第六章 疑念
祭りの翌日。
俺は、いつものように朝を迎えた。
いつものように起きて。
いつものように食事をして。
いつものように街を歩く。
何も変わっていない。
……そう思っていた。
「…………」
俺は、昨日のことを思い出していた。
祭り。
屋台。
ファジー。
そして――
俺が彼女を助けたこと。
あのとき、俺は何も考えていなかった。
ただ、身体が勝手に動いた。
なぜだ。
「…………」
答えは出ない。
これまでなら、そんなことを考えたりもしなかった。
だが――
今は気になる。
自分が、なぜ彼女を助けたのか。
そして。
なぜ――
殺せなかったのか。
俺は足を止めた。
「……ファジー・オード」
名前を呟く。
俺が受けた依頼。
標的は、彼女だ。
だが。
どう考えても妙だった。
俺は、王都の街を歩いていた。
昨日までなら、標的の行動を確認するためだった。
今日は違う。
ファジー・オードについて調べるためだ。
まず向かったのは、街の商人たちが集まる場所。
オード家は、この国でも有数の財閥だ。
ならば、何かしら悪い噂があるかもしれない。
「ファジーお嬢様?」
店主に名前を出す。
「ああ、あのお嬢様か」
「何か知っているか?」
「知っているも何も……いい子だよ」
「……いい子?」
「ああ。よく街に来るし、店の連中とも気さくに話してくれる」
「…………」
別の店でも聞いてみる。
「ファジー様? あの子は本当に優しいよ」
「貴族なのに、偉そうなところがないんだ」
「子供たちにも人気だよ」
「…………」
どこへ行っても、似たような答えだった。
悪い噂がない。
それどころか――
評判が良すぎる。
「…………おかしい」
俺は一人、路地裏で考える。
暗殺を依頼される人間には、それ相応の理由がある。
少なくとも、これまでの標的には何かしらあった。
だが――
ファジーには、それがない。
むしろ。
殺される理由が見つからない。
「…………」
俺は懐から依頼書を取り出す。
そこには、ファジーの名前。
そして、暗殺の指示。
それだけ。
「誰が……」
俺は依頼書を見つめる。
「誰が、こいつを殺したい?」
初めて、そんな疑問が生まれた。
その日の夜。
俺は、依頼を受けた場所へ向かった。
古びた建物。
誰もいない。
依頼書を受け取った机の上に、新しい紙が置かれている。
俺はそれを手に取った。
「…………」
追加の指示だった。
ファジー・オードを確実に殺せ。
それだけ。
報酬も増えている。
「…………」
俺は紙を握る。
これまでなら、何も思わなかった。
だが――
今は違う。
「……なぜだ」
俺は、誰もいない部屋で呟いた。
「なぜ、そこまでして殺す?」
答えは返ってこない。
当然だ。
この部屋には、俺しかいない。
それでも。
疑問は消えなかった。
俺は依頼書を折り畳む。
そして――
初めて、依頼そのものを調べることにした。
「……依頼主を探す」
誰がファジーを殺そうとしているのか。
それを知るまでは――
俺は、彼女を殺さないし、殺させない。
そう決めた。
しかし、俺はまだ知らなかった。
この依頼の先に――
この国そのものを揺るがす存在がいることを。




