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愛も変わらぬ地球人  作者: 沖 元道
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第八話 大空を飛んだ少年

「お母さん、明日からだよね?」伸也は朝から同じことを何度も聞いている。

「そうよ。楽しみね」玲子はその都度笑顔で答えている。「明日は朝早く出るから、今日はもう寝ましょうね」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ」玲子はそう言って伸也を軽く抱きしめ、伸也は一人で寝室に入っていった。

 しばらくすると、喜世志が食堂の後片付けを終えて、玲子のいる部屋に戻って来た。

「お疲れさまでした」玲子は喜世志に笑顔で言った。「明日からの家族旅行を、伸也はとても楽しみにしているみたいよ」

「そうか、それは良かった。小学校の初めての夏休みだから、良い思い出ができるといいね」

「あなたも、ゆっくり体を休めてね。毎日慣れない仕事を続けてきたから、疲れも溜まっているでしょう?」

「絵描きの仕事とは全然違うけれど、食堂の仕事も楽しいよ。まだまだゲンさんのレベルには達していないけれどね」喜世志は、玲子の父の源一郎が先月体調を崩したため、代わって食堂の経営者となっている。「玲ちゃんは、お父さんの体調も心配だろうけれど、旅行は楽しもうね」

「お昼に病院に行ってきたけれど、元気そうだったし、旅行を楽しんできて、と言ってくれたわ」

「そうか。ありがたいね」


 さきほど一人で寝室に入ってベッドで横になっている伸也は、なかなか寝付けないでいる。

――前のお父さんもよく遊びに連れて行ってくれた……山登りも楽しかったし、キャンプも魚釣りもとても楽しかった……。

 伸也の頭の中には、前の父親との思い出がいくつも蘇っている。

――でも、お母さんは、前のお父さんのことを憎んでいる……。

 両親が激しい言い争いをした後に母が見せた悲しそうな表情を思い出し、伸也は寝返りを打って、真っ暗な部屋の中で目を開けた。伸也の頭の中の思い出の映像は消え、目覚まし時計の音がカチカチと耳に響いてくる。

