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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十二章「逢瀬」
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神田君……再び

 

「ねぇまっくん、そろそろお腹空かない?」


 しばらく秋葉原の街を散策していると、桂が突然そう言い出してきた。だが時刻は午前十一時過ぎ……まだ昼食には早い時間だ。


 夕食は既に店を押さえてある。よく芸能人がお忍びで利用するという個室付きのレストランだ。これは食通でもある酒匂梅子に予約をお願いした。

 普通は当日の予約など絶対に無理な店……だがオーナーが知り合いだという梅子の口利きで、たまたまキャンセルが出た所に予約を入れる事が出来た……と先ほど彼女からニャインで連絡があった。


 ただ、昼食に関しては完全にノープランだ。有名人とお忍びデート……ランチタイムに混雑する飲食店へ入ったら、例え桂の変装が完璧だったとしても客の一人二人は気が付くだろう。そうなると、どの様な結果になるか容易に想像が出来る。

 とりあえず僕がファストフードのテイクアウトかコンビニで何か買って、どこか適当な場所で食べれば良いかと思っていたのだが……国民的アイドルに立ち食いを強要するのもどうかと思う。ところが、


「何か食べたいものあるの? 僕が買ってくるけど……」

「いいよいいよ、私のお目当てはすぐそこだから」


 えっ、行きつけの店でもあるのか? すると桂はある建物の前で立ち止まった。


 ここは……まさか?


「これ食べたーい」


 桂が指差したのは「おでんの自動販売機」だった。



 ※※※※※※※



 どういう訳か秋葉原で流行っている「おでん缶」、何と桂はこれを食べたいと言い出したのだ。


 日本ではクリスマスの盛り上がりはイブである二十四日がピークだ。今日二十五日は何も無い日常に戻っている。

 とはいえ今日はクリスマス当日、そして鮎川桂の誕生日でもある……そんな日におでん缶を? いや……おでん缶を下に見る訳では無いが、こんな日に道端でおでん缶とは……ちょっと寂しい気分にならないか?


「懐かしいなぁ、これ!」

「えっ?」

「ライブが終わるといつもここで食べてたんだよねー!」


 桂の話だと……彼女たちカントリバースがデビューして間もない頃、ライブ終わりの所謂「打ち上げ」をいつもこの自販機前で行っていたらしい。

 もちろん付近にはファミレスやファストフード店がある。だが新人で収入がほとんどなかった彼女たちは、その様な店にすら入る事が出来ず止む無くここでおでん缶を買い……しかも一缶を二人でシェアして食べていたらしい。


「はぁ、やっと一人で一個買える様になったわ! 出世したなぁー私!」


 桂は迷う事無くおでん缶を二個買うと、その内の一つを僕に渡した。そういえば僕は秋葉原に何度も来ていたが、このおでん缶という物は食べたことがなかった。

 昼とはいえ十二月末の外は冷える。缶の温かさが手に伝わるだけで、温度と一緒に期待値も上昇する。


「あれ? そういえば箸無いけど……どうやって食べるの?」

「知らないの!? まずスープを少しだけ飲む! 次にこんにゃくを食べてから刺さっていた串を使って残りのおでん種を食べるのよ」

「そうなんだ……あっ、美味(うま)っ!」


 なるほど、生活の知恵だな。僕はデビュー当時のカンリバメンバーが、この場所でおでん缶片手に談笑している姿を想像していた。きっとこの缶詰には彼女たちの夢も詰まっていたのだろう。



 ※※※※※※※



 小腹も満たし、再び秋葉原の街を歩いていると……反対方向から大学生らしい若者が一人、こちらに向かって歩いていた。僕はその学生の顔を見た途端、思わず視線を逸らしてしまった。


 ――ここで会っては駄目な奴だ!


 僕はその学生に見覚えがある。彼は神田君といって今年の夏に行われたカンリバ東京ドーム公演の際、舞台設営のバイトを一緒にやった仲間である。そして、とてもマズい事に彼も……


 カンリ人(カンリバファン)、しかも桂こと相模絵美菜の熱狂的ファン……()()()()()()だ!


