第八章 王宮の闇
夜。
王都の灯りが、少しずつ消えていく。
人々が眠りにつく頃。
俺は一人、王宮を見上げていた。
「…………」
高い城壁。
その上には、一定の間隔で見張りの兵士が立っている。
正門には二人。
裏門にも二人。
さらに、城壁の上を巡回する兵士がいる。
普通の人間なら、簡単には入れない。
だが――
「……問題ない」
俺は、王宮の裏手へ回った。
人目の少ない場所。
城壁の影に身を隠す。
そして――
「…………」
壁を見上げる。
手をかけられる場所は少ない。
それでも、足場を見つける。
一つ。
二つ。
三つ。
身体を引き上げる。
音は立てない。
兵士の視線が別の方向を向いた瞬間、城壁の上へと上がる。
「…………」
誰にも気づかれていない。
そのまま身を伏せ、城壁の内側へ降りる。
王宮内部。
庭園が広がっていた。
「…………」
ここから先は、さらに警備が厳しくなる。
俺は周囲を確認し、建物の影を移動していく。
窓。
扉。
廊下。
いくつかの侵入経路を確認する。
「……あそこか」
少し離れた場所に、使用人用の出入口がある。
警備は薄い。
俺はそこへ向かった。
扉の前に兵士が一人。
「…………」
俺は近づく。
そして――
「……っ」
兵士が振り返る。
その瞬間、俺は背後へ回り、首元へ手を当てた。
「…………」
力を込める。
兵士の身体から力が抜ける。
倒れる前に支え、そのまま壁際へ寝かせた。
「悪いな」
殺してはいない。
今の俺には、人を殺す必要がない。
それより――
目的は別にある。
俺は扉を開け、王宮内部へ入った。
静かだ。
外よりも、ずっと。
長い廊下。
壁には絵画が飾られ、床には赤い絨毯が敷かれている。
「…………」
俺は足音を消して進む。
人の気配。
遠くから聞こえる兵士の声。
使用人の足音。
それらを避けながら、王宮の奥へ向かう。
依頼主を探す。
それだけだ。
王宮関係者が依頼主なのか。
それとも――
ただの偶然なのか。
「…………」
廊下の角を曲がる。
その瞬間。
「――誰だ?」
「…………!」
兵士の声。
俺はすぐに近くの柱の陰へ身を隠した。
二人。
兵士がこちらへ向かってくる。
「今、何か音がしなかったか?」
「気のせいじゃないか?」
「…………」
足音が近づく。
あと少し。
俺は腰の短剣に手をかける。
だが――
「……行ったか」
二人の兵士が通り過ぎる。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「…………」
危なかった。
王宮内部は、思っていた以上に警備が厳しい。
それでも。
俺は進む。
しばらく進むと、一つの部屋の前で足を止めた。
「…………」
扉には鍵が掛かっている。
だが、鍵そのものは簡単なものだった。
俺は懐から細い金属を取り出す。
カチッ。
小さな音。
鍵が開く。
中へ入る。
そこは――書庫だった。
「…………」
大量の書類。
帳簿。
王宮内の記録。
俺は棚を確認していく。
何かないか。
ファジー・オード。
オード家。
暗殺。
王宮。
「…………」
その名前を探す。
しばらくして――
「……あった」
一冊の記録を見つけた。
オード家に関する資料。
俺はページをめくる。
家系。
財産。
事業。
そして――
「…………ファジー」
彼女の名前。
俺は、その記録を読み進める。
そこには、彼女の魔力についても書かれていた。
俺は眉をひそめる。
ファジー自身も、自分の固有魔力は「学習」だと言っていた。
魔法を覚えるのが得意だと。
「…………」
しかし、王宮の記録には別の記述があった。
「……想像?」
その能力について――
王宮が、長年にわたって調査している。
「……なぜだ?」
ただ魔法を覚えるのが得意なだけなら、王宮がここまで調べる必要はない。
ましてや、本人が語った固有魔力とは名称が異なっている。
俺はさらにページをめくる。
すると――
一枚だけ、他の資料とは違う紙が挟まっていた。
「…………」
封印。
王家の紋章。
俺はそれを見つめる。
普通なら、開けるべきではない。
だが――
「……ここまで来たんだ」
俺は封を切った。
中に書かれていたのは――
一人の少女についての記録。
そして、その最後には。
『対象の存在は、将来的に国家そのものへ重大な影響を与える可能性あり』
「…………」
背筋に、嫌な感覚が走る。
ただの令嬢ではない。
王宮は、ファジーを何年も前から警戒していた。
そして――
「…………まさか」
そのとき。
廊下から、足音が聞こえた。
「誰かいるぞ!」
「書庫を調べろ!」
「…………!」
俺は資料を閉じる。
まずい、見つかった。
俺は窓へ向かう。
だが――
「待て!」
扉が開き、兵士が入ってくる。
俺は窓を蹴り開け、そのまま外へ飛び出した。
「追え!」
背後から声が響く。
夜の王宮。
その屋根を、俺は走る。
「…………」
手の中には――
王家の紋章が押された封印書類。
それを握りしめながら、俺は思う。
ファジーは――いったい何者なんだ?
そして、なぜ王宮は彼女をそこまで警戒している?
まだ繋がりは分からない。
だが――暗殺依頼と王宮。
その二つが、偶然で繋がっているとは思えなかった。
「……詳しく調べる必要がある」
俺は王宮を振り返る。
そして――その夜、初めて。
俺は国王が関与している可能性を意識した。