――旅行はどんなところにいくのかな……。

 伸也は、時計の秒針の音を聞きながら明日からの旅行のことを想像しているうちに、いつの間にか眠りについていた。



 一台の車が遠くから近づいてきて、山川牧場の駐車場にやって来て止まった。

 陽平と咲良が小走りで車に近づくと、車の中から古賀喜世志と妻の玲子と息子の伸也が降りてきた。

「こんにちは」

「いらっしゃい」

 陽平と咲良は笑顔で三人に声をかけた。ワロンも咲良の横で尻尾を振って立っている。

「こんにちは」

「よろしくお願いします」

 喜世志と玲子も笑顔で答え、伸也も少し照れたような表情で、「こんにちは」と言った。

「今回は三人でお世話になりますので、よろしく」喜世志は笑顔で陽平に言った。

 喜世志と陽平は昔からの知合いであり、喜世志が絵を描きながら全国を旅していた頃は、陽平の家にも何度か泊まったことがある。

「どうぞ、どうぞ。お待ちしていました。長旅でお疲れでしょう」陽平は嬉しそうな表情で大きな声で答えた。

「いや、全然。初めての家族旅行だから、三人とも楽しくて元気そのものだよ」

「伸也君、随分背が伸びたわね」咲良が笑顔で声をかけると、伸也は照れながらうなずいた。

「暑いでしょう。中に入って、冷たい飲み物でもどうぞ」

 咲良が玲子に向かって言うと、玲子も笑顔で答えた。

「ありがとうございます」

 三人は乗ってきた自動運転のタクシーから荷物を下ろすと、そのタクシーは無人のまま来た道を引き返して行った。

「かわいいワンちゃんですね。名前は何て言うんですか?」玲子が、五人のことを嬉しそうな表情でじっと見ているワロンに気付き、咲良に尋ねた。

「ワロンです」咲良がそう答えると、ワロンは尻尾を振りながらじゃれついてきた。

「ワロン、また後で遊ぼうね」咲良はワロンに向かって言った。

 五人はワロンをおいて家の玄関に向かい、伸也が家の中に入る直前に振り返ってワロンを見ると、ワロンもじっと伸也を見つめていた。


 五人はダイニングテーブルを囲んで、冷えたお茶やジュースを飲みながら談笑している。

「伸也の夏休みに合わせて食堂は一週間休みにして、旅行することにしているんだ」喜世志は楽しそうな表情だ。

「明日以降も、いろいろと回るんですか?」陽平が尋ねた。

「日本各地にいろいろな知合いがいるから、行きたいところは多いけれど、今回は五か所くらいかな。伸也にとっても楽しめそうな場所を選んだんだ」

「さすが喜世志さんですね。日本中どこへ行っても自分の家みたいなものですね」

「いやあ、それほどじゃないよ」喜世志はそう言ってお茶を一口飲んだ。

「ところで、お兄ちゃんは、食堂の仕事には慣れたの?」咲良が喜世志に尋ねた。

「まあね」

 喜世志がそう言うと、玲子が笑顔で話し始めた。

「喜世志さんは、すごく勉強熱心で、料理の腕前も上がって、父も驚くほどなんです」

「へえ、それはすごいですね」陽平は感心した様子だ。

「なあに、まだまだ見習いよ」喜世志は手を横に振りながら言った。「これからどんどん腕を上げていくからさ」

「お兄ちゃんは絵がとても上手で手先が器用だから、料理もきっとすぐに上達したんでしょうね」咲良は笑顔で言った。

「そんなに褒めても何もないよ」喜世志がそう言うと、皆大笑いした。

 大人四人が楽しそうに会話している中で、暇を持て余しているような伸也の姿を見て、咲良が声をかけた。

「伸也君、犬は好き?」

「うん」

「ワロンと一緒に外で遊ぼうか」

「うん」

「じゃあ、ちょっと一緒に来て」

「すみません」玲子は、そう言って伸也と一緒に立ち上がった。

「玲子さんは疲れているでしょうから、ここで休んでいて。ちょっとだけ伸也君と外で遊んできますから」咲良は笑顔で言った。

「ありがとうございます」

 玲子が軽く頭を下げると、咲良は伸也を連れて庭に出た。


「ワロン!」

 家の裏で寝そべっていたワロンが、咲良の声を聞いてやって来た。ワロンは咲良と伸也を見ながら尻尾を振っている。

「おいで」咲良はワロンに声をかけ、伸也とワロンを連れて庭の外の牧草地に出た。

「伸也君、一緒に走ろうか」

「いいよ」伸也は照れていた表情は消え、嬉しそうに答えた。

「じゃあ、行くよ。ヨーイ、ドン」

 咲良と伸也は走り出し、ワロンもその後を追って走り出した。

 咲良はしばらく走ると息が切れて立ち止まったが、伸也とワロンは広い牧草地を走り続けている。

 しばらくして伸也も立ち止まると、ワロンは嬉しそうに伸也に飛びかかって、伸也は牧草地に倒れこんだ。

「ワロン! 駄目よ!」咲良は大声で言った。

 伸也とワロンは楽しそうに転げまわっている。

 咲良は小走りで近づき、牧草の上に倒れこんでいる伸也に尋ねた。

