第六話 咲良の愛犬ワロン
「おはよう。お腹すいた?」咲良がワロンに優しく声をかけた。
玄関の寝床で眠っていたワロンは、嬉しそうな表情で起き上がり、咲良を見ながら気持ちよさそうに伸びをすると、フサフサの尻尾を振り始めた。
咲良は玄関のドアを開け、ワロンと外に出た。春の朝の陽ざしは眩しく、緑の牧草地の上を吹き抜けて来る風は爽やかだ。
「たくさん食べなさいね」咲良がワロンの餌箱にドッグフードを入れると、ワロンは嬉しそうに勢いよく食べ始めた。
山川牧場の敷地内に陽平と咲良が暮らす家が建っており、庭には咲良が丹念に手入れをしている花壇と家庭菜園がある。咲良は、庭の片隅に設置してある水道の蛇口から延びるホースを手に持ち水を撒き始めた。
しばらくすると、餌を食べ終えたワロンが、咲良が手に持っているホースから噴き出すシャワー状の水にじゃれついてきた。
「ワロン! 邪魔しないで」咲良が声をかけるが、ワロンはお構いなしにホースから噴き出す水に飛び掛かり、あっという間にずぶ濡れになった。
「もう! ワロンたら!」咲良がワロンを叱るが、咲良は笑顔なので、ワロンは大喜びで悪ふざけを続けている。
花壇には色とりどりのパンジーやピンクのチューリップが咲いており、その横には白や黄色や紫がかった赤いストックが清らかな匂いを放っている。家庭菜園には色々なハーブや野菜が育っている。花壇や菜園の水やりは、咲良の毎日の仕事でもあり楽しみでもあるが、ワロンとの遊びのひと時でもある。咲良も水しぶきを浴びて、着ている服が濡れている。
「今日はもうおしまい」
咲良がホースの水を止めると、ワロンはまだ遊び足りないような表情をしながら、思い切りブルブルっと身震いをして全身の水滴を飛ばした。
「もう、こんなになって」咲良は、犬用のタオルでワロンの体を拭き始めた。
ワロンは咲良の手をペロペロなめながら、仔犬のように甘えて気持ちよさそうな表情をしている。
陽平と入籍した咲良は、牧場経営者の妻として牧場の仕事と家事を精一杯頑張っているが、ワロンはハードな日々の仕事の疲れを癒してくれる良き相棒だ。
ワロンは、咲良に体を拭いてもらいながら心の中でつぶやいた。
――犬に化けるのには抵抗もあったが、慣れてしまえば楽しいものだ。それに、咲良も私の正体には全く気付いてないようだ。
ある日の夕方、咲良が牛舎の中で作業をしているところに、陽平がブルドーザーに乗って戻ってきた。
「お帰りなさい」咲良は、停止したブルドーザーに近寄り、運転席の陽平に声をかけた。
「今日はだいぶはかどったよ」陽平は笑顔で答えた。
「それは良かったわね。疲れたでしょう?」
「このブルドーザーは自動化されてパワーも強力だから、本当に楽だよ。操作パネルで入力するだけで、後は座っていれば自動に整地してくれるんだ」
この最新型のブルドーザーはレンタル会社から借りてきたもので、それを使って陽平は牧草地を広げるために近隣の雑木林を開墾している。
「さっちゃんも、ちょっと乗ってみなよ」陽平が運転席から声をかけると、咲良は陽平が伸ばした手につかまりながら、ブルドーザーの助手席によじ登って座った。
「このパネルを操作するだけで、あとは何もしなくていいんだ。科学技術というものは大したもんだ」陽平が運転席のパネルを指さしながら色々と説明するが、咲良は興味がないので笑顔で黙って聞いている。
「これなら、私も覚えたわ」咲良はそう言いながら、パネルにタッチして操作すると、スピーカーから軽快な音楽が流れてきた。このブルドーザーにはオーディオ装置もついており、咲良はその使い方だけは覚えたのだ。
二人が楽しそうに話している姿を見て、ワロンがブルドーザーの運転席に飛び乗ってきた。ワロンは陽平と咲良の間に割り込み、二人に交互にじゃれつき、二人の首筋をペロペロ舐め始めた。
「もう! ワロンたら! やめてよ!」咲良は笑っているので、ワロンはさらに興奮してはしゃいでいる。
その日の夜、陽平と咲良は自宅のダイニングテーブルで夕食を楽しんでいる。咲良は料理が得意なのでメニューは多彩だ。
「このオニオングラタンスープはいつも美味しいね」陽平はそう言うと、次にきつね色に焼けたフランスパンに手を伸ばした。「このカリッとした食感が最高だ」
