第十六章 襲撃
翌日。
王都は、いつもと変わらない朝を迎えていた。
人々は街を歩き、店を開け、いつものように一日を始めている。
その中を――
「今日は、どこへ行きましょうか?」
ファジーが楽しそうに歩いていた。
隣にはカリーナがいる。
「そうね……」
カリーナは周囲を見回す。
「訓練場に行く予定だったでしょう?」
「そうでした!」
ファジーは頷く。
昨日、王宮での晩餐を終えたばかりだというのに、彼女はいつも通りだった。
ただ――
「……お姉様」
「ん?」
「昨日の王宮のことなのですが」
「昨日?」
「はい。第二王子の……マクロ様」
ファジーは少しだけ声を落とす。
「……何か、気になった?」
「いえ……」
ファジーは少し考える。
「ただ、少しだけ怖かったんです」
カリーナの表情が変わる。
「怖い?」
「はい。でも……何かされたわけではありません」
「…………」
カリーナは黙ってファジーを見る。
「なら、気にしなくていい」
「え?」
「怖いと思ったなら、理由がなくても直感を信じて警戒しておきなさい」
カリーナはそう言って、妹の頭を軽く撫でた。
「お姉様……」
「私は騎士よ。妹の身を守るのも仕事だからね」
「……ありがとうございます」
ファジーは微笑んだ。
その時だった。
「――そこをどけ!」
突然、前方から怒鳴り声が響いた。
「え?」
二人が振り向く。
人混みの向こうから、一人の男が走ってくる。
その手には――剣。
「危ない!」
カリーナが叫ぶ。
次の瞬間。
男が人混みをかき分け、こちらへ向かってきた。
「ファジー!」
カリーナが剣を抜く。
男の狙いは――ファジー。
「……!」
ファジーが息を呑む。
だが――
「遅い」
カリーナが前へ出る。
剣と剣がぶつかった。
甲高い音が街中に響く。
「くっ……!」
男が後ろへ下がる。
カリーナは追撃しようとする。
だが、男はすぐに体勢を立て直し、再び剣を構えた。
その時――
「お姉様!」
別の方向から、もう一人の男が現れた。
「……二人?」
カリーナが舌打ちする。
前方には最初の男。
そして、横から迫るもう一人。
挟まれた。
ファジーを守りながら二人を相手にするのは難しい。
「ファジー、下がって!」
「はい!」
ファジーが後ろへ下がる。
その瞬間――男の一人が、カリーナの隙を突いてファジーへ向かって走り出した。
「しまっ――」
カリーナが追おうとする。
だが、もう一人の男が立ちはだかった。
「通すかよ!」
「……邪魔!」
カリーナの剣に炎が纏う。
「――多重付与」
炎が剣を包み込む。
次の瞬間。
「はあっ!」
剣が振り抜かれ、男が吹き飛ぶ。
「ファジー!」
カリーナが振り返る。
しかし――
「…………」
ファジーの前には、すでに男が迫っていた。
剣が振り上げられる。
「死ね!」
――その瞬間。
男の剣が止まった。
「……?」
男が目を見開く。
剣が――動かない。
正確には。
剣を握る腕が、動かない。
「な……なんだ、これ……?」
男の腕に白い霜が広がっていた。
冷気が腕を覆い、指先まで凍りついていく。
「――なっ!」
男が慌てて腕を振る。
だが――動かない。
その背後。
「…………」
一人の青年が立っていた。
アノン。
「……間に合ったか」
低い声だった。
「アノンさん……?」
ファジーが驚く。
「動くな」
アノンは男から目を離さない。
男は必死に腕を動かそうとする。
「くそっ……!」
アノンは一歩近づく。
男が振り返ろうとした、その瞬間。
アノンの拳が男の腹へ叩き込まれた。
「ぐっ……!」
男は息を詰まらせ、その場に崩れ落ちた。
周囲の人々がざわめく。
「…………」
アノンは倒れた男を見る。
そして――ファジーを見る。
「怪我は?」
「……ありません」
「そうか」
それだけ言うと、アノンは視線を逸らした。
「君がアノンか……?」
カリーナが近づいてくる。
「どうしてここに?」
「たまたまだ」
「たまたま?」
「…………」
アノンは答えない。
カリーナは少し怪しそうに見る。
「まあ……いいわ」
その時――倒れていた男が呻いた。
「……くそ……」
カリーナが男を拘束する。
もう一人の男も、カリーナに倒されたまま身動きが取れずにいた。
「この二人、王都の人間じゃなさそうね」
「…………」
アノンは男の服を見る。
腰に小さな紋章があった。
王都の騎士団のものでも、一般的な商人のものでもない。
「……なるほど」
「何か分かるの?」
カリーナが聞く。
「いや」
アノンは立ち上がる。
「ただ――」
男の紋章を見る。
「誰かに雇われた可能性が高い」
「暗殺者……?」
カリーナが呟く。
「たぶんな」
アノンはファジーを見る。
「…………」
ファジーもアノンを見ていた。
その瞳には――少しだけ、不安が浮かんでいる。
「……アノンさん」
「なんだ?」
「どうして……助けてくれたんですか?」
「…………」
アノンは答えなかった。
自分でも――分からなかった。
ただ……彼女が殺されるのを見たくなかった。
「……理由が必要か?」
アノンはそう言って、歩き出す。
ファジーはその背中を見つめる。
「…………」
昨日よりも――少しだけ、その背中が近く感じた。
そして。
王宮では――
「報告します」
騎士がイコワの前に跪いていた。
「ファジー・オード嬢が、何者かに襲撃されました」
「…………」
イコワの表情が険しくなる。
「何者だ?」
「現在、拘束して調査中です」
「そうか」
イコワは目を閉じる。
「……暗殺の動きが、想定より早い」
その言葉を聞いた騎士が顔を上げる。
「陛下?」
「いや……何でもない」
イコワは窓の外を見る。
そして――
「アノンは?」
「……現場にいたとの報告があります」
「…………」
イコワの目が細くなる。
「やはり……偶然ではないか」
その頃、別の場所では――
「…………」
マクロが一人、窓の外を見ていた。
未来が――また変わっている。
「……そうなるか」
マクロは小さく笑う。
「アノン……か」
「少し、面白くなってきたな」