「伸也君、大丈夫だった? 怪我しなかった?」

「大丈夫だよ」伸也は笑顔だ。

「ワロン! あんまりはしゃがないで」

 ワロンは咲良の言葉を無視して、伸也に飛びかかってはしゃいでいる。

「ワロン! お座り!」咲良はきっぱりとした声で言った。

 すると、ワロンはビシッと体を起こして、きちんとお座りをした。

「そう、お利口ね」咲良は笑顔でワロンを見た。

 伸也がワロンの頭を撫でると、ワロンは嬉しそうに尻尾を振っている。

「じゃあ、もう一度走ろうか」咲良は家の方を向いて言った。「じゃあ、ヨーイ、ドン」

 咲良と伸也は走り出し、ワロンもすぐに追いかけ始めた。

 ワロンは二人をあっという間に追い越して、家の庭を囲む白いフェンスの手前で立ち止まり、二人が走って来るのを見ている。

 伸也がワロンに駆け寄り、しばらくして咲良も着いた。

「伸也君、足速いね」

 息を切らしながら咲良が声をかけると、伸也は満面の笑顔で答えた。

「うん」伸也はうなずくと、再びワロンと抱き合いながらはしゃぎ始めた。

 二人の声を聞いて、玲子が家から出てきた。

「咲良さん、ありがとうございます」

「伸也君は足が速いですね。私はもう息が切れてます」咲良は少し荒い息をしながら答えた。

「私が相手をしますので、咲良さんはもう家に入ってください」

 咲良が家に入り、窓から見ていると、玲子と伸也とワロンは牧草地をゆっくりと走ったり歩いたりしながら遊んでいる。

 咲良が玲子に渡しておいたワロンのお気に入りのボールを伸也が思い切り投げて、ワロンが走って取りにいく様子が見える。


 しばらくすると玲子も家に入ってきた。

「私も疲れちゃいました。伸也はまだワロンと遊びたいというので外にいます」

「そうですか。牧草地は危険なところはないので、伸也君とワロンだけで遊ばせておいても大丈夫だと思います」咲良は笑顔で言った。

 四人は再びいろいろな話を始めた。

「それにしても、お兄ちゃんが玲子さんのお父さんの食堂を訪ねた時に、たまたま玲子さんが伸也君を連れて帰って来たなんて、運命の出会いだったんですね」咲良が、喜世志と玲子に向かって言った。

「僕は、その日に出発する予定だったけれど、伸也がちょっと行方不明になってね」喜世志がそう答え、玲子も横で笑顔でうなずいている。

「それで、みんなで探して、お兄ちゃんが伸也君を見つけたんでしょう?」

「そうなんだ」

「運命の出会いだった喜世志さんと玲子さんを、伸也君がしっかりと結び付けた、ということになるんですね」

 陽平が喜世志に言うと、喜世志は少し照れながら言った。

「そういうことになるね」

「伸也が行方不明になっている間中、生きた心地がしませんでした。喜世志さんがいてくれたお陰で本当に助かりました」玲子は嬉しそうな表情だ。

「もう、すっかりお父さん役が板についていますね」陽平が喜世志に言った。

「自分では精一杯父親役を頑張っているけどね。まだまだ未熟だ」喜世志は、少し自信なさそうな表情で言った。そして、独り言のようにつぶやいた。「伸也は時々、実の父親のことを思い出すこともあるようだしね」


 四人が家の中で話に夢中になっている間に、伸也はワロンと一緒に牧草地の端にある森の手前まで来ていた。

「ワロンはいいね。毎日楽しく遊べて」牧草の上に座っている伸也がワロンに話しかけると、ワロンは伸也の顔をじっと見つめた。

「僕は学校があるから遊んでばかりじゃなくて、勉強もあるんだ」

 伸也がそう言うと、ワロンは伸也に向かって小さな声で、ワン、と吠えた。確かに犬の吠え声だが、伸也には人間の言葉に聞こえた。

――勉強は必要だと思うよ。

 伸也はワロンを見ながらうなずいた。

「分かっているよ。勉強は大切だし、僕も嫌いじゃないよ」

 ワロンは尻尾を振っている。

「ワロンも勉強したい?」

 伸也がそう尋ねると、ワロンは、クーン、という声を出した。犬が鼻をならした音だが、伸也には意味が分かる。

――もちろんだよ。勉強することで多くのことを学んだし、これからも学ぼうと思っている。

「そうか、ワロンも勉強が好きなんだね」

 伸也とワロンは、お互いの気持ちが分かるかのように会話をしている。

「ワロンのお父さんとお母さんは、どこにいるの?」

 ワロンは、少し悲しそうな表情をした。

――どこにいるのか分からない……。

「分からないの? 会ったことはないの?」

――会ったことはないし、本当にいるのかどうかも分からない……。

「そうか、可哀そうだね」伸也はワロンの頭を撫でながら言った。「僕は、お母さんは一人だけど、お父さんは二人いるんだ。でも、最初のお父さんは、今はどこにいるか分からないんだ」

 ワロンは、真剣な表情で伸也の顔を見ている。

――伸也のお父さんとお母さんは、どんな人なの?

