第二十四章 過去
翌朝。
王都は――いつもと変わらない朝を迎えていた。
人々が行き交う。
店が開く。
子供たちが走り回る。
だが。
その裏側では――昨夜の暗殺失敗について、動き始めている者たちがいた。
王都の外れ。
薄暗い路地裏。
一人の男が、酒場へ入っていく。
「……失敗だ」
男は低い声で言った。
「何だと?」
酒場の奥。
別の男が顔を上げる。
「標的は?」
「生きている」
「護衛がいたのか?」
男は首を縦に振る。
「ある男に邪魔された」
「騎士か?」
「違う」
「魔術師か?」
「……恐らくは違う」
男は昨夜の出来事を思い出す。
異常な身体能力。
無駄のない動き。
そして――
「……殺せたはずなのに」
「何?」
「俺を殺さなかった」
「…………」
酒場の男が眉をひそめる。
「それで逃げてきたのか?」
「捕まった」
「だが、あいつが別のことに気を取られた隙に逃げた」
「そうか……」
男は立ち上がる。
「確証はないが、分かったことはある」
「何だ?」
「あいつは……おそらく同業者だ」
「…………」
酒場の男の表情が変わった。
「どういう意味だ?」
「俺の首を掴んだ時のあの動き……」
暗殺者は自分の首に手を当てる。
酒場の男は黙り込む。
「何か心当たりがあるのか?」
「いや……」
男は視線を逸らす。
「昔、とある男の話を聞いたことがある」
「どんな話だ?」
「十代の頃から暗殺を請け負っていた男の話だ」
「標的を一度も逃したことはない」
「護衛が何人いようと関係ない」
「標的に接近して――必ず殺す」
暗殺者が眉をひそめる。
「名は?」
「知らない」
「知らない?」
「ああ」
男は首を振る。
「裏でも、本当の名前すら知られていなかった」
「じゃあ、何と呼ばれていた?」
「……ただの噂だ」
男は小さく呟く。
「『unknown』」
「…………」
その頃――王都。
「ゼロさん」
「ん?」
ファジーが隣を歩いている。
「昨日のことなんですが……」
「昨日?」
「夜のことです」
「…………」
ゼロの足が僅かに止まる。
「……何だ?」
「私を助けてくれましたよね」
「ああ」
「どうして、あんなに強いんですか?」
「…………」
ゼロは答えない。
「剣術も……格闘も……」
「でも……」
ファジーはゼロを見る。
「あの時……何か迷っているように見えました……」
「…………」
一瞬。
ゼロの表情から――温かさが消える。
「……気のせいだ」
「そう……ですか……」
「ああ」
ゼロは歩き出す。
だが……ファジーは気づいていた。
今までとは違う。
ほんの一瞬だけ。
ゼロが――遠くを見ていた。
まるで……過去を見ているように。
「……ゼロさん」
「なんだ?」
「……大丈夫です」
ゼロは何も言わなかった。
王宮。
「陛下」
騎士が報告する。
「昨夜の暗殺者の情報を得ました」
「オード邸を襲撃した男は、王都の外れにある『月影亭』で依頼を受けたようです」
「…………」
イコワは考える。
「月影亭……」
「はい」
「誰が依頼したかは?」
「分かりません」
「……そうか」
イコワは椅子に座る。
「…………」
イコワの目が細くなる。
「ゼロめ……」
その名前を呟く。
「お前は何者なのだ……」
その頃。
王都の別の場所。
マクロは――目を閉じ、未来を見る。
いくつもの可能性。
ファジー。
王宮。
暗殺者。
そして――ゼロ。
「…………」
その未来の中に。
一つだけ。
奇妙なものがあった。
血に染まったゼロ。
「…………」
マクロは目を開く。
「これは……」
その姿は――今のゼロとはまるで違う。
だが妙に――重なる。
「この未来は……」
マクロは小さく呟く。
そして――
「……そうゆうことか」
静かに笑う。
「君は――」
「面白くなりそうだ」
夕方――ゼロは一人で歩いていた。
「…………」
昼間のファジーの言葉が頭に残っている。
――迷っているように見えました。
「…………」
ゼロは自分の手を見る。
今まで……何人を手に掛けてきたのか。
もう覚えていない……。
名前も……。
顔も……。
理由も……。
ただ――生きるためだった。
生きるために……殺した。
「…………」
だが、今は違う。
守りたい人がいる。
名前をくれた人がいる。
「ゼロ……」
自分の名前を呟く。
そして――
「俺は……」
一瞬……言葉が詰まる。
「…………」
過去は消えない。
どれだけ今が変わっても。
過去の罪は――消えない。
ゼロは静かに歩き出す。
その背中には――まだ誰も知らない過去があった。




