第十七章 疑惑
襲撃から、数時間後。
王都の一角。
騎士団の詰所では、捕らえられた男たちの尋問が行われていた。
カリーナは腕を組み、二人を睨んでいる。
「誰に雇われた?」
「…………」
男たちは答えない。
「黙っていても、何も変わらないわよ」
「…………」
「ファジーを狙った理由は?」
それでも男たちは口を閉ざしたままだった。
カリーナは小さく息を吐く。
「……頑固ね」
だが、ただ黙秘しているだけではない。
男たちは時折、互いの様子を窺っていた。
まるで――何かを口にすることを恐れているかのように。
「…………」
カリーナは、その様子を見逃さなかった。
「誰かに脅されているの?」
「……!」
一瞬、男の肩が揺れた。
だが、それだけだった。
すぐに男は顔を伏せる。
「……そう」
カリーナは追及を続けようとしたが、男たちの態度からは、それ以上の情報を引き出せそうになかった。
その隣には、ファジーが立っている。
「お姉様」
「何?」
「この人たち……本当に暗殺者なのでしょうか?」
「可能性は高いわ」
カリーナは男たちを見て、眉を寄せた。
「動きに迷いがなかった。最初から、あなたを狙うことだけを考えていたように見えたわ」
「それは……」
「それに、何かを急いでいるようにも感じた」
カリーナは腕を組み直す。
「まるで、失敗すれば困る事情でもあるみたいにね」
ファジーは少し考え込む。
「何か……大切な人を人質に取られている、とかでしょうか?」
「可能性はあるわ。でも、今は何とも言えない」
カリーナは首を振った。
「ただ、私はこういう連中を何度も見てきた。今回の動きは少し変ね」
「そうなんですね……」
ファジーは俯いた。
「……怖かったわよね」
カリーナが静かに尋ねる。
「はい」
ファジーは素直に頷いた。
「でも……」
少しだけ顔を上げる。
「アノンさんが来てくれたので」
「…………」
カリーナの表情が変わった。
「アノン……」
その名前を口にする。
「やっぱり、あの男ね」
「はい?」
「何でもないわ」
カリーナは視線を逸らした。
あの青年……戦い方が普通ではなかった。
剣を使わず、素手で男を倒した。
それだけなら、身体能力に優れた者という可能性もある。
だが――あの白い霜。
男の腕を一瞬で凍りつかせた、正体不明の力。
カリーナは騎士として、数多くの魔法を見てきた。
それでも、あの現象には違和感があった。
魔法を発動するための動作も、詠唱もなかった。
そもそも、あの青年は魔法を使ったようにすら見えなかったのだ。
「……あれは、固有魔力?」
小さく呟く。
だが、確証はない。
分かっているのは、あの青年がただの通りすがりではないかもしれない、ということだけだった。
「アノン……何者なの?」
カリーナの疑念は、少しずつ膨らんでいった。
その頃――王都の別の場所。
アノンは一人で歩いていた。
いつもと変わらない街。
いつもと変わらない人々。
だが――自分の中では、何かが変わり始めていた。
「…………」
アノンは自分の手を見つめる。
先ほど、ファジーを助けた時。
無意識に魔力を使った。
絶対零度。
対象から熱を奪い、凍りつかせる力。
暗殺者として生きてきたアノンにとって、それは武器であり、己の正体を知られる危険を伴うものでもあった。
だからこそ、依頼以外で使うことなど、ほとんどなかった。
……誰かを助けようなどリスクだ。
自分が何をしているのか、分かっている。
分かっているのに――その行動をやめようとは思わなかった。
「…………」
アノンは足を止める。
ファジーの顔が脳裏をよぎった。
怯えながらも、助けに来た自分を見て安心したような表情。
護ってやりたい思った。
そう考えた自分に、アノン自身が戸惑う。
「……不可解だ」
それだけ呟き、再び歩き出す。
答えは見つからない。
ただ一つ、確かなことがあった。
もう、彼女を殺すつもりはなかった。
王宮。
「報告します」
騎士がイコワの前に跪いていた。
「襲撃者二名を拘束しました」
「そうか」
「現在、取り調べを行っています」
「何か分かったか?」
「いいえ。二人とも黙秘を続けています。ただ……」
「ただ、何だ?」
「誰かを恐れているようにも見えたとの報告がありました」
「…………」
イコワは目を細める。
「誰かを恐れている、か」
「はい。現時点では、それ以上のことは分かっておりません」
「引き続き調べろ。背後に誰がいるのか、必ず突き止めるのだ」
「はっ」
騎士が退出する。
一人残されたイコワは、静かに考え込んだ。
今回の襲撃。
自分が出した暗殺依頼とは別の動きである可能性もある。
だが――
「アノンが現場にいた」
それが気になっていた。
偶然、ファジーの近くに居合わせたのか。
それとも、最初から彼女を監視していたのか。
「偶然とは考えにくい……」
イコワは窓の外を見る。
アノンは何者なのか。
そして、どこまで知っているのか。
「彼は……何を知っている?」
その疑念は、イコワの中でも少しずつ大きくなっていた。
同じ頃――マクロは部屋で一人、目を閉じていた。
「…………」
未来を見る。
いくつもの可能性が、脳裏を駆け巡る。
ファジーが死ぬ未来。
ファジーが王宮へ入る未来。
カリーナがアノンを疑う未来。
そして――アノンがファジーを守る未来。
「…………」
マクロは目を開いた。
「少しずつ……変わっている」
これまで見えていた未来が、わずかに揺らいでいる。
原因は明白だった――アノン。
本来ならファジーを殺すはずだった男が、彼女を守っている。
その変化が、未来に影響を与え始めていた。
「なら――」
マクロは小さく笑う。
未来が変わるのなら、変わる前に手を打てばいい。
ただ眺めているだけのつもりはなかった。
「次は、僕から動こう」
その目には――明確な意思が宿っていた。