「お母さんは、とっても優しくて、いつも僕のために美味しいご飯を作ってくれる。今のお父さんもとても優しいし、僕に勉強を教えてくれる。お父さんとお母さんは仲がいいから、僕は楽しいよ」

――そうか。それは良かったね。

「でも、時々、最初のお父さんのことを思い出すこともあるんだ……」

 ワロンは、じっと伸也の話に耳を傾けている。

――前のお父さんはどんな人?

 伸也は少し考えてから言った。

「たくさん遊んでくれて、優しかった……でも、突然、お母さんとは仲が悪くなってしまったんだ……よく喧嘩をして、お母さんが泣いていた……」

――そうか……。

「僕は前のお父さんを嫌いじゃないけれど、お母さんはそうじゃないみたいなんだ……」

 伸也はしばらくうつむいていたが、突然立ち上がって、ワロンに言った。

「森の中も探検してみよう!」

――よし、行ってみよう。

 伸也とワロンは、森の中を走ったり歩いたりしながらどんどんと奥へ進んでいった。

 やがて牧草地とは反対側に森を抜け、さらに少し行くと、その先で地面が深い谷底に落ちている場所に着いた。伸也は慎重に崖の端に近づき、谷底を覗き込んでみると、崖は切り立っており、谷底まではかなりの距離がある。そして、はるか下の谷底には渓流が流れているのが見える。

 伸也は崖の端から離れて左右を見回すと、少し離れた場所につり橋があるのを見つけた。

「あそこに橋がある。あそこまで行ってみよう」伸也はそう言ってワロンを見た。

――面白そうな場所だ。行ってみよう。

 伸也はワロンを従えて崖の縁を進み、古いつり橋がかかっている所に来た。さほど長くはない橋だが、橋の入り口にはロープが張ってあり、立ち入り禁止の立て看板も立っている。

「ワロン、この橋を渡ってみよう」

――よし、渡ろう。

 伸也はロープをくぐり、慎重につり橋の手すりに手を掛けて、ゆっくりとつり橋の上に足を踏み出した。

「大丈夫みたいだよ。じゃあ、ゆっくりと行こう」伸也は後ろを振り返り、ワロンに声をかけた。

――安定が悪そうだから、気を付けて。

 伸也は、ゆっくりとつり橋の上を歩きだし、ワロンもその後をついていく。

 時々足場の木が腐った部分があり、その隙間から谷底が見える。風が吹くと橋が揺れるので、伸也はロープの手すりをしっかりと握り、体を屈めてバランスを取りながら慎重に進んでいく。ワロンもすぐ後ろを歩いている。

 しばらくして橋の半ばまで来たが、その先は足場が二メートルほど腐ってなくなっており、これ以上先に進むことはできない。

「ワロン、これ以上先に進めないから引き返そう」伸也はそう言うと、反対側を向くためにゆっくりと体をひねり、手すりを持つ手を入れ替えるため素早く手を離した。

 その瞬間、伸也はバランスを崩し、つり橋が大きく傾いた。

 伸也は慌てて手すりに手を伸ばしたが、つかみ損ねて声を上げた。

「あっ!」

 伸也の体は、橋の上から投げ出され、谷底に向かって落下した。

「うわー!」

 伸也は絶叫し、目をつぶった。

 伸也は時間の経過が分からなくなったが、突然、自分の下に柔らかく温かな毛布のような感覚を覚えた。

 伸也はそっと目を開けると、金茶色の毛で覆われた生き物の背中の上で、うつ伏せの格好で乗って宙を飛んでいる。

「ワロン!」

 伸也が声をかけると、金茶色の生き物は、ワン、と大きく吠えた。

――そうだよ!