「スパイスとレモンソースをかけたチキンソテーも、美味しいわよ」咲良は、皿に盛った料理を陽平に勧めた。
「うん、旨い!」陽平は一口食べて絶賛した。
「この薄くスライスした豚肉とジャガイモとニンジンのバター炒めは、これまでと味付けを変えてみたから、感想を聞かせてね」
レストランのディナーにも負けない内容の家庭料理を満喫した陽平は、食後に一服しながら咲良に声をかけた。
「明日は、悪いけど、一人で留守番を頼むね」
「ええ、いいわ。一人じゃなくてワロンと一緒だから」咲良は笑顔で答えた。
明日は、車で二時間ほど離れた場所で畜産業の機械の見本市があり、陽平は従業員を連れて見学に行く予定だ。
「乳牛の飼育には人間の愛情が大切で、行き過ぎた機械化は馴染まないと僕は思っているけれど、世の中の動きは知っておかないとね」
「最先端の技術は知っておいて損はないでしょうからね」
「でも、さっちゃんは、前の職場では最先端の科学技術を振興することが仕事だったから、本当はこの牧場でも、もっと機械化を進めたいと思っているんでしょう?」
「そんなことないわ。昔とはすっかり考え方を変えたから……あの日を境に……」そう言って咲良は沈黙した。
――最先端の科学技術で作り上げた巨大ドームが、一瞬にして地獄になってしまった。あの時キミワロン人が私と今村博士を助けてくれていなかったら、今の私もいなかった……。
「キミワロン人の持っている科学技術のレベルは、人間よりもはるかに高度なものなんだよね」陽平は、黙りこんだ咲良を見つめながら言った。
「全然比べ物にならないわ……太陽の光が届かない暗い極寒の環境でも生きていけるように身体を進化させたくらいだから……でも、私達の方が素晴らしい生き方だということに気づいたの」咲良は、にっこりとほほ笑んだ。
「愛があるから、ということだよね」
「そう。キミワロン人たちは、愛というものをすっかり忘れてしまったみたい……」
玄関の寝床の上で、ワロンは二人の話にじっと聞き耳を立てている。
――咲良が大切だと信じている愛に、どれほどの価値があるのか……多くの地球人たちも、咲良と同じような考えを持っているようだが、生命体の存続のために不可欠のものだとは思えない。
ワロンは心の中でつぶやいていた。
――観察を続けているだけでは理解できそうもない……犬に化けていることを知られるわけにはいかないが、どうにかして咲良ともう一度話し合ってみる必要がありそうだ。
翌朝。
「いってらっしゃい、気を付けて」咲良が笑顔で陽平に声をかけた。
「じゃあ、行ってくるね。できるだけ早く戻って来るから」
「いいえ、どうぞゆっくり見学してきて」
従業員たちを連れて見本市の見学に出かける陽平を見送った後、咲良はいつものように庭に水を撒き、ワロンと遊びながら幸せに浸っていた。
陽平は、牧場の若き経営者として日々努力を続けており、また、新婚生活を充実したものにするため、自宅の建物を咲良の好みに合わせて大改装したばかりだ。
「私も頑張らなくちゃ!」咲良は小さな声でつぶやいた。
庭を囲む白いフェンスのすぐ外に、陽平が毎日使っているブルドーザーが止めてある。
咲良は、ワロンを連れてブルドーザーに歩み寄り、運転席によじ登って座り、緑の林を背景にした自分たちの家を眺めた。
――牧草地を広げるためにブルドーザーを借りてきて自分で作業をするなんて、陽平さんは本当に努力家だわ。
一緒に乗り込んできたワロンも、いつになくおとなしく、運転席の床に伏せて、じっとして目を閉じている。
咲良は、ブルドーザーの運転席のパネルを操作して音楽を流し、ゆったりとした曲を聴きながら気持ちよさそうに目を閉じた。
しばらくして、ブーンという音で咲良は目を開けると、顔の近くに一匹の蜂が飛び回っている。
「きゃー!」咲良は絶叫して両手を振り回し、蜂を追い払おうとした。
その時、咲良の手がブルドーザーのパネルに触れて、それまでオーディオ用の表示だったのが、別の表示に変わった。
〈自動運転モードを手動運転モードに切り替えますか?〉
咲良は蜂を追い払うことに必死で、自分の手が触れてパネルの表示が変わってしまっていることには全く気付いていない。
