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心の氷が溶けるまで  作者: 海月まったり


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第二十章 選択

挿絵(By みてみん)

 翌日。


 王都の朝。


 いつもと変わらない景色。


 人々が行き交い、店が開き、街に活気が戻っていく。


 その中を――アノンは歩いていた。


 昨日、マクロと会った。


 あの男は危険だ。


 それは間違いない。


 だが……アノンは足を止める。


 頭に浮かぶのは、ファジーの顔。


 笑っている顔。


 困った顔。


 そして――昨日の言葉。


『……ありがとうございます』


「…………」


 アノンは小さく息を吐く。


 なぜ、あの少女のことが気になるのか。


 今までなら、誰が死のうと、生きようと。


 何も思わなかった。


 なのに――


「……変わったな」


 自分自身に向けて呟く。


 その時。


「アノンさん!」


「…………」


 聞き覚えのある声。


 振り返る。


「ファジー」


 ファジーが駆け寄ってくる。


「おはようございます」


「ああ」


「こんなところで会うなんて、偶然ですね」


「そうだな」


 ファジーは嬉しそうに笑う。


「今日は街へ買い物に来たんです」


「そうか」


「よかったら、一緒に行きませんか?」


「…………」


 アノンは少し考える。


「行こう」


「本当ですか?」


「ああ」


 二人は並んで歩き始める。


「これ、綺麗ですね」


 ファジーが店先に並んだ装飾品を見る。


「そうだな」


「アノンさんは、こういうの興味ありませんか?」


「ない」


「即答ですね」


 ファジーが笑う。


「でも、前より少しだけ変わりましたよね」


「何の話だ?」


「アノンさんのことです」


「…………」


「前は、もっと何に対しても興味がなさそうでした」


「……そうかもな」


「はい」


 ファジーは微笑む。


「でも最近は、私の話をちゃんと聞いてくれます」


「…………」


 アノンは何も言わなかった。


 ただ――少しだけ、悪くないと思った。


 その時だった。


「――ファジー!」


 遠くから声が聞こえた。


 二人が振り返る。


 カリーナが走ってくる。


「お姉様?」


「探したわよ」


「どうしたんですか?」


「王宮から連絡があったの」


 カリーナの表情は真剣だった。


「今日、王宮へ来てほしいそうよ」


「私が……?」


「ええ。陛下からの呼び出しよ」


 ファジーは少し不安そうな顔をする。


「何の用でしょう?」


「それは分からない」


 カリーナはアノンを見る。


「…………」


 一瞬、二人の視線がぶつかる。


「アノン」


「なんだ?」


「あなたも来る?」


「…………」


 アノンは考える。


 王宮。


 そして――マクロ。


「構わない」


「分かったわ。私が連れていくと説明しておくわ」


 カリーナは頷いた。


「じゃあ、行きましょう」


 王宮――三人が門をくぐる。


 アノンは周囲を見る。


 警備が増えている。


 昨日よりも明らかに多い。


 嫌な予感がする。


 その時――


「お待ちしていました」


 騎士が現れた。


「陛下がお呼びです」


「分かりました」


 ファジーは不安そうにアノンを見る。


「俺がついている」


 アノンが言う。


「…………」


 ファジーが目を丸くする。


 アノン自身も、少し驚いていた。


 いつの間にか。


 自然にそんな言葉が出ていた。


「ありがとうございます」


 ファジーは微笑む。


 アノンは視線を逸らした。


 王宮の一室。


 イコワが三人を待っていた。


「来たか」


「陛下」


 カリーナが頭を下げる。


 ファジーも続く。


 アノンは黙って立っている。


 イコワは三人を見る。


 そして――


「君がアノンか」


 イコワは訝しげにアノンを見る。


「ファジー」


「はい」


「少し、確認したいことがある」


「確認……?」


「お前の固有魔力についてだ」


「…………」


 ファジーの表情が曇る。


「私の……学習についてですか?」


「そうだ」


 イコワは頷く。


 その瞬間。


「――陛下」


 部屋の奥から声がした。


 三人が振り返る。


「マクロ……」


 第二王子。


 マクロが姿を現した。


「僕も同席してよろしいでしょうか?」


「……構わん」


 マクロはファジーを見る。


「こんにちは、ファジー嬢」


「こんにちは……」


 ファジーは少し緊張する。


 その隣……アノンの目が細くなった。


 まただ。


 この男を見ると――警戒心が強くなる。


 マクロもアノンを見る。


「アノンさん」


「なんだ?」


「今日もお会いできましたね」


「ああ」


「偶然ですね」


「……そうだな」


 二人の間に、静かな緊張が走る。


 その時――イコワが口を開いた。


「ファジー」


「はい」


「もし――」


 一瞬。


 イコワは言葉を選ぶ。


「もし、お前に――普通では不可能なことができるとしたら」


「…………」


 ファジーは黙る。


「何をしたい?」


「私が……?」


「ああ」


 ファジーは考える。


 そして――


「誰かを助けたいです」


「…………」


 マクロの目が細くなる。


「誰かを?」


「はい」


 ファジーは頷く。


「困っている人がいたら、助けたいです」


「それだけか?」


「それだけ……?」


 ファジーは少し考える。


「はい」


 そして――


「それが、私にできることなら」


 アノンはファジーを見る。


「…………」


 その言葉を聞いた瞬間。


 アノンは、ようやく気づいた。


 なぜ彼女を助けたのか。


 なぜ彼女の周りを警戒するのか。


 なぜ――彼女が傷つくことを嫌だと思うのか。


「……俺は」


 小さく呟く。


 そして――


「この人を守る」


 初めて。


 自分の意思で――そう決めた。


 その瞬間、マクロがアノンを見る。


 予知。


 未来が――大きく変わった。


「……そういうことか」


 マクロは小さく呟いた。


 そして――ファジーは何も知らない。


 自分の力のことも。


 アノンの決意も。


 そして――この選択が、王国の未来を大きく変えることも。

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