第四章 標的との出会い
王都の祭りが始まった。
朝から街は、多くの人で賑わっている。
普段は見かけない屋台が並び、通りには色とりどりの飾りが吊るされている。
子供たちは走り回り、大人たちは酒を片手に笑っている。
王都全体が、いつもとは違う空気に包まれていた。
「…………」
俺は、その人混みの中を歩いていた。
祭りを楽しむためではない。依頼のためだ。
標的――ファジー・オード。
彼女の行動を確認し、隙があれば暗殺する。
それが今回の仕事だった。
「……いた」
少し離れた場所。
人混みの中に、一人の少女を見つけた。
金色の髪。
貴族らしい服装。
間違いない。
ファジー・オード。
「…………」
俺は足を止めた。
尾行するには十分な距離。
周囲には人も多い。
お貴族様というやつか……。
だが――
「……なんだ?」
妙な違和感があった。
貴族令嬢なら、護衛がいてもおかしくない。
だが、彼女の周囲に護衛らしき人間は見当たらなかった。
それどころか、屋台の店主と楽しそうに話している。
「これ、美味しそうですね!」
「お嬢ちゃん、食べていくかい?」
「はい!」
笑っている。
ただ、それだけだった。
貴族令嬢なら、もっと偉そうにしていてもおかしくない。
だが彼女は、店主にも。
子供にも。
周囲の人間にも。
分け隔てなく接している。
「…………」
俺は、もう少し彼女を観察することにした。
……暗殺対象。
それだけのはずだった。
なのに――
「お兄さん!」
「……?」
突然、声を掛けられた。
反射的に身構えそうになり、俺は寸前で動きを止めた。
振り向く。
そこにいたのは――
さっきまで見ていた少女だった。
「一人でお祭りに来たんですか?」
「……ああ」
「じゃあ、一緒に回りませんか?」
「……は?」
意味が分からなかった。
「なぜ?」
「え?」
「なぜ俺を誘う?」
少女は少しだけ目を丸くした。
そして――
「だって、一人でいるより楽しいじゃないですか」
「…………」
理解できない。
俺には、そんな考え方がなかった。
誰かと一緒にいたい。
祭りを楽しみたい。
そんな感情を、俺は持っていない。
「……俺は、別に祭りを楽しみに来たわけじゃない」
「そうなんですか?」
「ああ」
「じゃあ、なおさらです!」
「……なぜ?」
「せっかくのお祭りなんですから、楽しまないともったいないですよ!」
そう言って、少女は笑った。
その笑顔を見て――
俺は、なぜか目を逸らした。
「……変な奴だな」
「よく言われます!」
少女は嬉しそうに笑う。
「私はファジーです」
「……知っている」
「どこかでお会いしましたっけ?」
「……いや」
目の前にいる少女。
依頼書に書かれていた名前。
暗殺対象。
それが――
今、俺の目の前で笑っている。
「あなたは?」
「…………」
名前を聞かれる。
いつものことだ。
俺には、本名がない。
「……アノン」
「アノンさんですね!」
ファジーは笑った。
「よろしくお願いします!」
「…………ああ」
ただ、それだけだった。
それだけのはずなのに――
なぜか胸の奥に、今まで感じたことのない何かが残った。
俺はまだ知らない。
この少女と過ごす時間が――
俺の凍りついた心を、少しずつ溶かしていくことを。