咲良の振り回している手がパネルの〈はい〉という表示に触れたが、蜂はしつこく飛び回っており、咲良は悲鳴を上げながら両手を振り回し続けている。
咲良の手がパネルに触れるたびに、表示は次々に変わっていく。
〈自動停止機能をオフしますか?〉
蜂を追い払うことに必死で、咲良は悲鳴を上げ続けながら手を振り回し続けている。
「痛い!」咲良は右の二の腕に鋭い痛みを感じて声を上げ、振り回していた手を止めた。
蜂の姿は消えていた。
――刺されちゃった。薬を塗らなきゃ。
咲良はそう思った瞬間、これまで以上の大声で叫んだ。
「きゃー! 助けて!」咲良は、ブルドーザーが大きなエンジン音を上げながら進み始めていることに気付いた。
咲良は大慌てで運転席のパネルを触るが、どうすれば止められるのか全く見当がつかない。ブルドーザーが地獄の唸りのような音を立てながら、庭を囲む白いフェンスに迫っている。
「いやー! 誰か止めてー!」咲良は絶叫したが、周囲に人は誰もいない。
ブルドーザーはかなり速いスピードで動いているため、咲良は運転席から飛び降りることもできない。
咲良の目の前でバリバリという音を立てながら、庭の白いフェンスが壊されていくが、ブルドーザーのパワーは強力で、何の障害物もないかのように前進し続けている。さらに花壇の花の上を完全に踏みつぶし、菜園の野菜を弾き飛ばしながら、どんどん進んでいく。
家の壁がもう目前に迫ってきた。
「どうしよう! このままじゃ家にぶつかっちゃう!」
ガガガ、ゴー、という激しい音を立てながら、ブルドーザーは、家の壁をゆっくりと破壊し始めた。
咲良はすでに茫然として声を上げることもできず、半ば気を失いそうになりながら運転席にしがみついている。
――このまま死ぬかもしれない……陽平さん、さようなら……。
咲良は心でそう言いながら、目をつぶったまま必死に運転席にしがみついている。
激しい破壊音が続いた後、ガシャン、というこれまでと違う音で思わず目を開けると、家の中を破壊しながら進んでいるブルドーザーが、ダイニングに置いてあった食器棚をなぎ倒し、中にある食器やグラスが踏みつぶされているところであった。
――ああ、もう駄目だ……。
咲良は再び目をつぶった。
バリバリ、ガシャン、バキバキ、という様々な種類の激しい音を聞きながら、咲良は必死に運転席にしがみついている。
しばらくして、何かにぶつかる大きな振動を感じ、ブルドーザーは停止した。すべての音が消えて静寂が訪れている。
咲良はゆっくりと目を開けた。
目の前に大木があり、ブルドーザーはそれにぶつかり停止したようだ。
咲良は運転席でゆっくりと振り返った。
咲良の家は、ちょうどブルドーザーの通った部分が、完全に瓦礫となっていた。かろうじて立っている半分ほどの部分も大きく傾いており、まもなく倒壊することは間違いなさそうだ。
――大変なことになってしまった……気が変になりそう……。
咲良は絶叫したかったが、声を出す力はなかった。
ブルドーザーの運転席の床でうずくまっていたはずのワロンは、どこかへ逃げていったのか姿はなかった。
咲良は転がり落ちるようして運転席から降りて、地面に倒れこんだ。自分の身体がまるで鉛で出来ているかのように重かったが、なんとか立ち上がり、瓦礫となった家の近くまでよろけながら歩いていったが、再び体の力が抜けて地面に倒れこみ、うつ伏せの状態で泣き始めた。
――どうしてこんな事になってしまったんだろう……陽平さんが帰って来て、この瓦礫の山になってしまった家を見たら……。
泣き声は出ず、涙だけがとめどなくあふれていく。
「大丈夫ですか?」
咲良は突然男の声が聞こえたような気がしたが、空耳だと思い、地面に伏せたまま泣いている。
「咲良さん、大丈夫ですか?」
咲良は自分の名前を呼ばれて、はっとして、顔を上げた。
自分の目の前に人間の脚が見えた。
咲良は驚いて起き上がった。
目の前に男が立っている。
「咲良さん、大変なことになりましたが、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「あなたは!」咲良はその男の顔を見て叫んだ。
