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セフレ・アイドル  作者: 055ジャッシー
第十一章「葛藤」
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インデックス リング

 今から三年前のクリスマスイブに僕が「クリスマスプレゼント」と称して渋谷小春さんへプロポーズするために買った指輪……結局渡せず終いだったのだが、その指輪を何故か桂が着けていた。


「事後報告になってごめんね! 急に思いついたから……もしかして怒ってる?」


 真顔になった僕の顔を見て桂が恐る恐る尋ねた。そりゃ付き合い始めた「彼女」とはいえ、前の彼女へプロポーズするために買った指輪を勝手に身に着けられたら決して良い気分では無いだろう。だが僕が気にしているのはそこではなく、何故わざわざ桂がその指輪を持ち出したのか……だ。

 桂は芸能人……アクセサリーは普段から身に着けているし、ぶっちゃけこんな安物よりずっと高級なブランド物を持っている筈……なのに何故これを?


「いや、怒ってないけど……教えて欲しい」


 理由がわからなかった僕は桂に聞いてみた。


「あぁ、それはね」


 そう言うと桂はテレビをつけて


「まっくん、今日の記者会見は見てないよね?」


 カンリバ活動再開の情報すら知らない僕が、記者会見など見る訳が無い。テレビ画面にはその記者会見の様子が映し出された……桂はご丁寧に自分たちの記者会見を録画していたようだ。

 横に長く延びたテーブル、そのテーブルの上にはメンバーカラーで彩られた花が置かれている……先ほど芸能ニュースで見たのと同じ光景だ。

 やがてカントリバースのメンバーが入場すると、会場内は一斉にフラッシュが焚かれた。と、その時……


「あぁ、もうちょっと先だね」


 突然、桂がビデオを早送りした。再び表示された画面は記者からメンバーへ個別の質疑応答中……そこである記者が桂こと相模絵美菜にこんな質問をした。


『ところでびーなす(相模絵美菜)! さっきからその左手の指輪が気になってるんだけど』


 いきなりタメ口の質問、だが桂も気にしていない様子……どうやら知り合いの記者らしい。次の瞬間、相模絵美菜は会場にいたカメラマンから画面が真っ白になるほどフラッシュを浴びた。


「……眩しくないの?」

「カメラ(フラッシュ)を直視してないから大丈夫」


 記者たちは「指輪」という言葉に反応したのだろう……理由は明白だが。会場がざわつく中、数人の記者が会場と視聴者を代弁すべく直球の質問をした。


『えっ、結婚のご予定があるんですか?』

『恐縮ですが、お相手についてお聞かせ願えますか?』


 まぁそう来るだろう。すると相模絵美菜こと桂はクスクス笑い出し、


『やだなぁ、よく見てくださいよ! 私が着けているのは薬指じゃありませーん』


 と言って左手の甲を見せた。桂は再びフラッシュの洗礼を浴びたがそれはすぐに止んだ。何故なら指輪は彼女の「人差し指」に着けられていたので、これは結婚かと勇み足になった記者たちが冷静さを取り戻したためだ。だがその指輪は……間違いない、僕が渋谷さんに渡せなかった「あの指輪」だった。


『これはですねぇ、インデックスリングって言うんですよ』


 インデックスリング? 聞いたことない名前だ。


『未来に向かって道を切り開くって意味があるらしいんですよ! 私たちは今日、再始動しました! 新生カントリバースとして新たな夢に向かって突き進んでいきたい……そんな願いを込めて着けてきました!』


 桂がそう言うと会場から拍手や「頑張って」という声が聞こえてきた。東京ドームの時もそうだったが、改めて桂は人の心を掴む才能を持っている気がする……何故そう思ったのか? それは……

 あの指輪は僕が渋谷さんにプレゼントするつもりだった物。それをわざわざ大事な記者会見の場へ、しかも「インデックスリング」として着けて行った理由。これは今の僕に対するメッセージでもある……そう考えて間違いないだろう。


 結局、僕はあの指輪を渋谷さんに着けてあげる事が出来なかった。この時点で指輪の存在価値が無くなってしまった。ところがその指輪を今度は桂が身に着け、しかも「新たな夢」に向かって突き進むというアイテムに生まれ変わらせたのだ!


 過去ではなく未来を見ている……この桂の考え方に僕も心を動かされた。


『だよねー、婚約指輪(エンゲージリング)にしてはショボいと思った!』


 隣に座っていた僕の推し・ぐりんちゃんこと渡良瀬碧が桂の指輪を見て呟くと会場から笑いが起こった。うわっ、推しにディスられた!