 金茶色の生き物は犬のように見えるが、背中から大きな翼が生えている。

 大きく羽ばたくと、高度を上げた。谷底からどんどん離れて、空高く舞い上がっていく。

「うわー!」伸也は、興奮して声を上げた。

――どうだい? 速いだろう?

 今までいた森が下に見える。その向こうには牧草地があり、さきほどいた家も見える。

「ワロン、どこまで行くの?」伸也がそう声をかけると、ワロンは、家と反対方向の山に向かってスピードを上げた。

――もう少し遠くまで行ってみよう!

 下を見ると、道路や畑や川が、模型のように小さく見える。

 風を切るすがすがしさを全身で感じながら、伸也は叫んだ。

「すごい! ワロン、すごい!」

――楽しいかい?

 ワロンは、山頂の上空まで来て、山を一回りして、戻り始めた。

「もっと高く飛べる?」伸也がワロンに声をかけた。

――怖くないのかい?

「全然怖くないよ」

――よし、分かった。じゃあ、行くぞ!

 ワロンは一気に高度を上げた。近くに見えた山も遥か下に見え、四方に広がる地平線が丸く見える。

 伸也は言葉を失って、遠くの景色に見入っている。

――じゃあ、そろそろ戻るよ。

 ワロンは徐々に高度を下げ、さきほど伸也とワロンが座っていた森の手前の牧草地に静かに着陸した。

 伸也がワロンの背中から降りると、ワロンの翼はすでに消えており、元の犬の姿になっている。

「ワロンは犬なのに飛べるの?」伸也がワロンに尋ねた。

 ワロンは、嬉しそうに尻尾を振っている。

――飛べるよ。楽しかったかい?

