わり、メイドたちが横一列で並ぶと深々と頭を下げた。普段は調理や接客に携わるメイドも居るため、全員でパフォーマンスをした事が無いそうだ。先程までバックヤードに籠っていたのは、今回のステージのため新たにフォーメーションを組み直していたらしい。こう言っては失礼だが、メイド喫茶の従業員がサービスの一環としてやっているステージとは思えないクオリティで満足した。
桂は僕の隣でノリノリになって聞いていた。メイドたちから感想を聞かれると彼女は、にこやかな表情をしながら
「うん、とっても良かったよ! 歌もダンスも上手! なのでもう少しだけレベルアップする方法を言うね!」
メイドたちを褒め称えていたが、急に真剣な表情になると
「ええっと……そこのアナタ! ソロパートの部分、高音がちょっと伸びて無かったでしょ? ボイトレやってる?」
「あ……はい」
「とりあえず頑張ってみてね! もし無理だったら他の子とパートをチェンジしても良いと思うよ! えっと……そこのアナタ」
「はっ、はい!」
「振付けの最後……止めの時、指先が少し動いてたでしょ?」
「すっ、すみません!」
「謝らなくてもいいけど……ダンスは動いてる時より静止している時の方がお客さんに注目されやすいの! だから指先ひとつでも力抜いたら駄目よ」
「はいっ、ありがとうございます!」
メイドの一人一人に対し次々と駄目だった所を指摘した。凄いな、細かい所までちゃんと見ていたんだ。
※※※※※※※
「ありがとうございましたー!」
全員分の改善点を指摘した桂……ではなく相模絵美菜にメイドたちが深々と頭を下げた。すると、
〝パンッ!〟〝パパンッ!〟
「お嬢様! お誕生日おめでとうございまーす!」
メイドたちはサプライズで桂こと相模絵美菜の誕生日をお祝いしてくれた。全員隠し持っていたクラッカーを鳴らすとバースディソングを歌い始めた……どうやらステージの準備に時間が掛かったのはこれも原因だったようだ。
「えーっ! ありがとー! うれしい!」
大喜びした桂はメイドたちと握手をしたり、チェキを使った記念撮影に応じていた……ちょっとした生誕祭だ。しばらくメイドたちと交流していると店長のエンマちゃんが、
「はいはーい、みんなお疲れ~! 今日はこのまま臨時休業にするけど~、今回は全員定時扱いにしとくからタイムカードは打たないでね~! 後で私が全員分打っておくわ~!」
「はいっ! ありがとうございまーす!」
「早番の子はそのまま帰っていいわ~! 遅番の子は片付けと掃除をしてから帰ってね~!」
「はいっ! お疲れ様でしたー!」
「今日は定時扱いにするけど~、みんな! びーなすから指摘されたことはちゃんと直しておいてね~!」
「はいっ!」
エンマちゃんの指示で、メイドたちはテキパキと食器の片付けや店内の掃除を始めた。その姿はまるで、本物のメイドがそこに居るかのようだった。その時、エンマちゃんが僕の心を読んだかの様にこう聞いてきた。
「この子たち、手際が良いでしょ?」
「え、えぇ」
「何でこの子たちに料理や掃除をやらせているか……わかる?」
ずっと気になっていた。普通のメイド喫茶なら厨房は専門のスタッフ……男性が働いている可能性だってある。店内清掃位はするかもしれないが、これだって専門業者に頼んでもおかしくない。
「あの子たちはね、本格的なアイドルとしてメジャーデビューを目指してるの」
いや、それと調理に何の関係が? そこへ桂が茶々を入れてきた。
「へーそうなんだすごーい!」
「誰のせいだと思ってんのよ!? OGのアンタがここまで売れちゃったから『びーなすになりたい』って子がウチに入って来る様になったのよ」
「じゃいいじゃん! 従業員不足は無いでしょ?」
「ま、まぁね……でも現実は厳しいのよ」
――?
「アイドルとしてメジャーデビュー出来る子なんてほんの一握り……ほとんどの子は地下アイドルや、それにすらなれない子だっているのよ」
まぁ、普通に考えてそうだろうな。
「縦しんば(アイドルに)なれたとしても、寿命は短いのよ」
「えっ?」
「人生の長さに比べたらアイドルなんてほんの一瞬、ほとんどがアイドルじゃない時間なの! そんな時間に『私は歌と踊り以外何も出来ませーん』って子……最悪でしょ~!?」
「ま、まぁ……そうですね」
「だからさぁ~! あの子たちが夢破れたり……夢から覚めた時でも安心出来るように、今こうやって色々教えてやってんのよ! 料理や掃除が得意だったら、結婚でも再就職でも困ることは無いでしょ?」
そうか、この人はメイドたちの「第二の人生」まで面倒見てやってるんだ。ある意味「メイドの学校」だな?