『はぁ?』


 するとぐりんちゃんの言葉に、桂はムッとした顔で反応した。


「ごめんねまっくん! 渡良瀬碧(あのバカ)が無神経な事言って」

「いや、別にいいけど」


 お金が無くて気に入ったデザインの指輪が買えなかったから仕方が無い。それよりもっと気になったのは桂が薬指では無く人差し指に指輪を着けていた事だ。

 実はあの指輪のサイズ……あれは渋谷さん本人に悟られない様、長い期間を掛けてやっと聞き出せたものだ。彼女の薬指のサイズでほぼ間違いない。そして一般的に人差し指は薬指より太く、当然サイズは大きめとなる。

 つまり桂の人差し指は渋谷さんの薬指と同サイズという事だ。確かに渋谷さんは身長一六五センチあり、女性としては大柄な方だが……うわぁ、これ本人が知ったらショックだろうなぁ。


「改めてごめんね、小春さんが着ける筈だった指輪を勝手に持ち出しちゃって」

「いやいいよ……確かに君の言う通り、これは未来に向かって有効活用すべきだと思う! それに桂……いやびーなすが着けてくれたら彼女も喜ぶと思うよ」


「……え?」

「あっ、いや……何でもない」



 ※※※※※※※



「メリークリスマス!」

「あ、あぁ……メリークリスマス」


 指輪のやり取りの後、僕は桂とクリスマスイブを祝った。渋谷さんの一件以来クリスマスイブを楽しむ事は無かったが、こうして桂と過ごす様になり僕も少しずつでも前を向く様に考えを改めた。

 まだケーキとチキンを買う事は出来なかったが、渋谷さんの墓前に供えた彼女の好きな銘柄のワインと宅配のピザで乾杯した。もちろんテーブルの上には青いガーベラとデルフィニウムの花、そして渋谷さんの写真と例の指輪も並べてある。


「へーすごい! 青いガーベラなんてあるんだ」

「あぁ、元は白いガーベラだけど薬剤を使って……」


 僕と桂、そして渋谷さんの三人でテーブルを囲い、僕は三年振りにクリスマスイブを楽しんだ。


「あ、それとコレ……」


 僕は桂にプレゼントを渡した。アクセサリーショップで買ったピアスだ。


「えっ、ありがとー!」

「本当は誕生日プレゼントで渡す予定だったんだけど……」


 明日は桂の誕生日だ。本当は渋谷さんの命日でもあるクリスマスイブに渡すつもりは無かったのだが、流れでついつい渡してしまった。


「じゃあ明日は誕生日プレゼントちょうだい!」

「えっ!?」


 僕は思いっきり引いてしまった。非常勤講師とフリーター生活の僕にとって二日連続のプレゼントなんて出来る訳が無い。


「い、いや……それは」

「ばっかねぇ、モノでよこせ何て言わないわよ」

「えっ?」

「明日、デートしよって話!」


 そういや……桂がこのアパートに来てからというもの、立場上外に出すのを躊躇(ためら)いずっと軟禁状態だった。チーフマネージャーで新事務所社長の千曲さんに「たまにはデートにでも連れて行け」と言われたばかりだ。

 千曲さんの話では、桂は「変装の達人」……確かに彼女と最初に会った時、僕はこの人が国民的アイドルグループの一員なんて全く気付かなかった。でも万が一身バレしたら……正直不安が残るが、


「わかった、行こうか」

「わーい、やったー!」


 桂は子どもの様に喜んだ。


「行きたい所ある?」

「んーとね、ディ●ニーリゾート」


 いきなりハードル高すぎる……あの混雑ぶりで身バレしなかったら奇跡だ。


「じゃあ早速このピアス着けてみるね」

「えっ、ステージとかで着けてくれないの?」


 僕には地味な策略があった。それはこのピアスを相模絵美菜の活動中に着けてもらい「これは彼氏である自分がプレゼントしたものだ」と自己満足に浸る……というものだったが、


「あぁー、またぐりんのバカにイジられそうだから……」


 それ「僕のセンスが無い」と認めている……って意味だよね?



 ※※※※※※※



「ごちそーさま!」


 ささやかだが桂と初めてクリスマスイブを過ごした。時計の針は十一時を回っている……あと一時間もすれば今度は桂、つまり相模絵美菜の誕生日だ。

 そうか、僕はこの国民的アイドルに日本で一番早く「おめでとう」が言える立場なんだ……そう考えると嬉しさや優越感より、本当にいいのか? という緊張感(プレッシャー)が上回ってしまった。


「ねぇ、まっくん」


 そんな僕の緊張を察してか、桂が話し掛けてきた。


「何?」

「もうすぐ私の誕生日だけどさぁ、誕生日を迎える瞬間は……ココがいいな」


 と言って桂はある場所を指差した……えっ?


 そして日付が変わり二十五日に……


「桂……誕生日おめでとう」

「はぁ……ありがとうまっくん、これからもよろしくね……あぁん!」


 桂が指定したのはベッドの上、僕たちは重なった状態で桂の誕生日を迎えた。


 ……いいのかコレで? ま、緊張感は無くなったが。

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