第二十二章 標的
翌朝。
王都は――いつもと変わらない朝を迎えていた。
人々が行き交う。
店が開く。
子供たちが走り回る。
そんな日常の中を――
「…………」
一人の男が歩いていた。
ゼロ。
昨日まで――アノンと名乗っていた男。
だが、今は違う。
「ゼロ……」
小さく呟く。
まだ少しだけ――慣れない。
だが、嫌ではなかった。
むしろ――胸の奥に、僅かな温かさがある。
「…………」
ゼロは歩きながら考える。
昨日、ファジーから名前をもらった。
それだけなのに。
何かが変わった気がする。
いや、実際に――変わった。
自分が変わったのではない。
自分の中にあったものを、初めて自分で認めたのだ。
「…………」
その時。
「ゼロさん!」
「…………」
振り返る。
ファジーが走ってくる。
「おはようございます」
「ああ」
「昨日は、ありがとうございました」
「何がだ?」
「名前です」
「…………」
ゼロは少しだけ視線を逸らす。
「礼を言うのは俺のほうだ」
「え?」
「……なんでもない」
ファジーは不思議そうに首を傾げる。
そして――
「ゼロさん」
「なんだ?」
「その名前、似合ってますよ」
「…………」
ゼロは少しだけ笑った。
「そうか」
「はい」
ファジーも嬉しそうに笑った。
その頃――王宮。
「陛下」
騎士が跪いている。
「例の件ですが――」
「どうなった?」
「準備は整っています」
「そうか」
イコワは窓の外を見る。
視線の先には――王都。
そして、ファジーの住む屋敷。
「ファジー・オード」
イコワは静かに呟く。
「まだ、何も知らない」
自分の力も。
王宮が何を恐れているのかも……。
イコワは目を細める。
「……厄介だな」
そこへ――
「父上」
マクロが入ってくる。
「マクロか」
「はい」
マクロは父の前まで歩く。
「一つ、お願いがあります」
「何だ?」
「ファジー嬢を――僕に任せてください」
「…………」
イコワは黙る。
「……何をするつもりだ?」
「確かめたいだけです」
「何をだ?」
マクロは笑う。
「彼女が、自分の本当の力にどこまで気づいているのか」
「…………」
「そして――」
マクロは窓の外を見る。
「ゼロという男が、未来にどこまで影響するのか」
イコワの表情が険しくなる。
「……危険だ」
「いったい何がです?」
マクロは振り返り笑う。
「任せてください、父上」
「…………」
イコワはマクロの真意を読み取ることはできなかった。
その日の昼――オード邸。
「お嬢様」
使用人が一通の手紙を持ってきた。
「王宮からです」
「王宮……?」
ファジーは封を開ける。
第二王子マクロ・ホムンからの招待状だった。
「…………」
ファジーの表情が少し曇る。
「また……」
昨日会ったばかりなのに。
なぜ――
「どうした?」
ゼロが尋ねる。
「マクロ様からです」
「…………」
ゼロの表情が変わる。
「何と?」
「王宮へ来てほしい、と」
「一人でか?」
「はい」
ゼロは黙る――嫌な予感がする。
「断れないのか?」
「王子からの招待ですから……」
「そうか」
ゼロは考える。
マクロ――怪しい力を持つ男。
自分を不確定要素と呼んだ男。
「…………」
ゼロはファジーを見る。
「……俺も行く」
「でも……」
「奴の好きにはさせない」
「ゼロさん……」
ゼロはファジーを見る。
「俺がついている」
「…………」
ファジーは微笑む。
「はい」
その瞬間――ゼロは気づかなかった。
遠くから二人を偵察している者がいることに。
「…………」
その男は――黒い服を着ていた。
腰には短剣。
そして――その手には一枚の紙。
そこに書かれていたのは。
――標的。
ファジー・オード。
男は紙を握り潰す。
「…………」
その目には、殺意が宿っていた。
王宮――
マクロは窓から王都を見下ろしていた。
「……来る」
未来が見える。
ファジー。
ゼロ。
そして……一人の暗殺者。
「…………」
マクロは静かに笑う。
「さて」
その未来を――どう変えるか。
「ゼロ」
小さく呟く。
「君は――どうする?」