咲良の目の前に立っている男は、以前森の廃屋で三日間を共に過ごしたキミワロン人だった。
「どうして? あなたが何故ここに?」咲良は涙で赤くなった目でキミワロン人を見ながら尋ねた。
キミワロン人はそれには答えず、咲良に尋ねた。
「破壊された家を元の状態に戻した方が良いのではないかと思いますが、何か手伝いましょうか?」
「元に戻すなんて、できるわけないですよね!」咲良は、自分のやったことだということを忘れて、涙目のままキミワロン人に詰め寄った。
「では、私が元に戻しましょうか?」キミワロン人はそれには取り合わず冷静な口調で言った。
「どうやって元通りにするっていうの!」咲良は、キミワロン人が自分をからかっているのかと思い、大声で叫んだ。
「原子配列復元剤を使えば、バラバラになった物質を、元の状態に戻すことができます」落ち着いた控えめな声でキミワロン人は言った。
咲良は、しばらくの間茫然としていたが、このキミワロン人に命を助けてもらったことを思い出し、少し冷静になって尋ねた。
「本当にそんなことができるのですか?」
「簡単なことです」キミワロン人は優しくほほ笑んでいる。
「本当に?」咲良はすがるような表情で言った。「お願いします! 元に戻して下さい!」
「分かりました。でも守っていただきたいことがあります。キミワロン人は全員地球を去ったことになっています。私一人が地球に残っていることは、地球人には絶対に知られてはいけないのです。ですから、私がここに現れたことは、決して他言しないでください」
キミワロン人が真剣な表情で言ったので、咲良も真剣な表情で答えた。
「分かりました。でも、どうしてあなた一人が地球に残っているのですか?」
「その質問にはノーコメントです」
咲良はキミワロン人をじっと見つめ、しばらく沈黙した後に言った。
「他言しないことをお約束します」
「では、原子配列復元剤を散布しますので、咲良さんは目をつぶっていてください」キミワロン人は再び笑顔で言った。
咲良が目をつぶると、ゴーという台風のような音がして、しばらく音は鳴りやまず、その間、咲良はじっと目をつぶったまま時間が経つのを待った。
「もう目を開けていいですよ」
キミワロン人の声を聞いて、咲良はおそるおそる目を開けた。
咲良は、いつの間にか先ほどと同じようにブルドーザーの運転席に座っており、目の前を見ると、白いフェンスと、花壇の花と、菜園の野菜と、そして家が、何事もなかったように存在している。
ブルドーザーのオーディオ装置からは、先ほどと同じように静かな音楽が流れている。
そして、キミワロン人の姿はどこにもなかった。
「全部元に戻っている!」咲良はそう叫ぶと、目を見開いた状態で固まった。
――今の事は本当にあった出来事だったのかしら? こんなにきれいに元通りになっているなんて、信じられない! もしかして私は夢でも見ていたのかしら?
咲良はそう思いながら、しばらく眺めていたが、急に右の二の腕に痛みを感じた。見ると、蜂に刺されたような赤い腫れがあった。
――やっぱり、本当に起きた事だったんだわ……。
咲良は、いつのまにか運転席の足元に戻ってきて寝そべっているワロンに話しかけた。
「今、大変なことが起こったはずだけど、ワロンは見なかった?」
ワロンは咲良の声を聞いて目を開け、じっと咲良の顔を見た。
「ねえ、ワロンも見たでしょう?」
ワロンは何も言わないが、ほほ笑んでいるように咲良には見えた。
――咲良があまりにも絶望していたので姿を現してしまったが、咲良は約束を守ってくれると信じよう。
ワロンは咲良の目をじっと見ながらそう考えていた。
「私、今もまたキミワロン人に助けてもらったの。信じられないようなことだけど」咲良はワロンに話しかけた。
ワロンは目をつぶった。
――またしても我々の科学技術を使って咲良を助けてしまった……しかし、助けなければ咲良は精神的に完全に参ってしまったに違いない……咲良を助けたことは、あの時も今回も正しかったはずだ……。
咲良は、ゆっくりとブルドーザーから降り、信じられない気持ちで恐る恐る家に近づいた。花壇も菜園も滅茶苦茶になったはずなのに、何事もなかったかのように花も野菜もそよ風にゆれている。
