第二章 学習の少女ファジー
私には、夢がある。
大きな夢ではない。
世界を変えたいわけでもない。
国を動かしたいわけでもない。
ただ――
目の前にいる大切な人たちが、笑って暮らせるようになればいい。
「お嬢様、お時間です」
「はーい!」
部屋の外から声が聞こえる。
「……もうそんな時間ですか?」
「はい。あと五分遅ければ、今日の予定が一つ増えます」
「それは困りますね!」
慌てて椅子から立ち上がる。
今日も一日、予定がぎっしりだ。
私はファジー・オード。
オード家の娘。
この国でも有数の財閥として知られる家に生まれた、貴族令嬢だ。
身分だけを見れば、何不自由なく暮らしているように思われるかもしれない。
実際、生活に困ったことはない。
食事もある。
住む場所もある。
欲しいものを頼めば、大抵のものは手に入る。
けれど――
「今日のお勉強は何でしたっけ?」
「午前は魔法学、午後は歴史学。その後に礼儀作法と――」
「……多いですね」
「お嬢様が昨日、もっと勉強したいと仰ったので」
「…………」
私は昨日の自分を少しだけ恨んだ。
午前の授業。
私は教師から出された課題に目を通していた。
「では、この魔法を使用してください」
「はい」
魔法陣を描き、魔力を流す。
次の瞬間、目の前に小さな炎が浮かび上がった。
「お見事です」
「ありがとうございます」
炎を消す。
次は水。
その次は風。
教えられた魔法を、一つずつ再現していく。
私は魔法を覚えるのが好きだった。
知らないことを知る。
できなかったことができるようになる。
それが、とても楽しい。
「お嬢様は本当に覚えが早いですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。普通なら数日かかる魔法でも、すぐに習得されます」
「なら、もっと難しい魔法も覚えたいです!」
「……ほどほどになさってください」
先生は少し困ったように笑った。
私は自分が特別だとは思っていない。
ただ、勉強が好きなだけ。
少し覚えるのが早いだけ。
それが私の固有魔力――学習なのだから。
生まれたときから、両親にそう教えられてきた。
そして、私自身もそう思っている。
昼過ぎ。
授業を終えた私は、屋敷の外へ出た。
「お嬢様、どちらへ?」
「少し街を見てきます!」
「護衛を――」
「大丈夫です!」
「ですが……」
「ちゃんと戻ってきますから!」
半ば強引に屋敷を出る。
貴族の娘が一人で街を歩くのは、本来なら褒められたことではない。
それでも私は、街を歩くのが好きだった。
王都には、いろいろな人がいる。
店を営む人。
働きに出る人。
学校へ通う子供たち。
道端で話をする人たち。
同じ街に住んでいても、みんな違う生活をしている。
「こんにちは!」
「おや、お嬢様じゃないか」
「今日も繁盛してますね!」
「おかげさまでな!」
顔見知りの店主に声を掛ける。
私はこの街が好きだった。
だからこそ、少しでも多くの人が笑って暮らせればいいと思っている。
貴族だから偉い。
そんなことを考えたことはない。
ただ、恵まれた環境に生まれたのなら、その分だけ誰かの役に立てばいい。
私は、そう思っていた。
「お嬢様!」
突然、子供の声が聞こえた。
振り返る。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
笑顔で手を振る。
それだけで、子供たちも嬉しそうに笑ってくれる。
――やっぱり、街に来てよかった。
そんなことを考えていると、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
カン、カン、カン――。
「あ」
私は顔を上げる。
そういえば、もうすぐだった。
王都では数日後、国を挙げての大きな祭りが開催される。
街は少しずつ、その準備で賑わい始めていた。
「今年のお祭り、楽しみですね!」
思わず声が弾む。
私は祭りが好きだ。
普段とは違う街の雰囲気。
たくさんの屋台。
人々の笑顔。
考えるだけで、今から楽しみになってくる。
――その祭りの日。
私は、一人の青年と出会うことになる。




