エンマちゃん
突然入ったメイド喫茶、恩人だという店長……つまりこの店は桂にとって、
「昔ね、このお店で働いていたのよ」
まぁそういう事だろう。よく見ると店内の壁には桂こと相模絵美菜のサイン色紙もしっかり掲げてあった。
「おいしくなぁれ! 萌え萌え~、きゅ~ん!」
僕はメイド喫茶に入るのが初めてだがこのセリフ、そして演出は何となく知っている。桂が来た事で店長の「エンマちゃん」こと滑川さんが急遽店を貸し切りにしたため、この時店内に居たミニスカメイドが全員集まって来た。
「あ、あの! お、お嬢さ……ま……」
「びーなすでいいわよ! そういえばアナタ、サイン欲しいって言ってたよね?」
「あっはいっ! ありがとうございます!」
桂の「神対応」にメイドたちは仕事……いや、キャラを忘れて大喜びしていた。
「私もサインいいですかー?」
「私もー!」
「えーっと……じゃあ先に食事済ませてからでいいかな? 冷めちゃうし」
「あぁすみません、ごゆっくりどうぞ! マネージャーさ……あっ、ごめんなさいご主人様も」
メイドたちは多少緊張しているみたいだが……えっ、マネージャー!?
「どうしたの? 温かいうちに食べなよ鶴見マネージャー!」
――そういう事だったのか!?
今、僕はカジュアルスーツを着て桂と向かい合わせで座っている。このスーツは彼女に「これ着て」と指定されたのだ。しかも入店するまでの間、桂から「重いからこれ持ってくれる?」と頼まれ彼女のバッグを持っていた。
そうか! 僕はこのメイドたちから『相模絵美菜のマネージャー』として見られていた……だから騒がれたり怪しまれなかったんだ!
まぁ確かに……僕なんかが国民的アイドルの隣に立った所で、世間は僕の事を恋人だなんて思わないよな。なのにずっと彼氏面していて……僕はちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。
僕が凹んでいると、一人のメイドが僕たちのテーブルにやって来た。
「ご主人様、お嬢様、お味の方はいかがですか?」
僕はメイド喫茶の定番、オムライスを注文していた……先程の「萌え萌えきゅ~ん」でミニスカメイドがケチャップ使ってお絵描きしていた奴だ。ところが出された物は想像と違う、ふわふわの卵で作った所謂タンポポオムライスだった。
桂はパスタを注文していた。それも市販のソースを掛けただけ……ではない、高級なイタリアンで出されても違和感がない位のトマトパスタだ。パフォーマンスが売りであるメイド喫茶で、まさかここまで本格的な料理が出てくるとは夢にも思わなかった。しかも……
「すごく美味しい! 料理お上手ね」
「あっ、ありがとうございますぅ~!」
えっ、もしかして目の前にいるこのメイドさんが作ったの!? そういえばこの人……ミニスカメイド服のオシャレなエプロンではなく、実際に厨房で着けるようなエプロンをしている。厨房エプロンをしたメイドが去ると桂が、
「このお店はちょっと変わっていてね、フードやドリンクも全てここに居るメイドさんが作っているのよ」
え? メイド喫茶のメイドって接客専門で、調理は専門のバイトとかが作っていると思っていたのだが。
「常連さんはね、お気に入りのメイドさんに作ってもらうことも出来るのよ」
それはチェキ撮影以上に嬉しいサービスじゃないのか……って、
「あれ? もしかして……」
「そうよ! 気が付かなかった?」
桂は得意気な顔をした。そういえば桂と同棲生活をしている間、バイトや講師の仕事で家を空けている僕に代わり彼女が家の食事を主に作っていた。一流料理人というレベルでは無いが、彼女が作る料理はどれも平均点以上に美味しい。
しかも料理を作る手際が良い! 確かに何故だろうと思ったことはあったが……そうか、ここで鍛えられたんだ。
「最初の頃はね、ずっと裏(厨房)ばかりやらされてたのよ! 早くメイド服着て接客したかったのに……本っっっ当に嫌だったわ!」
桂が不満を漏らしていると、
「当たり前でしょ~、あの時はアンタを表に出せなかったんだから~」
後ろからいきなり桂の頭を鷲掴みしたのは……店長のエンマちゃんだ。どうやら仕事が一段落したらしい。
「あっそうだびーなす! ちょっと頼まれてもいいかしら?」
「えっ、何を?」
「みんな~! ちょっと集合して~!」
すると彼(彼女?)は桂の疑問に答える間も無く、店内に居たミニスカメイドを全員呼び寄せた。
「今日は貸し切りにしたし~、この子たちのステージを見てくれない~? せっかくこうやって現役アイドルが来てるんだし~、良い機会だからプロの目から色々と指導してもらえると嬉しいんだけど~」
「よろしくお願いしまーす!」
何とエンマちゃんは桂に、メイドたちのステージの指導をしてもらいたいと言い出したのだ。そういえばメイド喫茶やコンカフェにはステージを設けている店もある……この店もご多分に漏れず設置されている。恐らくここでメイドたちによるライブが披露され、中には本気でアイドルを目指す子もいるのだろう。
「先生! よろしくね~」
「まぁエンマちゃんの頼みじゃ断れないけど、先生って……私、彼女たちとほとんど年変わらないよ!」
噓つけ……二歳サバ読んでるじゃねーか!?
「オッケーね? じゃあみんな~! こっち(僕たちの接客)はいいから、ライブの練習してらっしゃ~い!」
「はーい!」
※※※※※※※
メイドたちがバックヤードに戻ると店内は僕と桂、そして店長のエンマちゃんの三人だけとなった。
「さて……と」
エンマちゃんは桂の隣に座ると、僕に向かってこう話し掛けてきた。
「ところで、アナタはどういう……」
マズい、僕に桂との関係を聞いてきた! 僕は咄嗟に、
「あぁ初めまして! 私は相模絵美菜のマネージャーで……」
さっき知り得た「設定」を早速使ってみた。
「あらそう? じゃあお名刺を頂けるかしら?」
しまった! そんな事まで考えていなかった! 僕がしどろもどろになるとエンマちゃんはニヤニヤしながら、
「わかってるわよぉ~彼氏さんでしょ? オ・ミ・ト・オ・シよ!」
うわぁ、バレてやがる。
「噓つくと~舌を抜いちゃうぞ~!」
なるほど、エンマだけに……。
「ついでに~下(下腹部)も抜いちゃうぞ~!」
――下ネタかよ!?
「まぁ冗談はさて置いて、この子には前から言ってあったのよ~『彼氏出来たら連れて来い』って!」
「そ、そうだったんですか?」
「て事はアナタ……この子の本名を知ってるわよね?」
「え、えぇ……」
本名を知っている……どういう意味だ?
「もちろん、この子が過去にどんな経験をしたかって事も……よね?」
――!?
過去という事は当然、桂が性被害に遭っていた……という話に違いない。するとエンマちゃんはさっきまでのおちゃらけた表情から一転して真顔になり、落ち着いた声のトーンで僕にこう切り出してきた。
「アナタには……どうしても知ってもらいたい事があるの」