咲良はビクビクしながら、家の玄関のドアを出来るだけそっと開けてみた。ドアノブに手をかけたまま中を覗いてみると、玄関の壁に掛けてある絵も、棚に飾ってあるバラのオブジェも、いつも通りだ。玄関の床の上のワロンの寝床のキルトの敷物も、いつもの場所に敷かれている。
咲良はリビングルームのドアを開けてみた。ソファーもソファーの上のクッションも暖炉の上に飾ってある写真立てもいつも通りにきちんと置かれている。
次にダイニングルームのドアを開けてみた。ダイニングテーブルセットもいつものところにきちんとあり、ブルドーザーで滅茶苦茶に踏み潰されたはずの食器棚も何事もなかったようにそこにあった。
信じられない気持ちで食器棚の中を見てみると、お気に入りのグラスや陶器がキラキラと輝いている――。
「ただいま」夕方遅くなってから、陽平が帰ってきた。
「お帰りなさい。どうだった?」咲良は笑顔で出迎えた。
「いろいろと便利な機械があったよ。パンフレットも持って帰って来たから、あとで見ながら説明するね」
「そう、ありがとう」
「家では変わったことなかった?」
「え? いえ、何も……」咲良は一瞬言いよどんだが、少し赤みが残っている二の腕を見せながら言った。「庭で蜂に刺されちゃった」
「ああ、腫れてるじゃない、大丈夫?」
「ええ、もう薬を塗ったから大丈夫」
「そうかい、それなら良かった」
玄関の寝床で、ワロンは目をつぶったまま二人の話にじっと聞き耳を立てている。
――今回は咲良を助けるために姿を現したが、愛について彼女から話を聞くことはできなかった。またの機会を探すことにしよう……。
いつも通りの咲良の手料理の夕食の後、陽平は咲良に見本市でもらったパンフレットを見せながら説明し始めた。
「僕が一番興味を持ったのは、これなんだ」陽平はそう言うと、〈牛舎清掃ロボット〉と書かれたパンフレットを咲良に見せた。
「動画も見ることができる」陽平はパソコン画面で動画を流し始めた。
動画の中では、一台の人型ロボットが、牛舎の中で専用器具を使って手際よく敷き藁や牛の排泄物を集めてから、新しい敷き藁を素早く敷き詰めていく様子が映されている。
「でも、清掃作業をしながら牛の健康状態を確認することも大切なんでしょう? ロボットに任せて大丈夫?」咲良は陽平に尋ねた。
「健康状態は別にきちんと観察することにして、清掃作業に取られていた時間を有効に使えるかなと思う。それに、ロボットの価格が安いから、これで重労働を避けられるなら良いと思っている」陽平は手に持ったパンフレットに印刷された価格と、その横に手書きで記載された安い価格を表す数字を咲良に見せた。
「随分と安いわね。大丈夫?」
「現行モデルは生産終了が近いから、大幅に割引できるらしい」
「小型自動車の一台分くらいだけれど、AIロボットの価格にしては安すぎない?」
「車のモデルチェンジ前と同じで、今がお買い得のようだ」
「そうなの?」
「説明してくれたのは信頼できそうな人だった。現物を持ってこちらに説明に来てくれるとも言っていたので、明日の午後に来てもらうことにしたんだ」
「随分とせっかちね」
咲良は少し心配そうな表情で陽平を見ているが、陽平は自信に満ちた表情だ。
ワロンは玄関の寝床で、二人の話をずっと聞いている。
――そういえば、今日はまだ夜の食事をもらっていない……忘れられてしまったのだろうか……咲良にとって大きな事件があったのだし、愛している陽平との会話に夢中になっているのだから、仕方がないのかもしれないが……地球人の寂しいという感情はこういうものなのだろうか……。
その時、咲良が玄関にやって来て言った。
「ワロン、ごめんね。お腹すいたでしょう?」
咲良が手早く餌を用意する様子を、ワロンはじっと見ている。
「遅くなってごめんね。たくさん食べてね」咲良はいつも以上に優しい声をかけながら、ワロンの体を優しく包むようにして何度もなでた。
ワロンは嬉しそうに尻尾を振り、勢いよく食べ始めた。
――今のこの気持ちは、もしかすると、愛されていると感じた時に地球人が持つ気持ちと同じようなものなのだろうか……。
ワロンは心の中でそうつぶやいた。