「それは桂ちゃんも一緒! この子だって一生アイドルを続けられる訳じゃ無い、何時かは卒業……もしかすると芸能界を引退することだってあり得るのよ」
さっきまで茶々を入れたりおふざけモードだった桂が、いつの間にかエンマちゃんの話を真剣に聞いていた。
「その時は鶴見さん……ね、わかってるでしょ?」
え? 僕は最初、この人が何を言いたいのかわからなかった。だが桂が席を離れて二人きりになった時の事を思い出した瞬間、全てを悟った。
エンマちゃんは僕に、桂には「愛される」事が必要だと語った。今はファンから愛されているが、彼女がアイドルを辞めた時……ずっと傍に居て愛してくれる人が必要だとも。しかもアイドルの寿命はほんの一瞬で残りの人生……つまり、
この人は僕に恋人ではなく「結婚」を促しているに違いない!
とは言っても……僕たちはつい先日付き合い始めたばかりだし、これから先の事などまだわからない。だからと言って決して軽い気持ちで付き合っている訳でも無い。今はもっと、過去では無い「今の桂」「本当の桂」を知りたいと思っている。
隣に座る桂の顔をそうっと見たら目が合ってしまった。目が合った瞬間、僕の心の中に今まで感じた事の無い「不思議な感情」が現れた気がした。
※※※※※※※
「桂ちゃ~ん、今日はありがとね~!」
「こっちこそありがとうエンマちゃん! タダでごちそうになっちゃって」
「いいのよ~! 今回はウチの子たちのレッスン料って事で~」
「すみません僕まで……」
「構わないわ~! その代わり、桂ちゃんの事……よろしくね~」
「あっ……はい」
「また何時でも二人でご帰宅してね~! それじゃご主人様お嬢様~、良いクリスマスを~! いってらっしゃ~い……チュッ」
結局……夕方になるまでメイド喫茶に居座ってしまった僕たちは、全員が「本当のご帰宅」をしたメイドに代わって冥土の大王の投げキッスで見送られた。しかも仕事終わりのエンマちゃんが、次の目的地まで自分の車で送ってくれたのだ。お陰で誰とも会わずに移動出来た……至れり尽くせりで申し訳無い。
辺りはすっかり夜の景色に変わっていた。ここは酒匂梅子に紹介してもらった所謂「隠れ家的」なお店だ。今日のクリスマスデート、最後はこのお店の個室でディナーの予定なのだが……普段の僕なら絶対に入る事が無いであろう、敷居の高いお店だ。まだ桂と知り合う前にお金を貯めておいて良かった。
「こちらでございます」
案内されて入った個室は想像と少し違っていた。僕はてっきりフレンチか懐石料理だと勝手に思い込んでいたのだが、どうやら鉄板焼きの店の様だ。鉄板焼きと言えば夜景の見える大きなカウンター席に座って、目の前でシェフが焼いてくれる姿をショー的に見て楽しむイメージがあるのだが……
四方を壁で遮られ落ち着いた雰囲気の個室の中、六人掛け位のテーブルに囲まれて鉄板が置かれている。これって接待とかで使われる部屋じゃないのか? 鉄板の前には既にシェフが待ち構えていた。えっ、もしかして僕たち二人だけのために焼いてくれるって事? 何て贅沢な……しかも、
「いらっしゃいませ、お待ち申し上げておりました」
僕たちを迎えてくれたシェフは……女性? しかもこのシェフの顔を見た桂が驚きの声を上げた。
「あ、あれぇ!? もしかして……四葉さん?」
「え? あっ、桂ちゃんだったの!? お久しぶり~」
桂とは久々の再会だった様だが……何者?
※※※※※※※
「紹介するね、Sun’sで働いてた時の先輩だった小名木四葉さん」
サンズって……あのメイド喫茶の事か。
「さっきまで店で遊んでたんだよ」
「本当? エンマちゃん元気だった?」
「近くまで車で送ってもらったよ」
「えぇっ!? だったら挨拶に行きたかったなぁ」
どうやらシェフの小名木さんは、桂がまだ中学生……家出少女だった時、一緒に厨房で働いていたらしい。よく見ると美人のお姉さんといった感じだが……メイドとしても働いていたのだろうか?
「桂ちゃんがスカウトされた時は既に辞めていたんですけどね、私もアイドル目指していたんですよ」
「そうだったんですか」
「まぁ私はアイドルの夢を諦めたんですけど、料理の腕を買われて色々なお店で修行していまして……」
エンマちゃんが言ってた通りの人がここに居た!
「色々とやってみて、鉄板焼きは一番相性が良かったんですよ……お客様の前でパフォーマンスをして、お客様に満足していただける……これって何かアイドルと似ているなって! だから今では、このお仕事が天職だと思っていますよ」
小名木さんは澄んだ目をしながら笑顔でそう語った。人生なんてどう転ぶかわからない、夢破れて……と思っていたら、そっちが自分の生きる道だった……なんて事もあり得るんだ。
「それでは、始めさせていただきます」
僕たちも、これからどんな人生が待ち構えているのだろう? とりあえず目の前に現れた運命に抗う事無く、前を向いて一つ一つ突破して行こう。
「四葉さーん! 私、もんじゃ焼きが食べたい」
「……だったら月島に行きなさい」




