第七章 調査
ファジー・オードを殺さない。
そして――殺させない。
そう決めた俺は、翌日から動き始めた。
まず調べるべきなのは、暗殺の依頼主。
だが、簡単に見つけられるとは思っていない。
俺が受けてきた暗殺依頼は、いつもそうだった。
リスクを避けるため、依頼主と直接会うことはない。
指定された場所へ行き、そこに置かれた依頼書を受け取る。手付け金も同様だ。
依頼を完遂すれば、別の場所に満額の報酬が用意されている。
殺せと言われたから殺す。
暗殺対象にも依頼主にも、興味などなかった。
誰が依頼したのか、俺自身にはどうでもよかったんだ。
生きるため……それだけだった。
「…………」
だが、今回は違う。
ファジーを死なせないためには、依頼主を知る必要がある。
俺はまず、過去の依頼を思い返していた。
これまでの依頼には、必ず何かしらの理由があった。
犯罪者。
裏切り者。
敵対する貴族。
復讐の対象。
殺されても不思議はない人間ばかりだった。
だが――ファジーには何もない。
「……やはり妙だ」
俺は、依頼書を見つめる。
そこにある情報は少ない。
名前。
年齢。
身分。
そして、暗殺の指示。
理由は書かれていない。
俺は依頼書を裏返した。
「…………」
何もない。
だが――
紙そのものに違和感があった。
「……この匂い」
微かに残る香り。
普通の紙ではない。
以前、王都の高級店で嗅いだことがある香りだった。
「…………」
俺は、その店へ向かった。
「この香りですか?」
店主が首を傾げる。
「ああ」
俺は依頼書を見せる。
「この紙に使われている香料を知りたい」
店主は紙を受け取り、しばらく眺める。
「これは……珍しいですね」
「分かるか?」
「ええ。王都でも扱っている店は、そう多くありません」
「どこだ?」
店主が一軒の店を教えてくれた。
俺は礼を言い、その店を後にする。
向かった先は、王都でも有数の高級商店だった。
「…………」
店の中を確認する。
貴族向けの商品ばかり。
そして――
店の奥に置かれていた、香料付きの便箋。
「……これだ」
間違いない。
依頼書に残っていた香りと同じだった。
「この香料が使われた便箋は、誰が買う?」
「主に貴族の方ですね」
店員が答える。
「特に、王宮関係者の方がよく購入されています」
「…………なに?」
王宮。
その言葉に、俺は足を止めた。
まだ証拠はない。
ただの偶然かもしれない。
それでも――
「……調べる価値はあるな」
俺は店を出た。
その日の夕方。
俺は、王都の広場にいた。
昨日までとは違う。
今日は、ファジーを探しているわけではない。
だが――
「……いた」
広場の向こうに、ファジーの姿が見えた。
彼女は子供たちと話している。
昨日と変わらない笑顔。
「…………」
俺は遠くから見ていた。
すると――
「アノンさん!」
「……!」
ファジーがこちらに気づいた。
なぜだ。
俺はかなり離れた場所にいる。
「どうしてここに?」
「……たまたまだ」
「そうなんですか?」
ファジーが近づいてくる。
「今日も一人ですね!」
「ああ」
「じゃあ、一緒に行きましょう!」
「…………」
昨日と同じだった。
だが――
昨日とは違う。
俺は、少しだけ笑っていた。
「……ああ」
自分でも気づかないほど、小さく。
その日の夜。
俺は一人、王都の屋根の上にいた。
遠くに見える王宮。
暗闇の中でも、その姿ははっきりと分かる。
「…………」
俺は、王宮を見つめる。
依頼に使われた香料付きの便箋。
王宮関係者……まだ確証はない。
だが――
もし依頼主が王宮に関係する人間なら、この暗殺依頼は、俺がこれまで受けてきたものとはまったく違うものになる。
国の関係者が、国民の命を狙っているのか……?
「……何を隠している?」
俺は、王宮を見つめながら呟いた。
そして――
初めて、王宮の内部を調べることを決めた。




