第十九章 邂逅
ファジーの屋敷。
その正門から少し離れた場所。
「…………」
一人の青年が立っていた。
アノン。
屋敷の様子を眺めている。
警備の人数。
出入りする人間。
周囲の地形。
何かあった時に備え、周囲の状況を確認していた。
「…………」
昨日の襲撃。
そして、第二王子マクロの存在。
どちらも、まだ気になることばかりだった。
その時――背後から声がした。
「そんなところで何をしているんですか?」
「…………」
アノンは振り返る。
そこにいたのは――
「マクロ……」
第二王子、マクロ・ホムン。
王家の紋章が刻まれた馬車は、少し離れた道の先に見える。
ファジーの屋敷を訪問した帰りなのだろう。
その後ろには、護衛の騎士が数人控えていた。
「あなたがアノンですね」
「……そうだが」
「初めまして」
マクロは穏やかに笑う。
「僕はマクロ・ホムン。第二王子です」
「知っている」
「それは嬉しいですね」
マクロは笑った。
だが――アノンは、その笑顔を見つめていた。
「…………」
何かがおかしい……目だ。
笑っているのに――笑っていない。
表情と、その奥にあるものが噛み合っていない。
「ファジー嬢とは、たいそう仲がよろしいそうですね」
「……そうでもない」
「なるほど」
マクロは頷く。
「昨日も彼女を助けたそうですね」
「…………」
アノンの目が細くなる。
「誰から聞いた?」
「王都にいれば、色々と耳に入りますよ」
「そうか」
「はい」
しばらく、二人は黙って見つめ合った。
護衛の騎士たちは、口を挟まない。
だが――その場には、妙な緊張が漂っていた。
「アノンさん」
「なんだ?」
「あなたは、ファジー嬢をどう思っていますか?」
「…………」
突然の質問。
「どう……とは?」
「そのままの意味です」
「知人だ」
「本当に?」
「…………」
アノンはマクロを見据える。
「何が言いたい?」
「いえ」
マクロは笑った。
「少し興味があるだけですよ」
その瞬間、アノンはわずかに身構えた。
理由は分からない。
だが――この男は危険だ。
言葉の一つ一つに、何かを探るような意図が感じられる。
「僕も、ファジー嬢には興味があります」
マクロは穏やかに続けた。
「とてもね」
「……そうか」
「ええ」
マクロは一歩近づく。
「だから、あなたとは仲良くなれそうな気がします」
「俺はそうは思わない」
「ふふっ」
マクロが笑う。
「正直ですね」
「お前は嘘つきだな」
マクロの笑みが――ほんの少し消えた。
「…………」
予知――未来を見る力。
マクロは、その力によって数多くの可能性を見てきた。
だが――目の前の青年が関わる未来だけは、どこか様子が違っていた。
アノンが何をするのか。
どこへ向かうのか。
その先で何が起きるのか。
いつもなら見えていたはずの未来が、輪郭を失ったように曖昧になる。
まるで、先を見通そうとするたびに、何かに遮られているかのようだった。
「……なるほど」
マクロは小さく呟いた。
「何がだ?」
「いえ」
マクロは再び笑顔になる。
「あなたが不確定要素だという意味が分かりました」
アノンの目が細くなる。
「……お前は何を知っている?」
「さあ?」
マクロは肩をすくめる。
「僕にも分からないことはありますから」
「…………」
アノンはマクロを見つめる。
こいつは――何かを隠している。
しかも、こちらのことを何か知っているような口ぶりだ。
それだけは分かった。
「アノンさん」
「なんだ?」
「一つだけ忠告しておきます」
マクロの声から、笑みが消えた。
「ファジー嬢には――」
一瞬、マクロの瞳が鋭くなる。
「近づきすぎないほうがいい」
「…………」
アノンは答えない。
「あなた自身のためですよ」
「それは――」
アノンはマクロを見据えた。
「俺への忠告か?」
「さあ?」
「それとも――」
一歩、アノンが近づく。
「ファジーへの忠告か?」
「…………」
マクロが黙る。
ほんのわずかな沈黙。
それから、マクロは再び笑った。
「面白い人ですね」
「そうか?」
「ええ」
マクロは背を向ける。
「では、また」
護衛を連れて歩き出す。
数歩進んだところで――
「……アノンさん」
「…………」
「あなたがどんな人なのか」
マクロは振り返らなかった。
「僕が確かめます」
そのまま去っていった。
「…………」
アノンは、その背中を見送る。
「……あの男」
危険だ。
そう感じる理由を、まだ言葉にはできない。
だが――マクロを放っておけば、ファジーに何かが起こる。
そんな予感があった。
「ファジーには近づけさせないほうがいいな」
アノンは屋敷へ視線を向けた。
その時。
「アノンさん?」
「…………」
背後から声がした。
振り返ると――
「こんなところで何をしているんですか?」
ファジーが立っていた。
「ファジー……」
「マクロ様とお話ししていたようですが」
「ああ」
「何のお話を?」
「…………」
アノンは少し考える。
「たいした話じゃない」
「そうですか?」
「ああ」
ファジーは少し不思議そうな顔をした。
「でも……」
「なんだ?」
「アノンさん、少し怖い顔をしています」
「…………」
アノンは自分の顔に触れる。
「そうか?」
「はい」
ファジーは微笑んだ。
「何かあったんですか?」
「…………」
アノンは屋敷の向こうを見る。
もうマクロの姿はない。
「……いや」
ファジーは少し不安そうに、アノンを見つめた。
アノンが自分のために何かを警戒していることは……何となく分かった。
「……ありがとうございます」
「何がだ?」
「分かりません」
ファジーは笑った。
「でも、なんとなくです」
「…………」
アノンは何も言わなかった。
ただ――その笑顔を見ていると。
不思議と、悪い気はしなかった。