「最高! 最高に楽しかった!」伸也はワロンに抱きつきながら叫んだ。

「ワロン、帰ろう!」伸也そう言うと、家に向かって牧草地を疾走し始めた。

 ワロンもその後を疾走している。


 伸也は家の玄関で叫んだ。

「お母さん!」

 家の中から玲子と咲良が驚いた表情で飛び出してきた。

「どうしたの?」

「ワロンは飛べるんだよ!」伸也は興奮した声で言った。

「えっ?」玲子は意味が分からず、伸也の顔を見た。

「ワロンが僕を乗せて、あの森の上や山の上を飛んだんだ!」

 玲子は一瞬沈黙したが、伸也のあまりにも嬉しそうな顔を見て言った。

「そうなの? それはすごいわね」玲子は、伸也が牧草地で居眠りをして夢を見たのだろう、と咄嗟に判断した。

 二人の声を聞いて出てきた喜世志と陽平に向かって、伸也は言った。

「ワロンは翼があるんだ!」

 玲子は、振り返って二人に目配せをし、もう一度伸也に向かって言った。

「それはすごいわね。ワロンはペガサスみたいだね」

 喜世志と陽平は、玲子の意図と事情を察した。

「そうか、お父さんも乗ってみたいな」喜世志は伸也に言った。

「いや、僕らは体重オーバーで無理かな?」陽平は笑顔で言った。

「はっはっは。そりゃそうだ」喜世志は大笑いした。

「私たちなら乗れるわよね」咲良は玲子を見ながら笑顔で言った。

「もちろん乗れると思うわ」玲子がそう言って笑うと、咲良も一緒に笑った。

 大人たちの冗談は伸也の耳に入っていないようで、伸也はキラキラとした目で見つめながらワロンの体を何度もなでている。


 その日の夜。

 五人で楽しく夕食をとりながら、再びワロンの話題で盛り上がっている。

「今までも、ワロンは空を飛んだことがあるの?」伸也が咲良に尋ねた。

「いえ、ないわよ。仲良くなった伸也君のための特別サービスだと思うわ」サクラはほほ笑みながら答えた。

「ワロンは喜びそうな人を選んで乗せて飛ぶのだろうね」陽平も伸也に話しかけた。「おじさんだったら、空高く飛ばれたら怖いと思ってしまうだろうからね」

「僕は全然怖くなかったよ。とても楽しかった」伸也は嬉しそうな笑顔だ。

 夕食を終え、ワロンと遊んで疲れた伸也が寝静まった後も、大人四人は話を続けている。

「本当にありがとうございました。伸也にとって、良い思い出ができたと思います」玲子が陽平と咲良に礼を言った。

「良かったですね」咲良は笑顔で答えた。

「伸也君は想像力が豊かですね」陽平は喜世志と玲子に向かって言った。

「時々、一人で思いつめているように見える時があったけれど、いろいろなことを想像していたのかもしれないなあ」喜世志は真面目な顔で言った。

 四人はうなずきながら笑顔でお互いの顔を見た。

 大人たちも寝室に入り眠りについた後、咲良は一人で寝室から出て、玄関で寝そべっているワロンに近づいて話しかけた。

「ワロン、ありがとう」

 ワロンは眠そうに薄目を開けて咲良を見た。

「伸也君は本当に大喜びだったわね」

 ワロンは少しだけ尻尾を振った。

「でも、ワロンはどうして地球に残ってくれたの? いつまでいてくれるの?」

 ワロンは、再び目を閉じて眠り始めた。


 陽平と咲良も深い眠りに落ちている深夜、キミワロン人が真っ暗な牧草地で立っていると、天空から球状の飛行体が静かに降下してきて着陸した。キミワロン人が乗り込むと、その飛行体は再び空高く上昇していった。

 地球上空を周回している飛行体の中で、キミワロン人は遠ざかりつつあるキミワロン星に向って情報を送信し始めた。地球人の愛についての調査を続けてきて得られた情報を送り終えてから、受信されたメッセージを確認した。

〈我々の通信電波が地球人に探知されているようだ。地球に君が残っていることに気づかれる可能性もある。注意しながら調査を続けてもらいたい〉

 キミワロン人は、〈了解〉という短いメッセージを追加で送信した。

 キミワロン星はすでに地球からかなり離れているため、メッセージの送受信にもある程度の時間がかかる。

 メッセージの送信作業を終えたキミワロン人は、飛行体に乗って再び山川牧場に戻ってきた。

 その時、喜世志と玲子と同じ部屋で眠っていた伸也が目を覚ました。伸也はゆっくりと立ち上がって、窓の側に立ち外を眺めた。

 真っ暗な中で、天には無数の星が光っている。

 伸也はじっと星空を見上げている。


 牧草地に立っているキミワロン人は、家の中の窓際に立つ伸也の姿を見つけた。

――自分たちが遥か昔に失った愛の意味が、おぼろげに分かってきたような気もするが、仲間たちに上手く説明することはなかなか難しい……。

 地球人たちが大切にする愛という不思議な心の作用をどのように理解するべきか、どのように仲間に伝えるべきか、一人残って調査を続けているキミワロン人は悩んでいた。

――喜世志と玲子は愛し合っている。お互いがお互いにとって特別な人ということなのだろう。しかし、伸也にとっては、それはどういう意味を持つのだろうか……。

 キミワロン人は星空を見上げた。


 伸也は、外に立っているキミワロン人には気づかず、じっと星空を見上げ続けている。

 すると、突然、星が動きだし、一か所に集合し始めた。無数の星が集まり、眩い光を放っている。やがて、星の集団が形を変えて、翼の生えたワロンとその上に乗る伸也の姿になった。

「お母さん!」伸也は眠っている玲子に声をかけた。

「何? どうしたの?」玲子は伸也の声を聞いて驚いて目を覚ました。

「星がワロンの形になっている」

 玲子は窓際に行き、外を見た。満天の星空が輝いている。

「ほら、すごいでしょう!」伸也は、星空をじっと見上げている。

「本当にすごいわね」玲子には、通常の星空しか見えないが、じっと美しい星空を見続けている。

 二人の声に気づいて起きた喜世志もそっと後ろから声をかけた。

「きれいな星空だね」喜世志はそう言うと、伸也の肩に優しく手を乗せた。

「お父さん、星はどこにあるの?」

「広い宇宙のいろいろな場所に散らばっているんだ」

「僕も行ってみたいな」伸也は目を輝かせながら星空を見上げ続けている。


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