 神田君は僕がカンリ人だという事を知らない。なのに僕の隣には彼の「推し」である相模絵美菜が居る! 一般人でもバレたら大変なのにカンリ人、そしてびーなす推しの神田君にバレたら想像出来ない様な修羅場が待っている気がする……しかも推しなら、多少の変装なんてごまかせないであろう。


 どうする? 気付かれる前に別の道へ移動するか……そう思っていたら、


「あれ!? 鶴見さんじゃないですかー!」


 神田君に気付かれた……こりゃ詰んだかも?



 ※※※※※※※



「お久しぶりです! あの時はお世話になりました」


 神田君は体が細くひ弱そうな体型だ。舞台設営の時、重量物が持てなかった彼を手伝ってあげたのが知り合ったキッカケだ。

 神田君はカンリバ、そしてびーなすの事を語っている間は目をキラキラさせている……が、それ以外は死んだ魚の様な目をしている。今、目の前にいる彼はまさに目を輝かせている状態だが……


「久しぶりだね! ところで、今日は何か良い事でもあったの?」


 僕の問い掛けに神田君は一瞬驚いた表情を見せたが、何かを思い出した様に


「あぁそっか、鶴見さんはカンリ人じゃないからご存じないですよね?」


 いや本当はカンリ人なのだが……しかも相模絵美菜(メンバー)が認める古参らしい。


「今日は十二月二十五日、びーなすの誕生日なんですよ!」


 あぁそういう事か! それで今の君の格好に納得いったよ。


 神田君は推しである相模絵美菜(びーなす)のメンバーカラー・水色の法被を着て、うちわなどの所謂「推し活グッズ」に身を包んで……完全にライブへ参戦する態勢だ。

 だが今日、カンリバのライブは行われる筈が無い。そりゃそうだ、当のカンリバメンバーが神田君の目の前にいるのだから! なのに彼がライブ参戦の完全武装をしている、という事は……


「この近くでびーなすの()()()が行われるんですよ! ボクは今年、実行委員会のメンバーなので今から準備に行くんですよ!」


 やっぱりそうか……。


 アイドルなどの推し活では、推しの誕生日を「生誕祭」と称して祝う事が通例となっている。中には公式が主催してアイドル本人が登場する生誕祭もあるが、カンリバの場合は本人不在でファンが自主的に行っている。

 それにしても……ライブ会場以外で着ると明らかに浮いてしまう格好だが、それでも違和感を覚えないのがこの街の凄い所だ。


「そ、そうなんだ……楽しんできてね」


 僕が神田君の目の前にいるびーなすこと相模絵美菜……つまり桂の存在に気付かれまいと彼の話に合わせていると、


「ところで鶴見さん、そちらの女性って……」


 彼は当然の事ながら桂の存在に気付いていた。マズい! バレたか?


「もしかして……彼女さんですか!?」


 もしかして……気付かれてない!? そういや僕が神田君と話している間、桂はずっと気配を消していた。当然ながら芸能人オーラなど微塵も出していない。


「え……あっ、そ……そうだよ」

「素敵な方ですね! そういえばどことなくびーなすに似ている様な……」


 ――似ているんじゃなくて本人だよぉーっ!


「という事は、今日はクリスマスデートですか!? うらやましいですね! それじゃあ鶴見さんも楽しんできてください!」


 と言って神田君は桂(相模絵美菜)にも軽く会釈すると、彼女の正体に全く気付くことなくその場を去っていった。これだけ熱狂的なファンを騙せるとは……改めて桂の変装能力を思い知らされた。僕は桂に、神田君と知り合った経緯を説明しながら再び歩き出した。


「へぇー、生誕祭かぁ……面白そうだから私も見に行こうかなぁ?」


 ……そんな事したら会場がパニックになるから止めなさい。

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